第3話 お菓子タイムと夜の電話

 大方予想していたものの、虫干しの為の書籍移動は日没過ぎまでかかった。これで明日のお昼過ぎにはまた元に戻さなきゃならないとか、ホントに虚しい。

 あ、梗平君も勿論明日も参加。中学生は数日前から春休みだそうな、道理で今日は制服じゃない訳だ。重要な戦力なので眞琴さんも決して手放さないとそういう事ですね。まあお互い頑張るべし、だ。


 そんなわけで、重たい魔術書や魔導書を持って何往復もした為にやや筋肉痛の予兆を見せる腕を揉みほぐしつつ家に帰った僕は、いつものよーに菓子目当てにやって来たチビ達にお菓子を入れたお皿を見せるだけ見せて、さっと取り上げた。


 当然、完全に餌付けされている状態のチビ達が、黙っている筈がなく。


『ああっ、りょーへー何するんだよー!』

『早くくわせろよー!』

『ひとりじめなんてずるいぞー!』


 途端にぎゃいぎゃい騒ぎ出したチビ達の声を柳に風と受け流し、僕はぴっと指を1本立てた。


「今日のお菓子は特別だから、上げる前に1つやってもらおーと思ってね」


 そんな前振りと共にチビ達を集合させ、「整列、前にならえ、回れ右」のレッスンを開始した。やっぱしこのみっつは集団行動の基本だよね。

 チビ達は最初こそ胡乱げな顔をしていたものの、誰かが『これ人間の子供がよくやってるやつだろー』と言いだしてからは結構ノリノリでやり出した。こうして見てると、こいつらってやっぱし精神年齢は子供なのねーって思うよ。


 ……実際は一体どのくらい生きてるんだろうか。これぞとっつぁんぼうやの究極の姿だよね。


 けれど、芸と言っても6歳児でも出来る集団行動の基本のキの字なだけあって、チビ達は30分くらいで見事な連携を見せてくれた。ちっこい手やら角やらで頑張って「前にならえ」してる連中がふるふる震えてるのにはちょっと和まされたね。


 取り敢えず合格点に達したチビ達に、ご褒美兼お礼のお菓子を食べさせる。ついでに僕もご相伴に預かれば、流石のお値段に見あったお味だった。うん、これをチビ達だけに食べさせるのはもったいなさすぎ。

 とゆーわけでチビ達と仲良くお菓子タイムへ洒落込んだんだけど、チビ達は当然の権利として僕がいきなり芸を仕込んだ理由を知りたがった。ので、本日梗平君と交わした約束について素直にカミングアウト。案の定といいますか、チビ達は一斉に非難の大合唱。


『そんな理由だったのかよー!』

『その子供ってこの間りょーへーと遊んでたやつだろー、あのヤバイ場所でー!』

『そーゆー奴とあんまり関わってると痛い目にあうんだぞー!』

「……うん。もうしっかりあってるしね」


 チビの自己保身に基づく指摘にしみじみと頷く。ええ1ヶ月前の行動は素直に迂闊だったと思いますとも、それでも取引しちゃう僕は本当に学んでないというか、ね。


「けどしょーがないの。僕はあの子に借りを作る事よりも、眞琴さんににっこり笑われる事の方がずっとおっかないんだから」

 身も蓋も無い本音を漏らすと、チビ達は各々の手にお菓子を持ったまま揃ってこてんと首を傾げた。


『あのねーちゃんが怖いからなのかー』

『それは納得だなー、ねーちゃんおっかないもん』

『えーでもあの子供もヤバイだろー』

『ヤバイよなー、将来きっとねーちゃんクラスにおっかない奴になるぞー』

「……ああうん、やっぱり君達もそう思う?」

 お菓子をかじりながら、似たものはとこについてわいわいと交わされるチビ達の意見に、僕も溜息混じりに応じてお菓子を一口。うん、おかき美味しい。


 それにしても、将来『魔女』クラスを雑鬼達に保証された中学生は、一体どこに突き進んでいくのやら。眞琴さんとチビ達情報では最近はあの山に出入りしていないみたいだし、そのまませめてただのマッドな魔術師で止まってくれると……いやマッドもなおってくれないと困る、主に僕が。


「梗平君もねえ……あのマッドっぷりって何とかならないかな」

『あの子供もじゅーぶんヤバイけど、最近もうひとりヤバイ子供がいるとかいないとかいう噂だぞー』

「うん? それって新情報?」


 唐突にもたらされた情報に、1つ目の手なしチビ鬼に手近なピーナツを口に突っ込んでやる。チビ鬼は嬉しげにまぐまぐとそれを味わった後、どこか自慢げに報告してくれた。


『そうそー。1週間前位から、あの子供よりもちっさい子供が、夜中に現れては妖を切り捨ててるらしいぞー。めちゃめちゃ強くて、近くに気配感じたら逃げろーってのが、大抵の善良な妖達の認識だぞ。おっかないのは喧嘩しに行ってるみたいだけど、みんな帰ってこないらしいし』

「……うん、もう突っ込まないよ」


 善良な妖って何だろうとか、もう気にしちゃったら負けだよね。実際こいつらは気の良い奴らだし。


「でもどーゆー事なの? 子供が夜中にとか、切り捨ててってさ」

 気になって訊いてみれば、ちょっと遠い所にいた猿っぽいのが手を上げて答える。

『おれも思い出したぞー、なんかめちゃくちゃ力の強い感じの子が、時々夜に妖を刀で切り捨ててるんだとー』

「……刀とはまた和風だねえ。陰陽師系の人かな、眞琴さんに相談するかー」

 情報提供者におかきを放ってやれば、サル鬼は器用にキャッチして嬉しそうに頬張った。サイズが合わないから喉につまらせかけて頬に移動させてたけど。よく伸びる頬だ。


 取り敢えず、その子供の事は、実家が陰陽系だと漏らしていた眞琴さんに相談してみる事とする。梗平君? 迂闊に教えると、みょーな好奇心でお子様を巻き込んで余計大変な事になりそうだそうだから、勿論内緒さ。


 結論が出たので、のんびりとチョココーティングのおかきをかじる。あ、甘いとしょっぱい、意外と相性良いな。気に入ったので2個3個と食べてると、美味しい事を察知したチビ達が群がったので、おせんべいに手を出した。


『なーなーりょーへー』

「んー?」


 僕の方によじ登って戦利品のピーナツチョコを囓っていた、角がポイントな丸っこいのが話しかけてくる。器用だね、そんな小さい手で。


『俺達がりょーへーの取引に協力するんだから、俺達にもその対価? をくれるべきじゃないのかー?』

「それこのお菓子だから」

『じゃー今日の情報料!』

 反論すれば、さっきのサル鬼が言い返してきた。む、下手に眞琴さんの話をしたせいで余計な事を覚えたな、こいつら。

「そもそもお菓子は普段の情報料なんだけどねー」

『危ない所以外も教えてやってるだろー、最近ー』

「……まあね」


 梗平君のような特殊例がそうぽこぽこと出てこられても困るけど、この街は思ったより怪奇現象が多いようなので、最近はチビ達の情報網に引っかかった噂は何でも教えてもらっていたりする。だって何がどう巻き込まれるか分かったもんじゃないもの、ノワール然り梗平君然り。


 ともなれば、お世話になっているお礼はやっぱり必要なのかなー、とかも思ったりする訳で。


「何がいいん?」

『りょーへーの魔術をたまには見たいぞー!』

 肩乗り丸鬼が元気よく主張すると、周りが一斉に賛同の声を上げた。徒人には聞こえないとはいえ、まあ騒がしい事。


 ……まあ、それはそうとして。


「魔術、ねえ……うんいや、いいんだけどさ」

 物凄く微妙なキモチで頷く僕。元々魔術って君達のような妖を倒す為に作られたものの筈なんだけどな。それを見たがる雑鬼って、何かが間違っている気がする。

 ま、このチビ達が妖らしくないのは本当に今更だ。気を取り直し、僕は昨日『知識屋』で練習したばかりの魔術を見せる事にした。丁度魅せる用だし、ね。


 手を伸ばし、テーブル上のリモコンを操作して部屋の灯りを消す。座ったまま消せる照明って、ものぐさの素敵なお仲間だよね。

 そうして暗くなった部屋の中、頭の中で魔法陣を確認してから、一言。



『この花とまれー』



 ひらひら、ひらひらと。虹色に輝くチョウチョが優雅に羽根を上下させ、部屋中をゆっくりと横切っていく。動く度に羽根の光が揺らめいて、幻想的な風景を作り出した。



『おー! キレイだなー!』

『りょーへーのくせにやるなー』

「僕のくせにってどういう事かな」

 さりげに失礼な物言いに肩をすくめ、チョウチョを捕まえようとしている1つ目のチビ鬼に忠告する。

「言っておくけど、それ幻術だからね。捕まえられないよ」

『ちえー、つまんねーのー』

 不満げにぴょこぴょこ跳ぶのを諦めたチビ鬼の隣で、ミニチュア版の猫っぽい鬼が首を傾げた。

『でもりょーへー、何でお菓子にしなかったんだー?』

『あー、確かにそのほーがいいー!』

『お菓子がいいぞー!』


 まさかのそんなクレームに、僕は即こう答えたね。


「君達、目の前でお菓子が飛び交ってるのに食べられない状態って我慢出来るん?」

『無理!』


 即答の大合唱だった。ほらそうなるじゃないか。


「だからこれなのさ。で、満足?」

『おう!』

『おもしろかったぞー!』


 元気の良い返事が返ってきたので、まあよかろと魔術を終わらせる。最近魔術の持続時間が着実に伸びてるね、スパルタされてるだけの事はあるとも。


「さて、そろそろお帰り。僕も昼から魔術書運びあるしさ」

 時計を横目にそう言えば、チビ達は口々に普段よりもよい子のお返事をした。

『ほーい、また明日なー』

『また情報もってくっから、おもしろいもん見せろよー』

「……はいはい」

 随分とご機嫌だ、どうやらまた気に入られた模様。まあ、悪い気はしないけどさ。


 苦笑気味にチビ達を見送ってから、僕はスマホに手を伸ばした。手に入れたアドレスを開き、通話ボタンに触れる。


 コール5音、涼やかな声が電話ごしに届いた。


『はい、市ノ瀬です』

「ども、本日真面目系学生に拉致られていた大学生です」

 戯け半分本気半分にそう名乗れば、軽やかな笑い声が聞こえてきた。

『もう課題は終わったんだ?』

「優秀な同級生達のお陰でね。こき使われてきましたよ」

『おやおや、尻に敷かれてるね』

「ごじょーだんを。僕は女性に敷かれる趣味はないんだな、逆はともかくさ」

『貴方、本当に直球だね』


 くすりと笑う声には嫌悪の色がない。それにしても寛容だね、莉子さんてば。セクハラで訴えられても文句言えない発言なんだけど、むしろ面白がってるよ。


「ま、明日までは細かい打ち合わせがあるらしいけど。莉子さんのご予定を伺っておこうと思ってね」

『貴方はいつが空いてるのかな?』

「莉子さんの都合の良い日ならいつでも」


 大学生は暇なのだ。『知識屋』営業だけがネックだけど、どーにかなる。だから格好付けも兼ねてそう言ってのけたんだけど、何故だか莉子さんにはあまりウケが良くなかった。


『女性に予定を合わせるのは悪い事じゃないけど、そこは少しはリードしてみせて欲しい所かなあ』

「んん、そこはデートコースにご期待を、という事で」

『おや、大きく出たね。じゃあ楽しみにしておこう』


 ふふっと低く笑っているのを見ると、口で言う程期待はしていないご様子。こうなったらデートプラン、久々にきっちり立てますかね。


『それじゃあ、5日後にしよう。今日であった場所に15時で』

「ん、任せといてー」

 朗らかにそう返して、僕はデートのお約束を胸に満足して眠りについた。



 ……まさかデートより早く、思わぬ場所で再会するなんて思いも寄らずに、ね。

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