第2話 僕と占いと魔術師と

 とはいえ、『裏』の店員が変わった所で、僕の担当である『表』の営業は全く変わらない訳で。僕はいつも通りに『知識屋』での仕事をこなした。

 眞琴さんの代わりに『裏』を支えてくれてる梗平君の事が気になったけど、見習いの僕がプロである彼に対して「様子見ー」なんて心配しに行ったら失礼に当たる。


 あ、これは僕の考えじゃなくて、魔術師の心得その1ね。どうも魔術師世界は古き階級制度ががっつり生き残っている模様。まあ中心はヨーロッパだしね、貴族社会みたいな感じと思えば良いんでしょ。実力も結構生まれつきの素質で左右されるみたいだし。

 となると僕は騎士見習いで、涼平君は下位から中位の爵位かな。眞琴さんは上位の爵位持ってそう。当然2人に逆らえる立場じゃない。うん、納得しやすくていいね。


(……んん、となるとノワールはどこになるんかね) 


 現在僕の知る限り最もお偉そうなノワールは、公爵とか王族レベルとかでもおかしくない。あの人、人外じみてるし。


(そーいえば、魔法士協会とやらの最年少幹部なんだっけ。……う、いかん)


 どーも怪しげで物騒な印象の取れないノワールと幹部って単語を並べると、お酒の名前のついた某組織の方々を思い出してしまって、みょーな笑いが込み上げるんだよね。そう言えば、丁度彼等も黒づくめじゃないか。


 ……マズイ、更に笑えてきた。これ駄目だよね、店員さんが吹き出すとかどん引きだ、頑張れ耐えろ僕。


 とりとめのない考え事で腹筋と表情筋に思わぬストレスを与えちゃった僕だけど、異世界からの怨念か背筋が寒くなったので、素早く思考を元に戻した。自己防衛大事。



 そして、何はともあれ無事営業を終えた夜、僕と梗平君は占い結果の答え合わせと洒落込んだ。なんとなく予想していた通り、僕は不正解で梗平君は正解だった。


「おうのー、ペナルティ1回目……」

 がっくりと肩を落とす僕。1人多くカウントしちゃった原因もさっぱりだし、眞琴さんにしごかれそう。

 いい年の大学生が落ち込む姿を無感動に見やった中学生は、何ら反応を見せず荷物を鞄に詰めている。無関心ですか、そうですか。


「何が悪いのかねー……最近は割と当たるようになってるんだけど」

 あんまり年上がみっともない姿を見せるのもどーかと思い、僕も梗平君に倣って荷物を詰めつつ独り言を漏らすと、予想外にも返答が返ってきた。


「魔力の見分けが付いていないのだろう」


「へ?」

 まさか返事があるとは思っていなくて、間の抜けた声を出してしまう。梗平君はそれを一切気にする様子も無く、淡々と続けた。


「眞琴の代理で入った俺を、客と読み違えた為に1人多かったのだろう。客と店員の魔力の見分けが付いていない。普段は眞琴の魔力そのものを印としていたのではないか」


「おおう、まさにその通りです。……けどね?」

 あっさりと間違いの原因を言い当てた梗平君の分析力に舌を巻きつつ、僕は素直な生徒に相応しく、はいと手を上げた。


「魔力の見分けってどうやって付けるん? お客さんと店員って分け方、ちょー雑じゃない。却って設定難しいよ」

「…………」

「え、何でしょう?」


 何故かいきなりガン見されたので、ちょっぴりびくつきながら聞く。中学生のガンに大学生が情けない? 失敬な、実力差に従った上下関係ですとも。


「眞琴から占術についてどこまで習っている?」

「んーと、取り敢えず基本的な事?」

「学んだ魔術書のタイトルは」

「……いきなり言われてもおにーさん思い出せんのよ」


 急ピッチで大量の魔術書を学ばされている僕が、そのタイトルまで覚えきれる訳ないじゃないか。僕ののーみそはそこまで優秀じゃないと、自信を持って言いきれる。


 けど流石に少しかっちょ悪い気がしたので、懸命に記憶をひっくり返しつつ鞄をひっくり返し、今読んでいる占術関連の魔術書プラス思い出せたタイトルを数個口にした。良く思い出せた僕。誰も褒めてくれないから自分で褒める。


 残念ながら梗平君にとっては当然の事らしく、僕の努力にはノーコメントだった。というか、答えを聞くなり苦い顔でどこかを睨んでいる。目つきが更に悪くなっておっかない。子供が見たら絶対泣く。


「……資格があれば何でも渡して良いというものではない」

「へ? 何て?」


 呟き声は大人顔負けの低さで、ちゃんと聞き取れなかった。けど聞き返しても返事は返って来ず、梗平君は宙を睨んだまま僕に質問する。


「魔力感知はどこまで出来る」

「ええと、梗平君がお店に来る数秒前に気付けるくらい? チビ達はもちょい早く気付けるけど」

「チビ達?」

「あー……いや、何でもない」


 眞琴さんの身内だというから知ってると思ったんだけど、眞琴さん言ってないみたい。だったら言わない方が良いでしょ、僕が鬼使いの予備軍ですよーなんて。


(……うん、ナイス判断な気がしてきた)


 はぐらかしながら、言ったらとってもやばい目にあっていたのじゃないかなーって予感に背中が冷たくなったから、きっと僕の判断は正解だ。


「……そうか」


 梗平君はしばらーく僕の目を見つめた後、それだけ言って頷く。さんざ眞琴さんに鍛えられた甲斐あって、なんとか心を読まれずに済んだみたい。魔女様に感謝。



 けれど次の瞬間、梗平君の発言に思わずつんのめりそうになった。



「ならば魔法陣に加筆して、占いの時に視える魔力に色をつければいい。知識を求める側と売る側なら、魔力の波動がそのまま色の差となって現れる」



「……いやいやいや、ちょい待ち。魔法陣に加筆とか出来ないよ?」

 よろけた足に力を入れてすっ転ぶのをぎりぎりで回避し、びしっとツッコミを入れた。眞琴さんにあんまり似てないと思ってたけど、やっぱり血縁だね。この無茶振り具合がとってもよく似てる。



 魔法陣とゆーのは、魔術書や魔導書を書く頭イっちゃった域の魔術師が作るもの。1つの魔法陣に書き込まれた図柄には、それはもー沢山の意味が込められていて、それを丸暗記、もとい正しく理解して、やっとこさっとこ魔術を使える。


 それだけでも僕的にはキャパシティの限界に挑戦し続けているとゆーのに、この中学生魔術師は魔法陣に加筆しろと仰る。そんなトンデモに僕が挑戦したって結果は見えきってるじゃないか、勿論大失敗という意味で。ちなみに大失敗イコールどっかんだからね、そんな無茶振りは心を込めてお断りさせて貰うよ。



 ぶんぶんと手を振って無理アピールをする僕に、梗平君は無表情のまま僕を見やった。

「出来るようになりたいか」

「いや、それ以前に僕まだ魔術師見習いで——」


 魔法陣を弄る前にまず魔法陣を覚えなきゃだよ、と続けかけた僕は、そこで梗平君と目があった。自然と、言葉が途中で消える。



「……梗平君?」



 梗平君の目は、びっくりするくらい深い色を宿していた。物凄く遠くを見ているようで直ぐ近くを見ているような、曖昧な眼差し。僕の瞳の奥の奥を覗き込むようで全く関心の無いような、矛盾した眼差し。



 その眼差しに囚われて、僕は動けない。



「——貴方は何の為に『知識屋』に身を置き、眞琴の元でどんな魔術師になるのだろうな」



 謎めいた言葉を落として、梗平君はふっと目を逸らした。途端体の強張りが解け、すっとこめかみを汗が流れる。

(何か今やばかった。絶対危なかったよね僕、ああ無事で良かった)

 心の中で盛大にほっとしているのを余所に、梗平君は鞄を肩にかけて僕に背を向けた。


「また明日」

「あ、うん。明日もよろしくね」


 ごく普通の挨拶にほっとしつつ、僕はそう返した。梗平君は元通りの無口っぷりを発揮して、何も言わずに『知識屋』を去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る