第2話

 広い大通りをところ狭しと彩る数々の看板。

 粋(いき)な洋装の男に、洒落た旗袍(チャイナドレス)姿の女。


 あの赤茶色の髪をした、とてつもなく大きな男が「洋人(ようじん)」というものだろうか?


 胡弓や笛によく似た妙な音色が入り交じってどこからか聴こえてくる。

 きっとこの近くで洋人の楽器を奏でる一座がいるんだろう。


 それにしても、この匂いは何だろう?


 屋台の食べ物の臭気かと一瞬思うが、どこか違う。

 花売りの差し出す白蘭の香りに似ている様で、何かが足りない。

 土や水の匂いかと思わせて、やはり別の気配を含んでいる。


 突然、汽笛に似た、しかしそれよりも鋭い音が耳を衝く。


 私は音の鳴る方を見やるな否や、後ろに飛び退いた。


 人の背丈ほどある、巨大な黒い箱が砂塵(さじん)を吹き起こして、鼻先すれすれに通り過ぎる。


 肩先に被った埃(ほこり)を払う間に、黒箱は見る見る遠ざかって、もう針先の一点位にしか見えなかった。


 あれが噂に聞いた洋人の車だ。


 あんな物にぶつかったら、確かにひとたまりもない。


 通りのど真ん中を一人立ち止まっている自分に気付いて、慌てて通りの端側の、人混みに身を紛らす。


 上海ではどうやら、通りの真ん中は洋人の車やら大きな物が通る様になっていて、人の方は道の端を歩く決まりになっているみたいだ。


 スリに引ったくられない様にとお針道具を抱き締めながら、その実、奪われる程の物を持っていない。


 お針道具以外に身に付けた物と言えば、丸っきり着の身着のままの綿入れ位だ。


 有り金と言えば宿代どころか、通り過ぎる屋台の品書きの相場からして、お粥を二杯も食べたら文無しになる。

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