断章『霊宮Ⅱ』

 私は、海。産み。膿み。

 私は、掬び。産巣。結び――


     ◇ ◇ ◇


 海が鳴いている。

 波の高さや音は、霊宮の声や感情に連動するもの。

「マルセル?」

 霊宮ヨルムンガンドは、戦争独特の興奮状態から、我に帰った。

 セベク・アペプが討たれて、死んだ。それを感じ取った霊宮アペプが泣いている。

「……マルセルが、勝った。私の、マルセルが」

 この二千年弱で、ヨルムンガンドは三十回ほど、戦や内乱を経験した。それでも、霊宮の平均としては少ない方だ。

 ヨルムンガンドよりも戦や内乱を経験した霊宮も過去にはいたが、彼女らの国土は、いずれもヨルムンガンドより狭い。

「ふっ……うふっ……あはははは!」

 勝ち誇って、霊宮ヨルムンガンドは大声で笑った。

「私の王将(おつと)は、みんな! みんな、強かったのよ!」

 初代ハラルの血を継いだ王将、九十九人のうち、六人が特に戦上手だった。

 二人めのハラルの子ステクル、孫アベルの三代で、旧首都圏を築いた。

 シグルは軍事座学の基礎根幹を固め、扱いにくいベルゼルクルの運用をよく行った。

 カルルは根からの武闘派であり、一騎打ちだけで他国を制した。

 エーギルは部下に恵まれ、長期戦によく耐えた。

「あはっ、あはは!」

 笑いが止まらない。

 現在の、夫とも言うべき王将(マルセル)が、先祖たちと同じく戦上手であることが証明された。

 霊宮(つま)にとって、自慢の王将(おつと)。

「マルセルが、ぜーんぶ守ってくれるのよ! 私の歴史(じんせい)も、私の国土(おうち)も、私の国民(こども)も全部! もう他の島国(しまいたち)に脅えなくていい!」

 間もなく階段を降り、はめ殺しの格子を抜け、扉に手をかけるマルセルの気配を、彼女は感じた。

「いらっしゃい、マルセル! アペプのセベク王の首を持ってきてくれたのね!?」

 ――食事をしているところを、凝視されるのは、たとえ王将相手でも恥ずかしく、みっともない。

 だから、マルセルが立ち去ってから、

「いただきます」

 かくんと顎の骨をはずし、王の首をそのまま舐め、かじり、食らう。

 人間の頭ひとつを呑み込むと、ヨルムンガンドの腹は、妊婦のように膨らんでいた。自分の腹を撫でる。

「またひとつ、戻ってきた。還ってきた」

 セベク王の頭を消化吸収すると同時、かつてアペプ王国と呼ばれた大地のかけらが、自分自身と、ゆっくり同化し始めた。大木が根を張るように、尾が延長され、各地の地盤を貫き、連結する。

「さあ。もう泣かないで、霊宮アペプ。私とセベク王は、ひとつになった。貴女も私と、ひとつになった」

 霊宮ヨルムンガンドは微笑んだ。

「二千年、よくがんばったわね。本当は怖がりのくせ、強がって、他人を傷つけていないと、霊宮として生きていけなかったのね。これからは私と、マルセルが、子供たち全部を守ってあげるから。だから、ね。――永遠に、お休みなさい」

 その微笑は、どこか弱者を嘲笑するようにも見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る