第10話 セカイ
「さて、何から話したものかな」
部屋に入ってまず僕にコーヒーを淹れさせた眞琴さんは、肘掛け椅子に腰掛けたままそう言った。向かいのソファに座り、珍しく考えている様子の眞琴さんを黙って見守る。
「うーん、順番が付けづらいな。涼平が聞きたい事から説明していこうかな。どう?」
結局、然程考える事無くそう尋ねてきた眞琴さんに、思わず溜息を漏らした。けど、そのマイペースさが今は楽だね。
「えーと、僕も何が何だか分からないし、何を聞いて良いのかすらよく分からないんだけどね。取り敢えず、あのノワールって人は何者?」
一見どう見ても日本人な実は化け物じみた彼の事を聞くと、眞琴さんはふっと笑った。そのチェシャ猫のような笑みは、面白いものを見つけた時のそれ。
思わず身構えた僕に、眞琴さんは指を1本立てて見せた。
「答える前に問題。彼は一体何歳でしょう?」
案外平凡な問いに拍子抜けしつつ、僕は印象のまま正直に答える。
「んー、僕よりちょい上か同じ。20手前、かな」
途端眞琴さんがくすくすと笑い出した。手でバッテンを作る。
「あれ、20過ぎてた? 若作りタイプなの」
「違う、逆だよ」
「へ」
逆って、と見返せば、眞琴さんは悪戯っぽく言った。
「彼、まだ16かそこら」
「嘘でしょう!?」
驚きに叫ぶ。16歳であの貫禄なんておにーさんびっくり。
「本人が言ってたから多分本当。ここしばらく会ってなかったんだけど、背伸びてたなあ。涼平は低いけど、彼はどこまで背が伸びるんだろ」
「背の事は言って欲しくないんですけど。てか、あの人結構偉いっぽい雰囲気あったんだけど。16歳でそんな事出来るん?」
フォンデュトはノワールを見て、真っ青な顔で驚きを口にしていたのだ。
『何故お前がここに』
この時点で、ノワールが普通こーいう捕物には出てこないと分かる。ノワールも事情があってー的な事を言ってたし。これだけでも、ノワールが普通の立場でないと分かる。そもそも、一瞥で誰か分かるって時点でフツーじゃないよね。
その辺りを踏まえて尋ねてみれば、眞琴さんはしたり顔で頷く。
「ああ、彼もまた特例中の特例だね。涼平も彼の魔力量の異常さは分かっただろ? それだけでも脅威なのに、魔力の特性も普通じゃない。その上実力も確かで、魔術への造詣も驚く程深い。何せ彼は、魔術書も魔導書も書くんだよ」
「ほわっと!?」
最後の言葉に目を剥いた。
魔術書、魔導書ってゆーのは、魔術の研究が行き過ぎて頭がイっちゃったような人が書くもの。それこそ何十年と研究しているような人じゃないと条件は満たさないハズ。一体いつから魔術に触れてるのか知らないけど、少なくとも16歳で書けるものじゃない。
「……天才?」
「かもね。そして、その能力と危険性を認められた彼は、1年くらい前から魔法士の統括機関の最年少幹部になってるんだ」
「うーわー……」
思わず引き攣った笑顔を浮かべた。15歳で幹部って。どこの化け物ですか。
「だから、しがない魔術師見習いである涼平が口答えするのは、「命知らずな身の程知らず」なんだよ。ノワールで良かったね、彼は他人に無関心だから。協会にはとても物騒な人が沢山いると言うし、彼が言ってた通り、殺されてもおかしくなかったよ」
「うわお……てかあれでマシって、おっかないね」
半分本気で大袈裟に身震いしてみせる。それを見た眞琴さんが呆れ顔になったけど、構わず質問を続けた。マイペースマイペース。
「えーと、じゃあ、あのしょっ引かれていった人もその機関の人? それとも機関に喧嘩でも売ったん?」
ついでにとフォンデュトの事を聞くと、眞琴さんは苦笑して首を振った。
「彼はおそらく、あの機関の——魔法士協会の一員なんだろうね。何か規約違反でもして逃亡してたって所かな。その程度の馬鹿なら時々いるみたいだけど、あの機関に喧嘩売る命知らずなんて、私は1人しか知らない」
「1人いるのね」
「その人間に関しては聞かないで。思い出したくもないから」
苦笑を凄みある笑顔に変えて言う眞琴さんに、慌てて頷く。触らぬ神に何とやら。
「ええと、その機関、魔法士協会ていうの? 魔術師協会じゃなく?」
話題を変えたかったのとそもそも気になっていたので、魔法士とはなんぞやと首を傾ける。眞琴さんが笑顔を普段のそれに戻して答えてくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「うん、魔法士。魔術師とは違うんだよ」
「初耳だけど、どー違うの?」
「他の世界の事だから教えてなかったんだけど。魔法士っていうのは、異能を徹底的に研究し、理論付けた上で行使する連中。魔術だけでなく、魔法や術式っていうシステムの異なるものも身に付けてる。魔術だけを専門的に扱う優位性もあるからどっちが優れているとかは判断付けづらいけど、魔法士として一人前というのはかなり優秀だよ」
「……えー、ちょい待ち」
眞琴さんの説明が分からなかった訳じゃないけど、冒頭の言葉をのーみそが受付拒否している。
「今なんて?」
「魔法士として一人前というのはかなり優秀?」
「もっと前。最初に言った事」
「他の世界の事だから教えてなかったんだけど」
それだ。
「他の世界?」
ヒジョーに縁の遠い……というか遠いままであって欲しいファンタジーな単語にくらくらしながら聞き返すと、眞琴さんはくすりと笑った。
「そうだよ。涼平、世界は1つだなんて誰が言った?」
「どこぞの歌にあったとかは横に置いておくとしても、人間が住める条件の揃った惑星がそうホイホイ存在するとはちょっと思えないし思いたくもないから1つに一票」
「涼平は面白いね」
くすくすと笑う眞琴さんは、急に立ち上がった。そのまま僕の座るソファの前まで歩いてきたと思ったら、背もたれに手を付いて身をかがめてくる。
(って、近い近い)
今日の眞琴さんはハイネックのニットセーター。よって胸元がーなんて嬉しい展開はないけれど、少し手を伸ばせば触れられる距離感と口元に浮かぶ魅力的な笑顔に、僕の平常心が削られていく。
視線を逸らしたいのに、その深い色を宿した瞳から目を逸らせない。
「涼平が視ている雑鬼達。あれは君にとって『存在するモノ』だよね」
「えーと、まあ」
あれだけ好き勝手登られてればと頷けば、琴音さんは笑みを深くした。
「普通の人達にとって、あれは『存在しないモノ』だ。君がいくら声を大にして「いる」と言った所で、誰も信じないだろうね」
「…………」
「視える、視えないだけでその差だ。その世界に存在する生物を認識出来なくなる。ならば、他の世界の事を認識出来ない人が沢山いても、おかしくはない。……認識出来る人がいても、おかしくはない」
静かな言葉に、どこかで読んだ一節が口をついて出る。それは、眞琴さんが続いて口にした言葉とぴたりと重なった。
『——世界は、それを知るものの前では、1つじゃない』
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