第12話 異能

「さて、後はあの雑鬼達の事くらいかな?」

「うん、それ聞きたい。知らないままでいるとまたノワールに凄まれそう。おっかない」

 割と真面目に返したのに、眞琴さんには呆れられてしまった。

「涼平って、緊張感無いよね。あれだけ脅されて「おっかない」で済ますか」

「だってよく分からないし。言葉が端的すぎて、何が言いたいのか分からなかったよ」


 言って肩をすくめると、眞琴さんはやれやれと首を振る。この人にされると何か納得いかない。


「あれでもノワールにしては親切だったけどね。あんなにきちんと指導する所なんて初めて見たよ。これはどうやら、誰かの面倒を見始めたって噂も本当かも知れない」


 どうしても信じられなかったんだけど、と独りごちて、眞琴さんは1つ息をついた。


「涼平、雑鬼達に好かれてるよね」

「まあ、あれはそーいう事だろうね。押し潰そうとするのには閉口だけど」


 頷くと、眞琴さんが意味の分からない事を宣う。


「それ、ありえないんだよ」

「はい?」

「魔力を持ってるから、妖に寄りつかれてもおかしくない。でもそれは餌としてだよ」


 眞琴さんの言葉には心当たりがある。昔は良く嫌なものに追いかけられたものだ。チビ達が予め危険を教えてくれたり、逃げ道を示したりしてくれなければ、とっくにぽっくり逝ってた。


「だからね、その「雑鬼が助けてくれる」というのがおかしいんだよ。彼等は基本、力有る人間の側に行かない。弱いんだから、下手に近寄ったら危ないだろ。ただ視えるだけならちょっかい出しても不思議じゃないけど、魔術を使えるだけの魔力があったら逃げるよ普通」


 言われてみればその通り。眞琴さんやノワールを見た途端に一目散に逃亡あるいは人を盾にしたチビ達は、そういえば僕を恐れる様子を見せた事は1度も無い。


「……力の差じゃない?」

「だから、魔術を使えるだけの力があれば十分脅威なんだって。あんな小さな雑鬼、基礎魔術の1つや2つ使えれば簡単に殺せるよ」

「さらっとおっかないこと言わないでくれる」


 小さい頃からの友達のようなチビ達を「簡単に殺せる」と言われても、気分が良いものじゃない。

 流石に顔を顰めて異議を唱えるも、眞琴さんは動じない。


「事実だよ。君が今学んでいるのはそういう力だ、いい加減理解する事だね」


(……無理矢理それを学ぶ立場にしたのは眞琴さんだから)


 心の中で愚痴ったけど、それを言う気にはならなかった。眞琴さん、妙に真面目な顔してるんだもの。


「にも関わらず雑鬼達に気に入られる涼平のそれは、もはや異能なんだ。そして、その異能は良いばかりのモノじゃない」

「……えーとすみません、それ以上は聞かない方が精神衛生上宜しそうなので、この辺りで失礼したいな、なんて」


 ぴっと片手を上げてへらりと言い、そのまま腰を浮かせて戦略的撤退を決め込もうとした僕に、眞琴さんはにこりと笑う。


「椅子に縛り付けられるのと大人しく座るのと、どっちが良い?」


 コンマ1秒で座った。咄嗟の時の反射って素晴らしいと思う。


 それを見てチェシャ猫のように笑った眞琴さんは、直ぐに真顔に戻る。

「涼平の雑鬼に好かれる能力はね……系統上、鬼使いに分類されるモノなんだよ」

「えーと、鬼使いって猿回しの親戚……」

「似てはいるけど、そんな生やさしいモノじゃないよ。鬼を従え、鬼を操り、鬼に指示して戦わせる。鬼は鬼使いに忠誠を誓い、鬼使いの魔力を糧に戦い続ける。鬼は膂力も妖力もなかなかのモノだ。それを自在に操るんだから、下手な妖よりも余程怖い」


 あんぐりと口が開く。なにそれおっかない。


「ちょー怖いじゃないの、それ」

「怖いよ。でも涼平にはその素質がある。あれほど大量の雑鬼に懐かれて、その妖気に当てられる事もなく平然としているんだから」


(……これ、何も聞かなかった事にして良いかなー)


 そんな素質なんて欲しくなかった上に、持っている事を知りたくも無かった。思わず遠い目をした僕に、眞琴さんは尚も容赦なく現実を突きつける。


「ちなみに、鬼使いって魔の領域だから。妖気に惹かれ魔力を濁らせて、心も魔に傾いたような人間がなるんだよ。妖と同じ扱いも受ける事あるね」

「ちょ、何ですかそれは!?」


 思わず身を乗り出す。そんなさらっと、人を妖扱い予備軍だなんて言わないで欲しい。心臓に悪いなんてもんじゃない。


「事実だよ。ノワールも——彼、この世界に良く出入りするもんだから、妖の事に妙に詳しいんだけど——同意見だよ、君がそうなりうるって。だから異常と言ってただろ。……『堕ちたら殺す』、ともね」

「……言ってましたねー……」


 ふうっと気が遠くなるような感じがして、椅子に座り直した。あのおっかない人にロックオンされてるなんて事実は、僕のセンサイなココロにはきつすぎだよ。


「まあ、涼平が堕ちる前に私が性根叩き直すけどさ。涼平が雑鬼達と戯れていて平気な理由は、その魔力の練度だよ」

「あ、それも何か言ってたよーな」


 さらっと仰った「性根叩き直す」宣言にちょっとほっとした自分に何とも言えないものを感じたけども、記憶に引っかかる単語に反応する。


「そうそう。幼い頃から雑鬼と関わってきたからかな、涼平の魔力の練度はかなり高い。ほら、涼平は魔術の維持が上手いだろ? あれもそのお陰だと思うよ」

「へえ、そうだったん」


 始めて知った事実に感動する。チビ達が僕の魔術習得に貢献してくれていたとは。


「魔力の練度だけなら、魔術師になる一歩手前の見習いレベルだ。だからノワールも、まさか君が見習い2ヶ月目だとは流石に分からなかった。魔術師としての心構えの教育もほぼ終えた筈の見習いが、仕事で来てる魔術師以上の位の人に逆らえば、怒られて当然だよ」

「あー、幼稚園児が大人にタメ口聞いても許されるけど、大学生がやったらマジでしめられるみたいな?」


 ぱっと思い付いた例えをあげたら、眞琴さんが吹き出した。溢れた笑顔の魅力に惹き付けられてしまう自分をしばきたい。そーゆー場合じゃないでしょと。


「的確な例えをありがとう。まさにその通りだよ」

「ども。で、何。これからは僕、チビ達と関わらない方が良い訳?」


 さりげなく視線を逸らして相槌を打ち、肝心な点を尋ねる。幼い頃から関わり続けてきたチビ達と縁を切るのは、ちょっと寂しい。

 大体、チビ達は納得するんかなーなんて思ってると、予想に反して眞琴さんは首を振った。


「いや、その必要は無いよ。というよりも、出来ないと言うべきかな」

「……はい?」



 危険信号、レッドランプ。



 ヒジョーに嫌な予感を覚えて眞琴さんを見返せば、食えない笑顔を返されてしまう。



「涼平の持つ能力は、涼平が思う以上に貴重だからね。それなりに力のある妖や魔に傾いた魔術師には極上の獲物だよ」



 そしてさらっとオソロシイ事を言われた。


「獲物って、カニバリズムは身体に悪いでしょー……」


 半笑いを浮かべて冗談で済ませようとしたけど、眞琴さんは容赦が無いのだった。


「妖は実際に食べるだろうけど、魔術師は一応人間だから。代わりに魔術で操るとか、人格破壊して忠実な人形にするとかかな。高濃度の妖力に触れさせて魔に落とすなんて可愛い真似で我慢すればまだ良い方」

「どこが!? ちょー怖いんですけど!?」


 思いっきり顔を引き攣らせてソファの背もたれにへばりつく。何それ怖い、魔術師ホント怖い。


「だから、涼平は雑鬼達と今まで通り交流を深めていた方が良い。ほら、彼等は危険に対する感覚はずば抜けてるだろ? 少なくとも今の涼平よりは上だ」


 涼しい顔のままそう忠告する眞琴さんに、ぎくしゃくと頷く。けど大事な事がすっぽ抜けてる事に気付き、手を上げた。


「で、結局魔に傾く云々の危険性はどうするん?」

「それは涼平の努力で何とかするんだよ」

「丸投げかい!」


 びしっと裏手でツッコミ。うん、よーやく調子を取り戻してきた。


「失礼な、丸投げなんかしないよ。私は涼平の指導者という立場なんだから、きちんと面倒見る。けどね、この件に関しては涼平次第だから」

「どゆ事?」

「取り敢えず、涼平は今のままでいれば良いんだよ」


 そうにっこり笑われると、大人しく頷いてしまう。あんまり分かってないんだけど、良いのかね。


「さて、そうとなると、涼平は学ぶ事が山積みだね?」

「え」


 すっくと立ち上がってそんな事を仰る眞琴さんに、思わず顔が引き攣る。今までだって、十分覚える事山積みだった気がするんだけどね?


「言っただろ、涼平は見た目は魔術師に近い見習いなんだよ。となれば、今まで先延ばしにしてきた魔術師としての常識をみっちり仕込まないとならないだろ。さっきも言ったように、ノワールみたいに寛容な人——まあ彼は無関心なだけだけど——は珍しいんだよ。失礼な真似をしたらただじゃ済まない。これまでは魔術師に関わる機会なんてそう無いだろうと思ってたけど、こうなったらそうもいかないだろうし」

「こうなったら?」

「ノワールにばれただろ、君が雑鬼達に好かれる事。彼は捕り物の顛末を協会に包み隠さず報告する義務がある。そうでなくても、君の異能は協会に報告しなければならない代物だからね」



 危険信号、既にレッドが点滅している上、警告音が聞こえてくるんだけど。



「……報告された結果、どうなるん?」

「君の異能に興味を持った魔法士達がこぞって顔を出すかもね」

「駄目じゃん!? 色々とアウトだよね!?」


 情けない声を上げている自覚はあるけど、真っ当な現代人の僕がそんなに腰が据わっている訳がないじゃないか。


「うーん、でもノワールが報告する以上はフェアな内容だろうし。変な監視が付いたり、駆逐対象と認識されたりする事はないから安心して。魔法士の人達はそこまで関心を持つ人多くないかな。魔術師の一部、というより、外法師かな。あの連中は手を出すかも知れないけど」

「それでどう安心しろと?」


 操り人形化の危険は全く去っていないんだけどと眞琴さんを見上げれば、ハンサムレディーはにっこりと笑顔をお浮かべになった。


「安心出来ないよね。だから涼平には、興味を持った魔法士や魔術師が接触してきても失礼にならないようマナーや常識と、身を守る為の魔術の習得に身を入れてもらおうと思ってるよ。基礎は出来てるしね、これからはビシバシ教えても大丈夫だから」


(それって、今まではビシバシじゃなかったって事デスか!?)


 開いた口がふさがらないとはこの事かと。眞琴さん、今までもじゅーぶんスパルタだったのに、あれは手加減してたとかそういう事なのね。



 ……死ぬかも知れない。



「私としても、可愛い可愛い教え子が危ない目に遭うのは、気分の良いものじゃない。折角素質を持ってるんだし、きっちり資格分だけ能力の使い方を教えてあげるよ」



(……グッバイ、平凡な日々)



 にっこりと笑った眞琴さんに、僕は日常とのお別れを覚悟したのだった。

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