第8話

「はい」


 私の名前から「華」が消えた。


 緑旗袍の後について角を曲がった所で、私は大看板に目を奪われた。


 きっと、あれが、電影院(えいがかん)だ。

 看板には、洋服を着た若い男の横顔が描かれていた。

 田舎で観た越劇(えつげき)の役者なんかより、ずっと男前だ。


「年は幾つ?」


「え?」


「ボヤっとすんじゃない」


 振り向いた緑旗袍の顔は険しい。


「あ、はい」


 私は胸の包みを持ち直す。


「十五になります」


「十五?」


 相手は検分する風に私の旋毛から爪先まで見て取ると、説得の口調で言った。


「十八には見えるわ」


 初めて年より大人に見られた。


「あの、」


「何」


 この人は不機嫌だと露骨に顔と声に出る。


「どうお呼びすれば」


 小姐(おじょうさま)か、太太(おくさま)か。

 年の頃は二十四、五に見えるが、どちらなのか分からない。

 というより、どちらでもなさそうに思える。


「ああ、」


 女は面倒そうに答えた。


「蓉姐(ロンジエ)、でいいわ」


 蓉蓉(ロンロン)が姐(あね)で、莉莉(リリ)は妹という事らしい。


「分かりました」


 *筆者注:「~姐(ジエ)」で「~姐さん・~姐御」、「~哥(ガー)」で「~兄さん・~兄貴」という年上の人に対する呼称になります。

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