第12話:洋装の中国男

「ちょ……」


 私は思わず口に手を当てたまま、固まった。

 何なの、これ?


 "Evening,Miss.Bai,"


 私の驚きをよそに扉の外に進み出ながら、男は片手でひょいと帽子を取る。


 洋服を着て洋人の言葉を口にはしているが、帽子を取った顔は、分厚い眼鏡の小柄な中国人の男だ。


 "Evening,Mr.Ye,"


 蓉姐も笑顔で私には分からない言葉を男に返す。


「新しいお女中ですか?」


 男が目を蓉姐の襟足辺りに泳がせたまま今度は中国語で問う。


「何なら、僕がそんなのよりもっといいメイドを紹介しますよ」


 男は飽くまで蓉姐に目を注いだまま顎で私を指し示すと、黄色い歯を見せて笑う。

 そこで、私は初めて自分が話題にされていたのだと気付いた。


「親戚の子を引き取りましたのよ」


 蓉姐の声と共に私は肩を押されて、開いた扉の向こうに入る。


「この通り女所帯ですから、私たち、女中は不要です」


 蓉姐は笑顔でそう告げると、入ってきた扉の内側にあるボタンを押した。

 また扉がゆっくり閉まって、黄色い歯を剥き出したまま固まっている男は姿を消した。


「ふん、身の程知らずのチビ鼠が!」


 扉が閉まるが早いか、蓉姐は私の肩から手を引っ込めて、吐き捨てた。


「チビ鼠」って、また私のこと?


 そうビクついた次の瞬間、床が持ち上がる様な感触が起きた。


「この部屋、どうなってるんです?」


 泣きそうになるのを必死で堪える。


 こんな、小さな箱みたいな部屋からいきなり人が出てきたり、床が急に持ち上がったり、もはや建物全体がお化け屋敷としか思えなかった。


「これはエレベーターよ」


 真っ赤な唇に猫の様な目の女が振り向いた。


「こいつに乗ると、階段なしで昇り降りできるの」


 急に、部屋全体がガタンと揺れて止まった。


「三階よ、降りましょう」


 蓉姐の言葉を待ちかねた様に、扉がまたゆっくり開いた。

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