第3話 僕と占いとチビ達と
その日家に帰った僕は、ぐちぐちと文句を言いつつ、大きめのお皿にお菓子を出していた。
「本当にさあ、毎晩毎晩たかりに来ないでよね。君達普段はただ雑談してるだけじゃないか。お菓子はお礼だって言っただろ」
『だってよー、お菓子って美味しいじゃんかよー』
『俺達、普段からりょーへーの為に危ない場所を確認してやってるんだぞー。これくらいのささやかなお礼があったって良いだろー』
「君達が、少しは遠慮とか自重って言葉を覚えてくれたら良いんだけどね」
溜息をつきつつ僕がお皿をテーブルに置くと、部屋に集まってた雑鬼達は我先にとお皿に群がった。
ノワールが捕まえた魔法士の件で、チビ達が危険を教えてくれたお礼にとお菓子をあげた所、チビ達はすっかり気に入ってしまった。あれも食べたいこれも食べてみたいとせがむようになり、最近ついに僕の家に押しかけて来るようになった。これぞ押しかけ女房ならぬ押しかけ雑鬼ーズ。何も嬉しくない。
僕としても、チビ達にお菓子を提供したい訳じゃないんだけど、せがむのを無視すると勝手にお菓子の臭いを辿って漁り出すんだよね。俺も俺もと取り合って食べるもんだから、辺りが菓子クズだらけになって虫が湧く。それは勘弁なので、渋々こーやってお菓子を提供しているのさ。
「ひと皿食べたら帰ってよ。全く、僕の家はいつから雑鬼の遊び場になったのさ」
『りょーへーの側は居心地がいーんだぞー。いいじゃないか』
『そうだぞ、僕らだってのんびりしたいんだ』
「いや夜なんだし誰か驚かしに行きなよ、仕事でしょ」
そこはびしっとツッコミを入れる。のんびりまったりしている雑鬼ってどーなのよ、一応世の中で言う妖なんだからさ。……本当に妖なんだろうか。
『そんなの俺達の勝手だろー。それよりりょーへー、お菓子もっと!』
『もっと!』
子供よろしくお菓子をねだる様子を見てると、そんな疑問は今更なんじゃないかって思ってしまうんだけどね。
「今日はこれだけ。それ以上文句言うなら全部取り上げるよ」
きっぱりと告げると、チビ達はぶーぶー言いながらも大人しく食べ始める。それを確認して、僕は魔術書を鞄から取り出した。挟んだ栞をひょいとのけて続きを読み始める。
今日は占術に関する魔術書。梗平君の提案を思い出しつつ読んでみれば、やっぱり梗平君の言ってた事は無茶振りだった。あっさり魔法陣の加筆とか言ってたけど、こんな太古から続く知識がみっちりぎっちりな魔法陣に書き込みするとか、どんな離れ業。
(……てゆーか、それが出来るって相当凄い事だよね。なーんで中学生がそこまで魔術に精通してるのかなっと)
中学生の頃と言えば、視える事を上手く隠しつつもチビ達と時折お喋りしてた程度の僕とは、天と地程も差がある。良い事なのか、どうなのか。
『りょーへー、それ何の魔術書なんだー?』
「んー? 占いだよ」
『あっ、そういえば今日の分はどうだったんだー?』
「あはは、駄目だったねえ」
『わー、あのおっかないねーちゃんに怒られたのかー』
『かわいそーに、りょーへー慰めてやろーかー?』
わいわいと言い募るチビ達は、明らかに面白がっている。薄情なチビ達の皿からお菓子を1つ取り上げて口に放り、答えた。
「んーいや、今日は眞琴さんいなくてね。遠縁だっていう男の子が、代理で店番してくれたよ。だから今日はペナルティなし」
『あのおっかないねーちゃんの代理ー? すげーなー』
『りょーへーにはとてもじゃねーけど無理だもんなー』
うんうんとそこでみんな頷きつつ感心するもんだから、またお皿からお菓子をひょいひょいと横取りしてやった。
「君達ね、やたらめったら長生きしてるんだから、本当の事を言われると人はむっとするという事実くらいはちゃんと知っておくべきだと思うよ」
『もー、りょーへー取るなよー!』
「そもそもこれ僕のお菓子だってば。取ってるの君達だからね」
言い返してから、魔術書の暗号の1つが解けなくてしばし考える。
「って、うっわ、これ途中から解釈間違っちゃった感じかい……」
自分のミスに呻きを漏らして、そもそも誰がこんな厄介すぎる暗号で魔術書を書いたんだと表紙をひっくり返してみれば、著者名は懐かしのお名前。
「……ノワールの魔術書でしたかー」
『ノワールって、この間の滅茶苦茶おっかない真っ黒にーちゃんかー?』
『りょーへー、あんなおっかないのに2度と近付いちゃ駄目だぞー、俺達が怖いだろー』
「うん、そこはせめて心配してるとか建前くらい言おうか」
本音のままに言うチビ達に苦笑しつつ、改めて最初の序文——暗号の解き方のヒントが書かれている部分を確認してから、解読作業に戻る。
(にしても、占いを信じてない雰囲気があるのは、やっぱ彼が書いたからなのかね)
思えば今読んでる魔術書は、始めからみょーに占術そのものに懐疑的だった。あんまし細かい解釈をしたがらない、運命という単語を絶対に使わない。占術を専門に扱う魔術師にはヒジョーに珍しい文章だから、不思議ではあったんだよね。ほら、占い師って大抵自信満々じゃないか。
けど、ノワールが書いたってのなら、なんとなく納得。彼はしょーじき占いとか運命とかこれっぽっちも信じてなさそうだもの。というか信じなくてもよさげよね、あんだけ無茶苦茶なお人なんだし。
「彼みたいなのが世に言うチートだよねえ、君達もそう思わない?」
『ちーと?』
「んー、反則、みたいな。常識外とも言うかな」
『それは絶対にあの黒いにーちゃんの事だなー』
うんうん、と一同頷き合う。アレはちょっと、人間なのか疑うレベルだったもの。
『でも、そのちーと? なのは、あのねーちゃんもだろー』
眞琴さんの評価に苦笑しつつ——ノワールと同列に扱われるって凄いよね、流石魔女様——ふと時計を見上げ、うげっと顔を顰めた。
午前1時。そーいや明日は1限からだった。そろそろ寝ないと遅刻する。
ぱたりと魔術書を閉じて立ち上がる。奥からごそごそと占術用の魔法具——ぱっと見はただの板。偶に遊びに来る友人に見つかったら恥ずかしいので、きっちり隠してるのさ——を取り出し、チビ達に告げた。
「ちょーっと君達、端っこに寄っててねー」
『ほーい』
よい子のお返事をしたチビ達が、隅にわらわらっと走っていった。お皿を何人かで運んでるんだから、ちゃっかりしてるね。
残りのお菓子を食べているチビ達の安全を確認してから、僕はこのところ毎晩の習慣となっている占いを始めた。
「さーて、『あーした天気になーれ』っとね」
なんとなく占いと言えばこれかなと思う僕は、占いに対する認識だけはノワールと似たり寄ったりなんだよね。
(だから当たんないのか、納得ーって、それじゃ駄目ですよね分かります)
眞琴さんが聞いたらにっこり叱られそうな事を考えている間に、魔法具が輝いて『知識屋』の店の平面図が浮かび上がった。『裏』がある場所に1つの光が浮かぶ。
しばらーく見つめてると、光が1つ、2つ、とまばらに光ってはふらふらと動き、消えていく。最後に1つだけ残った光は、1つ光の灯っている『表』へと移った。
「んー……?」
眉をしかめる。いつもはただの明滅だけなのに、何か動きついてるし。まばらに光った光も、ビミョーにちょろちょろしてたし。一体どゆ事。
「えーと、『表』に移動したのって、ひょっとしなくても梗平君だよね……あれ、出来た感じ?」
梗平君に指摘されて眞琴さんの魔力を目印にするのをやめたんだけど、だからって何故に魔力を持つ人間を現す光が動くよ。そんな指定してないんだけど。
(……いやまあ、これで当たってるんなら万々歳なんだけどさ)
なんとなく釈然としないのは何でだろうか。うん、どうしていきなりこんな事が出来るようになったか分からないからだね。
(普段と違うと言えば、チビ達がいる事くらいだけどねえ)
いつもはチビ達が菓子に満足していなくなってから占術を行っていたのを、今日は時間が無いからってチビ達にお菓子を食わせつつ占術をした。けど、そんな事で魔術の結果が変わる訳なし。
と、なると。
「……梗平君のレクチャーでイメージが付いたから、かね」
これはちょっぴり真面目にお礼を言わなきゃならない感じか。てか、愛想なしかつ無口な彼が魔術のレクチャーしてくれた時点で、お礼言わなきゃ駄目だったか。
(あの時は迫力負けしてて言えなかったーとか、言いづらい言い訳だなあ……)
自他共に認めるへたれな僕だけど、お礼はちゃんとしないとね。もしこれで見事当たってたなら、明日きちんとお礼を言おう。返事無いかもしれないけど。
そう決めて、僕はチビ達を振り返る。
「さて、そろそろ僕は寝るから、君達も帰るよーに」
『えー、もうちょっとゆっくりさせろよー』
『とゆーか、俺達もここで寝たっていいじゃないかー』
「それはだーめって、何度も言ってるでしょ。僕は人間なんだから、いくら何でも君達と一緒に寝るのは危ないんだってば」
『りょーへーのけちー!』
ぶーぶーと騒ぐチビ達が何と言おうと、これは眞琴さんにきっちり釘を刺された事。流石に雑鬼と呼ばれる最弱の妖達でも、無防備に眠っている時に側にいられたら、脆弱な人の身にはよくないそーな。具体的には魔力とか精神? が魔に傾くんだと。
……以前ノワールに「堕ちたら殺す」と脅された身としては、そんな危険極まりない綱渡りをする気は、足の小指の爪の先程も無いわけだ。
自分の命とチビ達のワガママでは比べるまでもないので、僕はきっぱりと言い放つ。
「駄目と言ったら駄目。ほら、帰った帰った。また明日お菓子を上げるから、それで我慢なさい」
『言ったなりょーへー、約束だからなー!』
『嘘ついたら針千本飲ませるぞー』
「はいはい、じゃーまた夜にね」
『おう! またなー』
無邪気に手を振ってばらばらと帰って行くチビ達をきっちり見送ってから、僕は一応の体裁で邪気を払うまじないをして、ベッドに身を潜らせた。
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