小生とSF警察

サンカク

第1話 小生とSF警察

 小生、前にSF警察という組織に就職していた。

 知らない御仁に説明すれば、SFという作品ジャンルに対して、これはSFなのか、それともSFじゃないのか、という議論を繰り返す思想団体のことである。


 さて、SF警察に就職した小生だが、そもそもSFというジャンルの定義すら知らなかった。

 たぶんサイエンスフィクションの略だと思うのだが、それがどこで生まれた何語なのか、という単純なことですら理解していなかったのだ。

 SF警察が人手不足でなければ、小生の就職は不可能だっただろう。


 さて、そんな小生は同僚との熱い議論に、


「ええ、小生もそうだと思います」

「はい、それはまっこと奇怪ですね」

「素晴らしい。それは新発見だ!」


 という言葉を繰り返すロボットになっていた。


 これは誰も不愉快にしない魔法(SFなのに)の言葉なのだが、小生気が付けば、会議場らしき場所に呼び出され、なぜか怒られ始めた。


 曰く、君はSFについて何も理解していない。

 曰く、貴様はSFを侮辱しているのか!

 曰く、貴方様は宇宙人の存在を信じていないのですか?


 それらの疑問に対して、小生は再び魔法の言葉を使用したが、なぜか顔を赤くした人が増えただけだった。もはや魔法の言葉は通用しなかった。

 小生は彼らの血圧を心配した。だが、それは彼らに届かなかった。優しさとは伝わらないモノである。


 そのうち、彼らの中の一人が小生を指差した。その指が妙に長かったことを、小生は今でも覚えている。


「まさか貴様はファンタジー原理主義者の手先か!」


 小生はぽかんとした表情をした。それが一体何を意味する言葉なのか、さっぱり分からなかったのである。


 だが、会議場の面々は違うようだった。得たいの知れない敵意が会議場を満たし始める。それは根本的憎悪である。人がゴキブリを嫌う感情と同じだった。


「待て、話せば分かる」


 小生は名言を放ったが、それを聞く者はいなかった。

 彼らは問答無用、という言葉すら言わずに、怪しい形をした光線銃らしき物を取り出し、小生にその矛先を向けた。


 光線銃とはSFが生み出した最強の武器である、と小生は同僚に教えられていた。そのビームに当たると、光って溶けてしまうのである。原理は知らぬが、まっこと生命の危機である。


 小生、その段階で魔法の言葉を使い過ぎたと反省。シンデレラの魔法だって解けるのだ。小生の魔法の効果が薄れるのも、当然のことである。


 そこで小生は灰色の脳細胞をフル回転させ、ロボット三原則を唱えることにした。同僚にSFの住人は、その文章が好きだということを教わっていたのである。

 小生はその同僚に感謝したが、その同僚は、今小生に光線銃を向けている人々の中の一人だった。人生とは非常に無情だった。

 

 だが、小生の言葉は効果的面だった。それはまさに神の奇跡(SFなのに)のようだった。小生はいとも容易く、SF警察の怒りを静めることに成功したのだった。

 

 小生、大先生に感謝し、新品で本を買うことを誓った。


「ふむ少し我々も興奮し過ぎたが、そもそも君が誤解させるのが悪い」


 誤解したのは向こうだが、それを言えば光線銃で撃たれるので止めた。銃は言論よりも強しである。

 

 そもそも、SFの真髄を理解していない小生が悪いのだ。小生は猛省した。適当だった自分の人生を省み、これからは勤勉に生きようと心に誓った。


 ので、小生は逆に質問してみることにした。


『SFとは何ぞや?』

 

 それは嵐の如き論戦だった。

 それは国会中継よりも凄かった。


 曰く、SFを知りたければ過去の名作を読め。

 曰く、SFとは常に新しい概念だ。近代の名作を読め。

 曰く、SFは宇宙と宇宙人が出てくる作品。宇宙人を探せ。


 もはや言っていることがバラバラだった。会議場はいつしか戦場となり、小生は、言葉だけでは語れない熱い思いを理解した。


 これだけ人を熱くするSFという文化に人知れず涙し、戦場(会議場)を後にした。唸るサイレンの音が、小生の心を祝福しているようだった。


 小生は一度だけ振り返り、ぴかぴか光っているのを眺めた。綺麗な色だった。それから、良い気分で家に帰ることにした。


 後日、小生は宇宙食を食べながら、SFについてまったく理解できなかったことに気付く。

 しかし、夏の扉を探す物語が面白かったので、どうでも良くなっていた。



<完> 

 

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