第14話 貴女にとって
「どうしたものかねえ……」
帰り道。いつものよーにバイクを押しながらとことこと歩く僕は、つい独り言を漏らした。ふう、とついでに溜息もついとく。……もう5回目だね。
『りょーへー、溜息付くと幸せがにげるんだぞー?』
「その情報源についてちょっぴり訊きたい気もするけどね……」
今はそんな気分にはあんましならない。ふう、また溜息が漏れた。
あっちこっちにひっつく雑鬼達が月光の下でのーんびりしてるのを眺めながら、僕はまた呟く。
「ほんと、どーしよーかな」
『なにがだー?』
「んー……」
何が、と言われると困るんだけども。
そもそも僕の選択肢だなんて、莉子さんと相対した時にとっくに選んじゃってるわけだし。多分あの時はまだ眞琴さん到着してなかったんだろうね、じゃなきゃあんな言葉は出ない。
今僕が迷ってるのは、その上でどーするか、だ。
「むー……」
『んー。なありょーへー』
「うん?」
『それさ、りょーへーが関わらなきゃいけないのかー?』
「……へ?」
急にどうしたと、いつもの如くバイクに陣取るチビ達を見下ろす。ハンドルに寝転んでたチビが、ぴょんと起きる。
『べつにさー、りょーへーが悪い訳じゃないだろー? ほっとけばいーんじゃないのか』
「えええ」
『だって、いしゃのせんせーがみてるし、魔女のねーちゃんだって見捨てるわけじゃないだろー? りょーへーまで何かする必要ないだろー』
『そうだぞー、りょーへー。へたに首つっこむむと、また痛い目にあうぞー』
『あのおっかない子どもが関係してるなら、なおさらだぞー』
「……まあ、そうなんだけども」
口籠もる。それも考えにあったからこそ、僕も迷っていたわけだしね。
しょーじき、この件はこれでお終い、でも良いと思うんだ。僕としてはやれることやったし、眞琴さんが直ぐ対応してくれたし。なにより、お医者様を差し置いて僕に出来る事なんてあるのかね、なーんて思うわけで。
「適度に真面目」で厄介事お断りな僕としては、このままプロにお任せするべきだ、って、思わなくもない。
……ない、んだけどね。
「けどねえ」
『なんだよー?』
「読んじゃったの……僕のせいでも、あるんだなあってさ」
勿論、莉子さんが我慢出来なかったのにも、責任はある。梗平君みたく若気の至り、って年じゃないんだもの。君子危うきに近寄らずって昔の有り難い教え、経験のひとつやふたつもあったでしょーに、無茶苦茶暴走したのは莉子さん自身だ。
……でも、それが「魔術」じゃなければ。ただの知識欲の暴走ならば。ただの、権力負けした無謀ならば。
もう少し早く、止まれたんじゃないかな。
『処理する能力? それは読むペースを調整すればどうにでもなるんじゃない?』
『さあ、ね。そう思う事こそが、涼平が資格を持っている証だよ』
お茶会で交わした会話を思い出す。あれは、きっと、そういうことなんだろうね。
「魔術書を、魔術の知識を、求める人に資格がなければ。……きっと、その引力に逆らったり、自分のペースを保ったり、出来ないんだろうね」
『あー、そうかもなー』
——己を保てず、呑み込まれる。
それこそが、「魔術」の怖ろしさ。
「だったら、さ。僕が、止めなきゃダメだったよねえ」
莉子さんに、こんな目にあって欲しくない、と。
強く思うほどに関わったのは、『知識屋』関係者の中では、僕だけだったんだから、さ。
「……はーあ。とんだナンパになっちゃったもんだ」
無難な火遊び相手のつもりが、とんだ災難を招き込んでしまった。その責任から目を逸らせるほど、僕もまだまだ大人になってなくて。
『りょーへー?』
「……ふう」
やれやれだよ、まったく。
***
次の日。
朝イチで『知識屋』に寄った僕は、ちょいと準備を済ませて病院にバイクをかっ飛ばした。
夕陽に照らされた病院を進んで、昨日向かった病室に繋がる廊下に足を踏み込めば、目敏く僕を見つけた看護師さんが駆け寄ってくる。
「すみませんが、この先は——」
「面会謝絶、でしょ? 知ってますよ」
にこやかに笑みを振りまくと、看護師さんがちょっと頬を赤らめた。おや、こんなとこでナンパスキルの効果が出るとは。
「でも、今日はちょっとしたお仕事なんですよね。申し訳ないけど、このお手紙を主治医の先生に渡して貰えます?」
そう言って、眞琴さんから預かった封筒を手渡す。首を傾げつつ受けとった看護師さんは、書かれた宛名を見て、文字通り硬直した。
「……しょ、少々お待ちください」
ぎくしゃくとそう言って、看護師さんが小走りで消えていった。……眞琴さんのフルネームが書かれてただけなんだけど、何だろうねこの反応。
(そいや、眞琴さんちって割と古い感じのおうちなんだっけね)
術大好きで魔術大嫌い、古風。でも、莉子さんが妖に襲われないようにって動いてくれる術者集団。そんな人達に直ぐ保護して貰えるよう動かせる程度には、眞琴さんてば力があるっぽかったけど、そこはやっぱし「魔女」様ってことかな。
(とはいえ病院の人を顔色変えさすって何事かなーとか思っちゃったりするんだけど、藪蛇だよねやっぱし)
触らぬ神に祟りなし。魔術扱うだけで勘当しちゃうよなおっかないお家とは関わらないのが一番だと、心の中でうんうんと頷いてた僕は、声をかけられてぱっと顔を上げた。
「お待たせいたしました」
白衣を纏った男の人が会釈をして、僕に背中を向ける。案内してくれるって事だろーと察して、僕も歩き始めた。
お医者さまに扉を開けて貰った中は、白い白い、病室。
「それでは、要件が終わりましたら、看護師に」
「はい。我が儘を訊いていただき、ありがとうございます」
如才なく挨拶して、出ていくお医者さまを見送る。足音が聞こえなくなるのを待って、人払いの魔術を発動した。
「……さて、と」
振り返って、ベッドを振り返る。上掛けは柔らかなオレンジ色だし、壁紙もベージュ色だし、所々に色彩を入れて味気なくならないように工夫されている。色のバランスも良いし、病院のデザインをした人のセンスが良いんだと思う。
それでも。それでも、病室特有の無機質な空気が。一定のリズムで鳴り続ける電子音が。
病室を、真っ白に感じさせるのだ。
莉子さんはそこで、死んだように眠っていた。息すらしてないんじゃないかとちらっと思ってしまうくらい、静かに。昏々と。
「莉子さん」
そっと、呼びかける。返事がないのは分かっていて、構わず続けた。
「……だから、言ったのに。魔術書読んじゃ駄目だよって。莉子さんの為だよ、ってさ」
小さく苦笑して、肩をすくめる。
「……うん、分かってる。お仕事も、大変だったんだろうし、上司もおっかなかったんだよね。……ごめん」
そして、謝罪を。
本人には絶対に伝わらないだろう。けど、だからこそ言っておく。
「ごめんね、止めてあげられなくて。莉子さんがもっと……もっと上手に、魔術と関わる道を示して上げられなくて」
深々と頭を下げて。数秒後、頭を上げた僕は、持ってきたリュックサックから、1冊の書を取り出す。
「お詫びに、特別に——魔術を、見せて上げるよ」
指を1本立てて、唱えた。
『この花とまれ』
指先に、虹色の蝶が現れる。ゆっくりと羽を広げた蝶は、そのままふわりと舞い上がり、病室をひらひらと飛び始めた。
チビ達に見せた、幻影の魔術。それを維持しつつ、手に取った書をゆっくりと開く。
「例えば貴女の部屋の片隅で、世にも不思議な出来事が起こるとして。どんな科学でも証明出来ない現象が、目と鼻の先で起こったとして」
歌うように紡ぐのは、『魔女』が莉子さんに告げた言葉。同じようでいて、少し違う言葉の旋律を、莉子さんに、書に、世界に訴えかけるようにして、紡ぐ。
「貴女は眠っているから、何も気付かない。どんなに見たいと願っていても、奇跡は決して、貴女の目に映らない」
ひらり、と。蝶が眠り続ける莉子さんの鼻先に止まる。それでも目を開けない莉子さんにそっと目を細めて、僕は書に——魔導書に、魔力を篭め、起動の鍵(キー)を口にした。
「つまり、それが——莉子さんにとっての、魔法だ」
魔導書が光を放つ。文字が独りでに浮かび上がり、ぐるぐると僕の周りを回る。それを操りながら、僕は微笑んで言う。
別れの、言葉を。
「じゃあね、莉子さん。これからは穏やかな人生を」
病室が、魔導書の光で埋め尽くされた。
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