番外編2 小生と事件
「犯人はおまえだ!」
名探偵が犯人を指差す。
何とそれは――小生であった。
がちょーん。
<小生事件ファイル『小生捕まる』>
それは小生が『ドグラ・マグラ』を読み返していたときの話である。
精神に異常を来たし始めた小生の元に、差出人不明の招待状が送られてきたのだ。
『この世の楽園へと招待します』
楽園好きな小生は何の躊躇いも無く、招待を受けることにした。
今考えると明らかに迂闊な行動だが、全ては『ドグラ・マグラ』のせいである。
ぶーん。
数日後、小生は絶海の孤島に佇む古ぼけた屋敷を見上げていた。
まるでミステリー小説のようである、と小生は思った。
事実、それからの数日間はミステリー小説のようだった。
密室殺人だったり、数え歌だったり、死体消失だったり、物凄い事件がいろいろ起きて、結果として小生はそれを阻止することができず、大量殺人事件となってしまったのである。
これはもはや名探偵の力を借りるしかない。
小生は自分の力での解決を諦め、なぜか都合良くここにいた名探偵の友人を頼ることにした。共に情報を集め、事件を検証し、力を合わせ、犯人を追い詰めるための行動を開始した。
そして、名探偵は関係者を居間へと集めた。
これで事件は終わる、と小生一安心。
その数分後、小生は死ぬほど驚くことになる。
名探偵に名指しされた犯人。
それが小生だったのである。
がちょーん
1/
驚き過ぎて、走馬灯のように今までの記憶が蘇る。
これは何かの作戦であるか?
小生は名探偵に合図を送るが、見事に無視された。
というか、めっちゃ睨まれとる。
どう考えても、犯人扱いである。
小生が戸惑っている間も、名探偵の推理は続く。
それは完璧な推理だった。
犯人が仕掛けた謎という名の罠を、名探偵は芸術的に解体していく。
残されたのはたった一つの真実。
犯人は小生である。
まさに完璧である。
小生が犯人であるということを除けば。
まったくもって、これは完璧な冤罪事件だった。
小生は小生が犯人ではないと知っている。
だが、周囲の眼は明らかに小生が犯人だと思い込んでいる。
これは困った。
疑わしきを罰する現代の闇である。
まあ、凶器が小生の部屋から出てきたら、そりゃ疑いますけどね。
まったく名探偵ならば、それが犯人の罠であることを見抜いて欲しいものだ。
事件の謎を暴いても、犯人が違うなら何の意味もないではないか。
謎さえ解ければそれでいいのか、名探偵。
と言いたい。
「これは友人としての頼みだ。頼む、自首してくれ」
小生、元名探偵を異次元封鎖空間へと永久封印してやろうかと思ったが、悪意は無いのだと自分を信じ込ませ、我慢することにした。ぶっとばしてー。
だが、このままでは小生ピンチである。
もはや全員の記憶をちょめちょめするしかない。
小生は覚悟を決め、黒い人たちから教わった記憶消去フラッシュを使おうとしたその瞬間、居間の扉が勢いよく開けられた。
「待ちたまえ諸君、真犯人は別にいる!」
真の名探偵の登場であった。
2/
「君の推理は素晴らしいが、ただ一つ間違っている」
警察と共に現れた名探偵は不敵に笑う。
「僕の推理のどこが間違っているというんだ」
挑戦するように笑う駄探偵。
おまえもう帰れよ、と小生は思った。
「認識は無数にあれど、事実は一つだよ」
名探偵は指を刺す。
「犯人は君だ!」
その指先には――駄探偵の姿があった。
がちょーん。
「まるで実際の犯行を見てきたかのような完璧な推理。それも君が犯人ならば可能だろう。事件を覆う謎だけを暴き、肝心の事実だけを隠し通す。見事な手口だ」
それはまるで舞台のようであった。
小生、そのとき初めて本物の名探偵と出会ったのだ。
彼女は知っているのである。物語の主役が自分であることを。
ミステリー界の選ばれし勇者。
それが名探偵なのだ。
「馬鹿馬鹿しい。こいつの部屋から血塗れの凶器が出たんだぞ。それでも僕が犯人だと言うのか」
「残念ながら、それが君の最大のミスだ。君ほどの名探偵ならば、本来それが犯人の罠だと気づいたはず。それなのに、その可能性に少しも触れなかったという事実。それが君が犯人という何よりの証拠ではないか」
何ということだ。
まさかそんな伏線があったとは。
馬鹿を馬鹿だと思っていると、自分が馬鹿になるのである。
小生、一つ賢くなった。
「ふん、そもそも、なぜ僕が彼らを殺さなければならない」
「君は自分以外の人間が馬鹿だと思っているのかな?」
すんません。
小生は馬鹿でした。
「君がこの屋敷の前の持ち主である罪条閥家の隠し子であることを、私はすでに知っているのだよ。そして、殺された被害者たちも罪条閥家と関わりが深い人物ばかり。全ては十五年前の殺人事件から始まったのだよ。その謎も私はすでに解いている」
そこから長い説明が始まった。
小生はそんな伏線あったかなーと思ったが、これは現実の事件なので、そもそも伏線などないのである。事件解決の鍵は、常に舞台場にあるとは限らないのである。
ともかく、駄探偵は悲しみの涙と共に犯行を認め、警察に連れて行かれた。
小生への謝罪の言葉はまったく無かった。
仕方が無いので、小生は犯人にお腹が痛くなる呪いをかけることにした。
まったく、楽園どころか失楽園ですら無かった休日である。
ぶーん。
3/
その後、名探偵のオナゴとは何度も再開することとなるのだが、それはまた別の物語である。
事件あるところに名探偵あり。
名探偵いるところに事件あり。
つまりはそういうことである。よく分からんが。
小生の不幸な日々はここから始まった、とだけ言っておこう。
<小生事件ファイル その零 完>
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