上海リリ

吾妻栄子

第1話

「あーあ、死ぬかと思った」


 私は出口に向かう人の波を抜け出して、大きく体を伸ばす。

 だが、息を思い切り吸い込んだ瞬間、吐く様に咳き込んだ。


「煙(けむ)い」


 上海(シャンハイ)の空気が塵と埃でいっぱいだという噂は本当だったらしい。


――あれは、人の住むとこじゃない。


 主家の奥様も訳知り顔で話したものだった。


「来たこともないくせしてさ」


 一人ごちて私が歩き出す頃には、ホームはもう人影も疎(まば)らになっていた。

 蘇州(そしゅう)と比べて、ここでは人が倍近くの速さで歩くらしい。


「ぼやぼやしてる暇はないわね」


 私はお針道具の包みを持ち直すと、背筋を伸ばして早足で歩き出す。


 もう日が傾きかけている。


 夕方までには住み込みで働く店を見付けないと……。

 思案しつつ駅を出たところで、思わず足が止まった。

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