第11話 非日常の舞台裏
納得した僕に満足げに頷いた眞琴さんは、元々の椅子に座り直す。
「まあ、そういう事。だからノワールもあの捕まった男も、この世界の人間ではないよ」
「つまり異世界人……うわ、この単語口にするのサムイ」
何だか自分が中二に戻ったような気持ちになって、思わず腕を抱える。それを見た眞琴さんが、くすくすと笑い出した。
「そういえば……ノワール、相変わらず名前呼ばれるの嫌そうだったなあ。あれはきっと、年を重ねるごとに嫌がる気がするよ」
「そーいえば、見かけ日本人なのに盛大にそれを裏切る名前だったね」
びっくらこいた事を思いだして、頷く。眞琴さんは尚も笑ったまま、首を横に振った。
「そうじゃないよ。魔法士協会のある世界は、驚く程私達の世界に類似しているんだ。文化も、言語もね。魔法が無いものとされているのもそう。違うのは、魔力を持つ人は、その魔力の属性によって髪や瞳の色が違う事」
「へえ、それはまたカラフルな事になりそうね」
うっかり緑の髪に黄色の目とかになったら悲惨だね。色合いをコーディネイト出来ない訳だし。
「まあね。それで、ノワールの黒髪黒目は、世にも稀な属性——『闇』を意味するんだ。それも髪も目も同色の純属性。闇属性はただでさえ魔法の威力が強いのに、その上あの魔力量だ。しかもノワールが魔法を完璧に使いこなしているもんだから、あの名前だよ」
「あ、やっぱり本名じゃないのね。何、そうやって特徴に合わせて付けてるん? どういう意味なの?」
眞琴さんの説明にいちいち納得しつつも興味を示して聞けば、眞琴さんはにこっと笑った。
「あれは協会が定める名前だよ。真名を隠すのは向こうも同じなんだ。それと涼平、第2外国語はフランス語だろ? あれもそうだよ」
「へ」
「言っただろ、驚く程被ってるって。魔法士協会のある国はフランスそっくりでね、言語もほぼ同じ。意味を知ると、協会の連中のセンスはどうなのって思わざるをえない」
ヒジョーに楽しそうな眞琴さんを見れば、それがろくでもない意味だって分かる。何となく彼の為にも知らない方が良い気がする、なんて思いつつ、頭の片隅から穴ぼこだらけのフランス語辞書を引っ張り出す。
「えーと、ノワールって「黒」だよね。うわ、それだけでもまんま。……で、ええと、スブラン……?」
流石に色くらいは分かるけど、まだまだ習い始めた言語、単語のストックは少ない。諦めかけた時、眞琴さんが教えてくれた。
「支配者、だよ。スブラン・ノワールは、『漆黒の支配者』って意味」
「……そりゃー嫌がるよ」
それを嫌がらない16歳、つまり高校生はいない。いたらそれは痛々しいという。
おっかない人で、今後絶対に関わりたくない人ナンバーワンだけど、ちょっぴり同情した。
「んー、じゃああっちの人も厨二な名前なんだ」
「うん。『地水の繰り人』って所かな。力の強い魔法士程恥ずかしい名前みたいだし、あの人はそこそこだね。クレーター作るだけの事はあった訳だ」
「あ、あれあの人の仕業だったん!?」
新たな新事実に目を見張る。眞琴さんは意外そうな顔をして、あっさりと頷いた。
「とっくに気付いていると思ったのに。ノワールも言ってたろ、「魔術を行使した」って。魔術の秘匿は絶対なのに、街中で魔術使っただけでもアウトだよ。しかも追っ手を怪我させた上にクレーターまで作って、挙げ句放置して逃げたもんだから、色々罪状は増えてるだろうね。まあ、それでさっさと収集付けないと拙いって事で、ノワールが出てきたんだろ。上もウチの事を認識してる筈だし」
「ウチって『知識屋』? どゆ事?」
何故に余所の世界の機関がこのちっこいお店を知っているのかと驚いて訊けば、眞琴さんはシニカルに笑った。
「ウチは魔法士協会が「この世界に卸しても大丈夫」って判断した魔術書や魔導書をいの一番に扱うんだよ。知識を正しく扱ってくれる場所って貴重だからね。ただ、その分威力の確かな魔導書が揃ってる。逃げ込んだ彼がウチで魔導書を買って迎撃するなんて、目に浮かぶ展開だろ?」
「あー、いかにもありそう。それで来てたのね」
成る程、うちは武器調達店的な扱いか。物騒な話だけど、ノワールが魔力を隠してここに来たのには納得。
「ちなみに、ここに本を卸しに来るのはノワール。ほら、許可が下りたら持ってくるって言ってただろ? あれがそう。時々彼の書いた魔術書も卸してくれるからありがたいんだよね。結構原価かかるけど、大抵は元が取れるから」
「眞琴さんや、もしやぼった」
「失礼な、正規価格だよ。ノワールが、自署の本は割と安く売ってくれるんだ。お金より知識が欲しいと言ってね」
僕の真実を穿つ合いの手は、途中でぶった切られてしまう。その答えに、尚更不思議に思った。
「何でウチにそんなものを?」
あっちの世界の方が魔術は進んでるんじゃと怪訝に思って訊くと、眞琴さんはにっこりを深くした。あ、ヤバイ。
「ウチに知識を求めて何か変かな? うん?」
「ごめんなさい謝りますからその魔術やめて」
右手に見えた魔法陣に、泡を食って謝る。ちょ、それは痛いから嫌だ。
直ぐに謝ったのが効を成したか、眞琴さんは直ぐに魔法陣を消してくれた。ふう、危ない危ない。
「まあ、言いたい事は分かるよ。けど、彼が欲しいのは西洋の、対吸血鬼関連の魔術だ。特殊かつ効果的なんだって」
「吸血鬼? またみょーなものを」
彼ならドラゴンだって一撃の下に葬り去りそうな感じなのに、何故に吸血鬼。
素朴な疑問を呈した僕を見た眞琴さんは、何故か曖昧な表情を浮かべる。呆れたような、苦しそうな、見た事も無い表情。
「……彼は、吸血鬼を憎悪しているから。もはや妄執のように、病気のように、吸血鬼に関する知識を集めているんだよ。まるで、そうでもしないと狂ってしまうかのように、執拗に。吸血鬼関連の事件で暴走したという話も、よく聞くしね」
「…………」
いきなり重くなった話に、顔を顰める。くらーい話は性に合わない。
「ふうん。所で眞琴さんや、結局フォンデュトには何も売らなかったのよね?」
あからさまに話題転換してみせれば、眞琴さんは一瞬呆けた顔をした。けれど直ぐに、ふっといつもの笑いを浮かべる。
「うん、涼平はそれで良いのかも知れないね。勿論売っていないよ、あんな馬鹿に知識を得る資格なんて無い。まあでも、処分に困る魔導書があったら売ってたけど」
さらりと仰った言葉に片手を上げてふらふらと振る。
「それってあれなの、眞琴さんにはフォンデュトが追われていると勘付いていて、なら捕縛ついでにその厄介な魔導書も処分してもらえれば一石二鳥と……」
「ノワールは優秀だからね。便利で良いだろ」
「都合良いねえ」
あのおっかない人を便利とか言えるのなんて、眞琴さん位じゃあるまいか。けれど、それで良いやって思える何かがあるのだ、この人には。
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