上海リリ

第5話：猫目石の瞳

　巡卒はそれだけ言うと、ヒビの入ったガラス戸の奥に消えた。

「おーい、何か見付かったか?」

「弾薬がありました」

　翡翠緑の旗袍は暫くガラス戸の前に一人棒立ちになっていたが、急にペッと唾を吐いた。

「あれが一番いい柄のやつだったのに、手付金まで丸々ドブに捨てて…。」

　女は猛然と身を翻す。

　踵（かかと）の高い靴音をカツカツ鳴らして、急速でこちらに近づいてくる。

　私が右に退くか左に避けるか決める前に、思い切りぶつかって道の脇に撥ね飛ばされた。

「あいたた……」

　落とした弾みにお針道具の包みが解けて、中身が散乱した。

　裁（た）ち鋏（ばさみ）、糸切り鋏、縫い針、待ち針、刺繍糸、木綿糸。

　私は砂埃を払うのも忘れて、手当たり次第に拾い集める。

　鋏や糸の他には、今まで刺繍した巾（きれ）。

　金魚、青竹、白鶴、朱鷺（とき）、桃花、紅梅、緋牡丹、そして茉莉花。あと一枚……。

「芙蓉（ふよう）!」

　一間離れた所に落ちていた巾に私が手を伸ばした瞬間、雪の様に白く細長い指を持つ手がふわりと代わりに拾い上げた。

「芙蓉（ふよう）」

　翡翠緑の旗袍はそう言うと、拾い上げた巾の刺繍に目を凝らした。

「それ、」

　返して下さい、と言いかけて私は口ごもる。

　遠目にも何となく洋人じみた顔の女とは感じたが、間近に見ると、女はまるで猫目石の様な、茶色の勝った緑色の目をしていた。

　と、その目がこちらに動いた。

「これ、あんたが作ったの?」

「あ、はい」

　私は返してくれと言うのも忘れて、頷いた。