第5話 『魔女』代理と少年魔術師
その日は、『知識屋』に新規お客様1名様ご案内と相成った。
「申し訳ありませんが、本日は『魔女』が不在でして、代理の者が営業しております。明後日には戻りますので、その後の方がよろしいかと存じます」
営業モードな僕のアドバイスを、フランス人らしき魔術師サマはにこやかに拒絶した。
「いやいや、代理の者がいるならばそれで良いよ。代理の人では新規の顧客に対応出来ないという訳ではないのだろう? 私は気にしないよ」
言葉の節々の含みが全力で「代理はカモだ」と言ってるし、事実中学生な梗平君とは相性悪そうだから、出来れば断りたかったんだけど、ここまで言われちゃー魔術師見習いの僕にはどうしようもない。仕方ないか。
「……畏まりました。取り次いで参りますので、しばしお待ち下さい」
にこやかな笑顔でそう言って、僕は『裏』へと身を滑り込ませる。ちょーどお客さんが引けてたみたいで、梗平君は分厚い魔術書を読んでいた。
「梗平君、新規のお客様が来たがってるんだけど、良いかな? 『魔女』がいる時に改めて来てもらいたい所だけど、構わないからって聞かなくて」
「カモだと思われたか」
「……えぇと、多分」
どストレートなお言葉に、曖昧に頷く。中学生がそんな事に速攻で気付き、あまつさえ侮られた事にちょびっとも怒った様子がないってのは、少しばかり達観しすぎだと思うんだけど、どうだろう。
「『魔女』の名はこの世界では有名だからな。代理相手ならば資格以上の知識を得られるかもしれないと期待するのは道理だ。事実、俺と『魔女』は考え方が違う」
『裏』で第三者がいる為か、梗平君はきちっと眞琴さんを『魔女』と呼んでいる。その隙の無さは流石だけど、最後の一言にはちょいと驚かされた。
「え、そうなの?」
「貴方が心配しなくても、ここでは『知識屋』の経営方針に従う」
僕の問いかけに答えてないようで1番訊きたかった事にはきっちり答える返事をして、梗平君はぱたんと魔術書を閉じる。
「通してくれ。魔術師はプライドが高い。見習いの貴方が相手では耳を貸さず、話は進まないだろう」
「うん、すっこんどけって今にも言われそうだった。連れてくるけど、1人で平気?」
「『魔女』に任された代理の役割は果たす」
自信ありげともまた違う、可愛げの欠片もない、もとい落ち着き払った様子。ノワールといいこの子といい、つくづく年不相応だ。サバ読んでるんじゃないのかと聞きたくなる。我が身が可愛いから聞かないけどさ。
(ま、頼りになって良いけど)
眞琴さんも腕は確かだって言ってたし、何とかするだろう。
「じゃ、よろしくー」
そう言って『表』に戻り、僕は魔術師の男性を案内した。
30分後。
「このマセガキが……!」
「不服なら魔女のいる時にまた来店下さい。結果は変わらないか、俺以上にけんもほろろに追い返されるだけかと思いますが」
どこかで聞いたような悪態と血の繋がりをひしひしと感じさせる慇懃無礼な返しに顔を上げれば、案の定さっきのフランス系魔術師が出てくる所だった。そっと溜息をつく。
(何とかなるどころか、眞琴さん顔負けの追い返しっぷりじゃないか)
梗平君は期待以上にきっちりと魔女様代理をこなしていらっしゃるらしい。僕に八つ当たり気味に詰め寄ろうとした魔術師を、店外へ叩き出すまでの完璧さだった。にこやかか仏頂面かって違いだけで、眞琴さんの対応そっくり。
「お疲れ様ー。追い返す程酷かったん?」
「いくら何でも、あんな身の程知らずの人間に魔導書など渡せたものじゃない」
どうやらちょっぴりお冠らしい。表情はあんまり変わってないけど、言葉がめちゃくちゃトゲトゲしてた。触ったら痛そう。
「身の程知らず……実力にそぐわない物を買おうとしたとか?」
「取り扱いの基本すら学ばずに上級魔導書を使おうなど、自爆テロにもなりはしない」
「……うん、そんな人が魔導書を手にしたら、平凡な一般人としては夜もおちおち寝られないよ」
険悪な声での返答の物騒さに顔を引き攣らせつつ、僕は深く頷いて賛同した。魔導書のイロハも知らないで買いたがるなんて、しょーじき暴走させようとしてるとしか思えないし、それがとってもおっかない上級魔導書ともなると、迷惑以外の何ものでもないよね。
「眞琴曰く、あえて魔導書や魔道具を暴走させて武器とする、制作者への冒涜を続ける人間もあるという。そのような輩は、それを考案し作るに至った尊敬に値する人の努力や苦労に何ら価値を感じないのだろう。あの男もそれと大差ない。魔力を流せばどうにでもなるなど、先人達の叡智ごと侮る暴挙だ」
ただでさえ悪い目つきに更に剣呑な色を乗せて、梗平君は全力で毒を吐いている。こんな感情を剥き出しにする子とは思わなかったよ、おにーさんびびっちゃうんだけど。
(……うん。でも、この子が中学生だってよーやく理解出来たかも)
年相応の振る舞いの切欠が魔術ってのもどーよと思うけど、この正義感の強さとゆーか感情の暴走っぷりは、僕にああ若いなあって気持ちを抱かせるに十分な反応だった。
何だか懐かしさを感じながら、僕はまあまあと抑えるように手を前につき出す。
「多分あの魔術師は無駄にプライドの高いお馬鹿さんで、梗平君が言うような侮辱とかには思い至る事すらないのさ。結構いるよ、そーゆー厄介な人。面倒だよねえ」
「そんな人間が魔術師を名乗っている時点で恥だ」
「……ま、そうだね」
それはそうだと、僕も苦い気分で頷く。眞琴さんの影響か、僕もそーゆー自分中心な考え方で他者への侮辱を無意識に行う人が魔術師やってるって思うと、どうもね。
けど、こーやってイライラした空気をいつまでも引き摺るのはガラじゃない。疲れるじゃないか、そんなの。人生は気楽に楽しく、思い出したように真面目な位が丁度いい。
「けどさ、あんなお馬鹿さんの事でいつまでも時間を無駄にしててもしょうがないし疲れるし、忘れちゃいましょうってね。取り敢えず閉店までがんばろっか」
梗平君も肩の力を抜いた方が良いよーという気持ちを込めてそう告げると、梗平君は瞬き1つで剣呑な色を消し、僕を見上げる。
「貴方は……」
「ん? 何?」
見てると気が抜けるとよく言われる笑みを浮かべつつ聞き返せば、梗平君はみょーに大人びた溜息をついた。
「いや、何でもない。……眞琴が貴方を気に入っている理由は、少し分かった気がする」
後半の言葉は良く聞き取れず。けどそれを聞き直すより先に、梗平君はくるりと向きを変え、『裏』へと戻ってしまった。
***
そんなこんなは他にもちょいちょい起こったものの、梗平君は3日間きっちりと魔女様の代理を果たした。眞琴さんが太鼓判を押すだけある仕事ぶりだった。本当に中学生らしくないよね、良い意味でだけどさ。
一言で言うと、末恐ろしい、これに尽きる。
あ、僕の占術は、予想通り梗平君のお陰で腕が上がったみたい。初日以外はぴたりと言い当てられたので、梗平君に丁寧にお礼を言った。チビ達みたいにお菓子でお礼という訳にもいかないから、言葉だけだけど。
その時何故か梗平君がじいぃいいっと僕の事を凝視していたのが少し気になったけど、結局何も言わずにスルーされたから、今更って呆れられたっぽいね。未熟者でごめんよ。
最終日の答え合わせと戸締まりを終え、挨拶も無しに帰ろうとした梗平君に、僕はふと思い付いて声をかけた。
「そういえば梗平君、山の辺りはおっかないものに取り憑かれておかしくなるとか何とか、あんまし良い噂がないようだから、夜は遠回りでも避けた方が良いよ」
小海さんの忠告通り、ここ数日はちょいと大回りして帰っている僕だけど、よくよく考えたら、寧ろ気を付けるべきは中学生の梗平君の方じゃなかろうかと思ったのだ。
僕よりよっぽど優秀な魔術師なのにっていう向きもあるかもだけど、魔術師でも戦いより研究が好きって人は結構いる。じゃなきゃいくら強制的に契約させられたとは言っても、魔術師見習いって立場を大人しく受け入れてない。僕は喧嘩は逃げるものって主義。男のプライドなんてものとは無縁だし、バトルに夢も持っちゃいないのさ。
梗平君も好戦的な性格には見えないし、研究メインじゃないかなって思ったのだ。魔法陣の加筆も出来る模様だしね。
とすれば、おっかないと評判の場所は避けるが吉でしょうと、こうして警告してみたのですが。
「……中央の山か」
立ち止まったものの振り返らないままの梗平君が、抑揚のない声で問い返す。その背に漂う異様な空気に違和感を覚えたけど、僕はうんと声に出して肯定した。
「大学で聞いた噂だけど、結構マジにおっかないらしくって。都市伝説に近いから多少眉唾だけどさ、こーゆーのって関わらないのが1番じゃない?」
「そう思うか?」
「え?」
「関わらないのが1番。それは魔術師見習いとしての、貴方の考えか?」
振り返った梗平君の目は、初日のそれとそっくりで。気圧されかけたけど、なんとか立て直してへらりと笑って見せる。
「中学生くらいだと肝試しも楽しいかもしれないけどね、年を重ねると「好奇心は猫を殺す」という言葉の深さを思い知るのさ。そんな年長者からのアドバイスね、これ」
「猫でないとしたら?」
「へ? 違ったっけ、ことわざ」
中学生にことわざを訂正されるとか恥ずかしーと戯けようとした言葉は、梗平君の射貫くような眼差しに遮られた。
「猫ではなく虎だとしたら。殺されないだけの力を持っていたとしたら。……それでも関わらずにいるべきだと、貴方もそう言うのか?」
「……えと……」
みょーに重みのある言葉に、梗平君が僕の軽さにそぐわぬ真剣な問いかけをしているとようやく悟る。どうしよう、困った。
(そーゆー相談は、僕みたいなの相手にするものじゃないと思うんだよねえ……)
人生は気楽に楽しく、適度に真面目にがモットーの僕に、そんな物凄く真面目に聞かれても困る。とゆーかこれはあれだろうか、巷に聞く中二病とかゆーものなんだろうか。
(それにしては重いんだよねえ……参った)
けれどここで「おにーさんには分からないなー」と誤魔化せる程には僕もイイ性格じゃないというか、無責任にはなれないというか。そこはなけなしのプライドが意地を張ったらしく答えるべきだと思ったので、僕は普段のーてんきな事しか考えないのーみそを、滅多にない、それこそ懐かしの受験期レベルにフル回転させてみた。
「んー……そうだねえ。厄介事を回避する能力があったとしても、必要なしに危ない目に遭うのはよくないと思うよ。でも……うーん、その必要があるというのなら、避けられない事もあるかもしれないけどさ。ほら、虎穴に入らずんば虎子を得ずってね」
こんなものかねと自分の答えに満足してから、はたりと気付いた。元々は物騒だから避けなさいよって話だったじゃないか。
「ま、僕の考えはそんな感じだけどね、とにかく夜に山に近付くのはやめときなよ。わざわざオカルトちっくな危険地帯に近付いていく必要なんて無いでしょ、結構被害は深刻らしいんだから」
「…………」
糠に釘。そんな言葉が脳裏を過ぎる、無言スルーでした。……いや、スルーだけなら良かったんだけどね。
(えええ、何でそこで笑うかなあ)
僕の言葉を聞いた梗平君はくっと口の両端を持ち上げ、目に楽しげな色まで浮かべて、笑顔と呼べる表情を浮かべたのだ。今まで無表情か剣呑な顔しか見た事なかったんだけど、なんだろうねこの笑顔は。ちょっぴり眞琴さんのチェシャ猫のような笑顔を連想させるんだけど。
(……いやいやいや。うん、まさかね)
うっかり連想してしまったそれに我が身の危険を感じたので、慌てて打ち消す。だって眞琴さんがあの笑顔を浮かべる時って、大抵碌な事が起きないのだもの。縁起でも無い。
それに、この子が笑顔を見せたからって警戒警報を幻聴するってのもどうよ。いくら血の繋がりがあるといっても、梗平君は眞琴さんとは違うのだ。
……違う、よね?
「——つくづく興味を湧かせてくれる」
ぐるぐると悩む僕を余所に、低く聞き取りづらい声で何事か言い放った梗平君は、唐突に背中を見せた。
「帰る。……今日は貴方の忠告に従おう」
「え、あ、うん。出来れば今日以降もそうしてちょーだい。それじゃあ、3日間ありがとね。お疲れ様」
戸惑いながらも返した挨拶の言葉には、いつものように返答はないと思ったのだけど。予想に反して、梗平君は初めて挨拶を返して去ったのだった。
「ああ。……機会があればまた会おう」
何故か、「いえそんな機会はご遠慮したいです」と言いたくなってしまうような物言いで、ね。
——後に僕は、どーしてこの子の胸ぐらを揺さぶってでも何を企んでいるか聞き出さなかったのか、とこの時の僕をしばきたくなった。
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