断章『みこへか』

 命と、心を救われた。

 あのままだったら、多分、死んでいたのだ。私は。

 だから――これでいい。


     ◇ ◇ ◇


 ――手術後、目覚めてすぐに見た人間は、亢龍軍師と呼ばれる男と、医聖と呼ばれる女の二人だった。

「気分は?」

 執刀した医聖が、訊ねてきた。

「あんまり……よくない、です」

 麻酔の効果で、頭は重く、手足はまだ痺れている。吐き気もする。

 見上げた天井は白く、窓の外は青空。私の気分や体調とは正反対のまばゆい光景だ。

「まあ、まだ十一歳の子に、全身麻酔の整形手術はきついだろうね」

「わかっているなら、こういう無茶ぶりはやめて欲しいな、ギル。御子ヘカは、死なせたままのほうが、良かったかも知れないんだぞ」

「使えそうな存在は、すべて利用したほうが、いい。他国の密偵でも、なりすましでも、なんでもね」

 大人たちの会話は続く。

 ――この国の今後のため、手術を受けるかと訊かれ、うなずいたのは自分だが。それにしても違和感がひどい。

 全身に術刀を入れ、さらには顔の骨を削ったのだから仕方ないことだが。

「さて。セベク王の姪御、ヘカ様。この施術を受けた以上、今後はマルセル様の御世のため、献身していただく。できるね、きみ?」

「無論。この命は、マルセル様のものだ。あの方に救われた命は、あの方のために使う。アペプ領の火種を抑えるため、せいぜい尽力しよう。

 ……こんな感じの口調で、いい、ですか?」

 私の言葉に、亢龍軍師はうなずき、笑い。医聖とやらは、不憫そうに顔をしかめた。

「不調は、すぐに言ってくれ。御子ヘカの術後一ヶ月は、ここに滞在するとマルセルには言ってあるから、心配するな。その後も、この地にも数羽、おおとり族を駐在させておく。おおとり族の声なら、すぐに首都へ届くから、必ず診に行くよ」

 下を向いていると、鬱々としてくるので、まだ少し皮膚の引き攣れる顔を上にあげる。

「ありがとう。……私自身のことは、マルセル様には、内緒にしておいて下さい」

「ああ。それから術前にも言ったけど、父親にあたる、ラシャプ将軍との接触は極力、さけて。接触した際は、彼の様子や態度はよく観察して、そのまま報告するように。場合によっては、将軍はこちらで始末する」

「……はああ、まったく。無味無臭の致死性毒薬なんて、無茶な注文をしてくれるよな、おまえはさ」

 このままでは、きな臭い裏事情を聞く羽目になりそうだ。

 しばらく眠っていいですか、と言うと、二人は静々退室していった。

 枕に頭を戻す。

 白い砂漠の土地、その空は青く澄んでいる。空はつながっているはずなのに、灰色ばかりだった首都の空とは、まるで違う空。

 金色の日差しと青空。ここで見上げる空は、あの人を連想させた。

「……へーか」

 ここにいない人を呼ぶ。

 アペプ王の姪ヘカは、実はもう死んでいて、その身代わりが必要になった。

 似たような背丈のあたしが、身代わりになれば、あの人の役に立てると言われた。

 身上の秘匿のため、あらゆる私物の持ち込みは厳禁と言われたが、どうしても手放せなくて、持ち込んだ布一枚。その一枚を、かき抱いた。

 ――九靫の元老につかまった、あの一ヶ月。

 泣きわめく顔と声がおもしろいからと、長棒で打擲され続けた一ヶ月は、地獄だった。

 首輪をつけられ、鎖で縛られ、本当に泣き通しの日々だった。

 桶に入った水や餌は手を使わずに食らえと躾けられ、それを強いる九靫の兵隊どもに、それでも、ありがとうございますと言わなければ、手甲をつけた拳骨で殴られた。

「あの日も、あたし、おじさんたちの躾どおりに、ありがとって言っただけなのに。なのに……へーか……」

 あの人は、何かの奇蹟を見たかのように、青い目を大きく見開いた。

 いつも、殴られるばかりだった頭や頬をたくさん撫でてくれた。

『ありがとう』

『ありがとうって言ってくれて、ありがとう』

 あの人の、おにいさん――スヴェンさんに着せてもらった、外套をかき抱いて、そこに顔を埋める。

「……へーか……あたし、がんばる。アペプ人全員に、命令する。へーかに、刃向かわせたりしない。がんばって、死んだお姫さまになります、から……だから、」

 誰にも、絶対に負けないで。死なないで。

 マルセル様は、この国で、世界で一番強い王さまなのだから。

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