第43話

“Why should we spend some money on a show……”


「だから、手の向きは逆だったら!」


 蓄音機から流れてくる洋人の男の甘い歌声と胡弓(こきゅう)に似た調べを、薇薇(ウェイウェイ)の甲高い声が切り裂いた。


「あ、ごめん」


 私は慌てて隣から正面の鏡に目を戻す。

 確かに揃って同じ姿勢を取る薇薇と莎莎(シャシャ)に対し、私だけが、手だけでなく、全体に妙な体勢を取っていた。

 踊りの上手(じょうず)、下手(へた)って、こんな風に動きを止めた姿でも、一目で分かっちゃうんだな。


「それで、ここで一回右回りにターン」


 鏡に向かっていると、左右がどうもこんがらがってしまう。

 そこで、薇薇の言葉にそのまま従うより、鏡の中の自分が他の二人と同じ向きに回る様に、体を捻ってみる。


 ……ちょっと、回り過ぎたかな?


 確かめる間もなく、また薇薇の声が続く。


「曲がりきった所で、左肩を下げて……」


 あ、また、逆の肩を下げちゃった。

 薇薇と莎莎の顔がまた渋くなる前に、鏡の中の私は二人と同じ向きに体を傾ける。


「で、ここで右足を半歩(はんぽ)下げる」


 半歩?


 戸惑いながら、一歩、後に退いた所で、私はスッテンと転んだ。


「あいたた……」


 尻餅をついた拍子に脱げた靴を拾い上げる。

 どうやら、下がった地点で、こいつの踵が床の微妙な凹みに嵌まったらしい。

 上海に来て、靴は変えたが転んでばかりいる。


「まだまだ、続くよ」


 鏡の中の薇薇が、石榴色の旗袍の背を見せたかと思うと、また正面に戻って告げた。


“Exactly like you……”


 *筆者注:文中に引用した英語の歌は、"Exactly Like You"(1930年、作曲:Jimmy McHugh、作詞:Dorothy Fields) です。

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