シルバースプーンレイク(3)

「楽しみねえ。でそのホテルだけど、格式はどうなの?」

「ずいぶん巻き上げられますよ。またダイヤをひとつ売ってきます」

 婉曲表現をばっさり切られ、夫人も遠慮を捨てた。

「任せておいていいのでしょうね? 処分が簡単な新しい時代のダイヤは、もう残り少ないんでしょう」

「心得ております。お母さんたちの生活費がなくなっちまうほどには使い込んでおりません」

 息子が三下歩兵のように敬礼し、母親は付き合いよく“しまり屋の上官”を引き受けた。

「心配だわ。私たちを喜ばすようなことでどんどん使ってしまったら、お前は未来のお嫁さんをどうやって食べさせていくつもり」

 デレクは自分だって稼いでいると言いかけたが、ロイヤルオンタリオ博物館が送ってよこす小切手の額を思い浮かべて口をつぐんだ。趣味がこうじた中国美術の目利きとしてたまに呼ばれ、購入品に助言をするというだけでは、立派な紳士の収入としては確かに足りない。

「僕には独身主義が合ってるのかもしれませんね」

「それは余裕がある人の言うことよ。お前のはただの人嫌いではなくて」

「人好きのする美人の手にかかれば、僕だってあっという間に結婚礼賛主義に鞍替えしてみせますよ。自分の意思の弱さにかけちゃ、確たる自信があるんだから」

 おふざけに乗るべきかどうか迷った夫人はわずかに眉をあげ、デレクはかまわずニヤリとした。

「とにかくモントリオールには行きますよ。呪わしき家宝のその後には興味あるでしょう。よそんちでもやっぱり持ち主の首を絞めにかかるのかな」

 文字通りチョーカーに窒息させられる手つきは思いがけず両親の受けがよく、デレクはひと笑い取った役者らしくさっと身を引いた。

「あーあ。こいつは呪いのダイヤですよなんて脅かしたら、安く手放したりしませんかね」

「呪いどころか、しばらくはあれのおかげで助かったのよ」

「毎日ヒヤヒヤしとったもんだ」

 子爵もすっかり眠気が覚めて、やり取りに加わる。

「あっちこっちの邸の維持費やなんか、あいかわらず出費はかさむし」

「放蕩息子は浪費をするし?」

「保険屋は態度を変えるし」

 間合いのいい茶々に調子を合わせ、しかし卿はおどけるタイプの役者ではない。

「契約は変わらないが調査の基準が変わりましてなどと、急にごたくが並んだ。新基準の宝飾鑑定をいかに切り抜けたものか、どうにも算段がつかなかったよ。放蕩息子にお内証を打ち明けたのは最後の手段だったがね、デレク」

「あれこそまさに青天の霹靂、一天にわかにストームクラウドでしたよ」

「うまいこと言った」

 デレクは口元をひんまげ、使い古された洒落への賛辞を辞退した。

「本物はもううちにはないって、素直に白状したらどうだったんです? 保険料だってバカにならない額だったのに」

「だってお前」

 両親は揃って首をかしげる。

「金に困って家宝を売っていたなんて、人に知られたら恥ずかしいじゃないか」

「にしても、いの一番に主石を売ってしまうかなあ。取り巻きダイヤじゃなしに」

「たまたま買い手がついたんだもの。もっと現代的なカットにして輝きを引き出すから誰もストームクラウドだとは気づきませんよ、なんて言って。あんな処分のしにくい石に内緒の買い手がつく機会はそうないのよ。それに」

 夫人はここをヤマ場と声をひそめる。

「あのままうちに泥棒が入るか私たちがそういうふりをするかすれば、保険金がおりるのじゃないかって思ってしまったの。ほら、ミドルシャム侯爵夫人がこっそり教えてくださったでしょう。ご自分のティアラのこと」

「それじゃ保険金詐欺になるんですよ。分かってるのかなあ」

 デレクが大きく天を仰ぐと、炉辺語りも仕上げだ。

「苦労しましたよ。いっそ誰かがくすねてって保険をご破算にしてくれやしないかと、パーティがあるたびイミテーションを持ち歩いて」

「まさかモウブリーさんのところであんなことになるなんて、思いもしなかったわね」

「ついでに当座の金を借りたつもりが、いや驚きました」

「面倒をかけてしまったなあ。金も借りっぱなしになってしまった」

 台詞が一巡したところで、デレクはちょっと首をかしげた。

「あの場合、仕方なかったんじゃないかな。担保品がすり替えられたっていうのに大人しく金を返したんじゃ、こちらが疑われますからね」

「お前の言うとおりですよ、デレク」

「手回しよく警察と保険屋が行ったでしょう。初めから示し合わせてあれをスッパ抜くつもりだったんじゃないかな」

「保険屋には嗅ぎつけられとる気がしとった」

「ま、泥棒騒ぎを起こしてまで?」

「だって考えてもみてください。もし僕らがミドルシャム侯爵夫人的幸運にありついたら、彼ら、莫大な保険金を払わなきゃならないんですよ」

「手段は選ばんだろう」

「虚業屋ってものは」

 親子はやーねと互いにうなずき合った。

 手入れの悪い田舎家を、すきま風がヒューと通った。

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