第6話 『魔女』のいる『知識屋』

 翌日、通常営業に戻った『知識屋』は、3日間「代理」狙いで千客万来だった反動のように、お客様が少なかった。


「分かりやすいねえ」

「そうだね。私が全く妥協しないというのはもう有名だから、梗の字に期待したんだろうけど。梗の字、しっかりしてただろ? 中学生としての可愛げは欠片もないけどさ」

「……うん。ここは身内である眞琴さんに遠慮して否定すべきかなーって思ったけど、否定の余地がないよ」

「気にしなくて良いよ、梗の字だもん」


 珍しくも軽く吹き出すように笑った琴音さんの返答に、笑いながら曖昧に頷いておく。未だに昨日のやり取りがみょーに気になってるんだよねえ。

 そんな気分ごと誤魔化すべく、軽口を叩いてみる。


「ま、お陰様で占いは当たるようになったよ。そうそう、なんかさらっと普通のアドバイスのように言われたけどさ、あの子魔法陣の加筆なんてトンデモ技術持ってるのね。びびったびびった」


 初日の全力無茶振りを思い出して言えば、眞琴さんは何故か苦笑を浮かべる。


「梗の字はまだ、自分の特異性を完全には理解していないからね。あの子が魔術を使うのには、魔法陣の加筆が必須なんだ。だから、それこそ今の涼平よりも未熟な頃からやってたよ」


 さらっと凄まじい事を言われて僕は硬直する。魔法陣の加筆が必須ってのも謎だけど、初心者の頃から加筆してたとか、天才とか言われる領域だと思うんだけど。


「何それチート? ノワールと同類?」

「あはは、ノワールがチートか。そうだね、彼はチートだ。……うーん、梗の字の才能は確かにチートと呼んでもおかしくないだろうけど、やっぱりノワールには敵わないんじゃないかな。私個人の感覚だけど」

「……おーけー、とにかくノワールのチートっぷりが人外レベルなのは、とっても良く理解出来たよ」


 どんだけぶっ飛んだお方なんだろうね、彼。見習いの僕には想像の範囲外だよ。


「あはは、涼平は素直だな。梗の字にもその素直さが少しでもあれば良いんだけどね……それはそうと」


 非常に楽しげに笑う眞琴さんの横顔に密かに見惚れかけていた僕は、いきなり真顔を向けられ、慌てて表情を引き締める。もう、ほんっとうにこの人は油断ならない。



「涼平。梗の字相手に何かやらかした?」



「……へ?」

 言葉の羅列の意味を掴めず、ぽかんと口が開いた。少ししてその問いかけの意味を理解した僕は、慌てて首と両手をぶんぶんと振る。

「そんなまさか。僕が梗平君みたいな立派な魔術師に喧嘩売るなんて、とてもとても恐れ多い。そもそも僕は平和主義だってば」

「うん、涼平がそんなたいそれた事を出来るはずないよね。私も梗の字に涼平の事情は一切話してないんだけど……」


 さらっとヘタレ認定されたっぽいけど、そんな事で凹むようなヤワな精神構造はしていない。とゆーか事実だしね。プライド? それっておいくら?


 ……でなくて。


「何かあったん?」

「3日間の店番の対価を渡す時、やけにしつこく涼平の事を聞いてきたんだ。梗の字の場合は、はぐらかす方が良くないから適当に答えておいたんだけど、妙に拘ってたし……参ったな」


 そこでモデルよろしく髪をかき上げた眞琴さんは、どうやら本気で参っているご様子。それを見た僕は、危険信号が久々に耳元でやかましく鳴り出すのを聞いた。


「……ええと、何だかとっても嫌な予感がしたりしなかったり……?」

「いや、流石に危ない事はないと思うけどね……多分」

「今多分って言ったよね、小さい声だけど聞こえましたよ」


 わざわざ小さい声で付け加えてたけど、これでも僕は危険に関しては結構目敏いのだ。自慢にならない? そんな事無いさ、自己防衛能力は貴重です。


「んー……梗の字もその辺りは弁えてると思うけど……久々に見たからなあ、アレ」

「アレ?」

「……いや、何でもないよ。涼平は気にせずに、いつも通りに過ごしてれば良いんだよ」


 そう言ってにっこりと笑う魔女様の態度に、僕はそれ以上深くは訊けなかった。


「さて、3日間の特訓の成果を見せてもらおうか?」

「え、いやあ……特訓って程特訓してた訳じゃあ……あはは」


 笑って誤魔化しつつも、眞琴さんの笑顔が例のチェシャ猫笑顔になったのを見て素早く背筋を伸ばす。それにくすりと笑った眞琴さんに一瞬目を奪われたけど、深呼吸で自分を落ち着かせ、準備してた魔術を展開した。



『たまやー』



「……本当に、その気の抜ける詠唱だけは何とかならないかな……」

 眞琴さんの溜息混じりの苦情はいつもの事だけど、今日の僕に言い返す余裕はなかった。何故って、そりゃあ魔術の制御が難しいからさ。



 色とりどりの火の花が吹き出したり、弾けたり。海辺でよくやる花火セットを思い浮かべて、打ち上げ以外の大抵の花火を作り出してみた。季節外れだけど楽しくて良いね。



 ただ、うっかり気を抜くと本に飛び火しかねないので、必死で制御。勿論そーなっても修復魔術の基礎くらいは僕も身に付けてるし、眞琴さんは上位魔術でもばっちこいだから大丈夫っちゃ大丈夫だけど、そんなわざわざペナルティ貰いに行く趣味はない。



 なんとか最後まで制御しきって魔術を終了させた僕は、深々と息を吐きだした。

「な、何とかなったー……思ったよりもぎりぎりだったかも」

「そりゃあ、あれだけ沢山の火花を生み出せばそうなるよ。中級魔術だろ、これ。攻撃用のを観賞用にしたのは涼平らしいけど……それって魔法陣の加筆作業に近いよ?」


 悪戯じみた笑顔でそう問う眞琴さんに、僕ははいっと手を上げる。


「眞琴さんや、そりゃあやってる事は似てるけどね? イメージで魔法陣が微妙に変わるのは誤差とか創意工夫の範囲内だけど、イメージや結果を予め「魔法陣を弄って」作り出すのはぶっちゃけ次元が違うと僕は思うんですが、どうでしょう」

「おや、引っかからなかったか。大分勉強が進んだようで何よりだ」

「……テストでしたかー」


 渇いた笑みを浮かべながらも、なんとなく僕はほっとした。


(うん、やっぱり眞琴さんって頼りがいがあるというか、余裕感が違うんだよなあ……)


 梗平君も落ち着きのある実力者だったけど、どこか突っ走り気味というか、年長者としてカバーしてあげなきゃな、と思ってしまうような部分が残っていたのだ。当たり前っちゃ当たり前だけどさ、14歳なんだし。


 けど、そうやって地味に気を張ってた3日間と違って、眞琴さんは流石の安定感。堂々たる風格があるからか、醸し出す余裕が安心させてくれるんだよね。いつも通りと思っていた魔女不在の『知識屋』運営は意外と違いがあったんだなあと、元に戻ってから気付いた。


(ううむ、流石にこれはオトコノコとしては、どーなのかね)


 いくら師弟関係とはいえ、流石に同い年のオトコノコとして、これはあまりよろしくない気がする。何て言うかこう、男の包容力というか、女性を支える的な——


(——うん、無理)


 ちょっと想像しただけで却下。まだまだそんないっちょ前の事を言えるレベルじゃないし、そーやって肩肘張るのって僕には合わないや。マイペースマイペース。魔女様に扱かれこき使われながら、魔術師になっていけば良いよね。


「どうかした? 涼平」

「なーんでもないよ。じゃ、また明日ー」

「ああ、お疲れ様。また明日もよろしくね」

「勿論ですとも」


 戯けてそう返しへらりと笑うと、眞琴さんはふっと表情を緩めた。

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