第6話 僕のオトモダチ

 ガレージからバイクを引っ張り出す。エンジンを一応付けるも、騒音が立たないレベルに抑えて押して歩き出した。

 わざわざそんな面倒かつマナー違反な真似をする理由は、そうでもしないと色々危ないから。



 バイクを押して歩く事15分、僕はその気配を感じて、ぼそりと呟く。


「ほーら来た」


 僕の声に重ねるようにして、陽気な騒がしい声が鼓膜を叩いた。


『りょーへー!』


 その声の方向を正しく確認してから、素早くバイクのスタンドを立ててさっと下がる。次の瞬間、まさに僕がいたその場所に小山が積み上がった。たちまち小山からブーイングが飛ぶ。


『ああっ、りょーへーのくせに避けるなんて生意気だぞ!』

『そーだそーだ、りょーへーは俺達に潰されてこそりょーへーだろー!』

「お生憎様、僕はもう君達に潰される気ないから。ていうかそもそも、ここ1ヶ月失敗しといてまだ言う?」


 しらっとした顔で反論してやると、小山はもそっと大きく動き、あっという間に崩れた。ちっこいのがわらわらと、僕目掛けて走ってくる。


 1つ目の鬼、角の生えた丸っこい何か、腕が1本だけのぽてっとした奴、猿っぽい生き物などなど。どれも掌サイズのそれらが、口々に好きな事を言う。


『ふーんだ、明日こそりょーへーを驚かせてやるんだぞ!』

『そーだそーだ、りょーへーはやっぱ潰されなきゃ駄目だよなー!』


 口々に勝手な事を良いながら、よじよじと僕の足を登ってくる。足を振って振り落とそうとするも、慣れたもので構わず登ってきた。


「あのねー、何度でも言うけど、僕の身体は君達のひなたぼっこの木じゃないんだよ?」

 半ば諦め気味に、それでも一応異議申し立てをすると、チビ達は平然と言い返してきた。

『だってりょーへーの上って気持ち良く眠れるんだぞ』

『そーだそーだ、りょーへーは凄く寝心地が良いんだ、試せないのが残念だな!』

『それに、俺達はひなたぼっこなんて出来ないぞ。夜は太陽ないもんな!』

「ああはいはい、そーですね」


 適当に言いながら、落っこちかけていた1本角の鬼を受け止め、目的地らしかった頭の上にのっける。それを羨ましがって俺も俺もと人の顔を伝って登ろうとした奴は、ぺいっと落としてやった。


『ああっ、りょーへーがひいきしたー!』

「人の顔を登るなって、何度も言ったよね。登ったら落とすとも言ってあったから」


 子供のような難癖にテキトーに応じつつ、改めてバイクへと戻る。バイクにも既に10匹以上乗っかってて、溜息をついた。


「君達、これがなんなのか分かってる?」

『それくらい知ってるぞー、バイクだろ!』

『俺達はりょーへーより長生きしてんだからな!』

『雑鬼をなめるなよー!』

「だったら降りて欲しいなーとか、まあ今更だけどさあ」


 溜息混じりにぼやくと、チビ達——雑鬼ざっきと呼ばれる妖達は、一斉にきゃらきゃらと笑う。


 これもまた、僕の日常。いつからかこいつらは、視える僕にこうしてわいわいと寄ってきては、人によじ登って好き勝手騒ぐんだよね。


 チビ達がぎゃーぎゃー文句を言っていた潰す潰さないってのは、こいつらは不意打ちで上から僕を押し潰すのが好きなのだ。掌サイズと侮る事なかれ、数の力は偉大なり。眞琴さんの所で気配を感じる力を訓練するまでは、毎度べしゃりと潰されて、こいつらが気が済むまでどいてもらえず地に伏せる羽目に。遊び感覚なんだろうけど、良い迷惑なのだ。


 バイクに乗って帰らないのもこいつらのせい。バイクで走る道にいきなり現れるもんだから、轢き飛ばしちゃうんだよね。1度やらかしてそれでも死なないって分かってるけど、気分の良いものじゃない。こいつらがバイクの上で寛ぐのが好きで、1回でも降りたらこうやって占領されるというのもあるけどさ。


 マナー違反だけどエンジンかけてるのは、話し声を誤魔化す為。チビ達の声はフツーの人には聞こえないけど、僕の声は聞こえる。独り言を言う危ない人だと勘違いされたくないじゃないか。


『なぁなぁ、今日もあの面白いねーちゃんの所からの帰りなんだろー?』

『今日もいじめられてきたのか?』

「いじめられてって。僕は彼女に逆らえる立場じゃないけどね、別にいじめられているわけでは無いよ」


 一応フェアに発言して、はてと首を傾げる。これだと眞琴さんを擁護しているみたいだ。


『りょーへーのお人好しー。そんな事だから捕まっちゃうんだぞー』

『そーだぞ、りょーへーがあんなにあっさり捕まっちゃうとは思わなかったぞ』

「その捕まった僕をあっさりと見捨てて逃げたのは誰かな?」


 そう、眞琴さんが僕を捕獲したあの日も、このチビ達は僕にじゃれてたのだ。けど、眞琴さんがターゲットたる僕にロックオンした瞬間、薄情にも一目散に逃げていった。


 その事を当て擦ると、チビ達は悪びれる様子もなくしれっと言う。

『だって俺達、力ないしなー』

『そーそー。俺達が魔術師を相手するなんて、天地がひっくり返ったって無理だぞ!』

『第一、他人様に迷惑かけないこーんな心優しい妖に、戦わせようとなんてするなよー』

「心優しいって、妖に付ける形容詞じゃないと思うんだけど」


 ツッコミを入れると、ここぞとばかりにきゃいきゃいと反論が返ってきた。右から左へと流しつつ、溜息をつく。


 そう、この雑鬼達、妖というカテゴリに所属はするものの、人間から見てもびっくりするくらい無力なイキモノ。せいぜい夜中に暗がりに紛れつつ常人の目に見えるようになって——これを可視化って言うらしい。名前なんてどーでも良いけどね——、うっかり見ちゃった人をびっくりさせるのが限界。それもこのチビ加減だから、気付かれずにスルーされる事もしばしばだったりする。僕もたまにうっかり踏みかけるし。


 そんなこいつらが眞琴さん相手にどうこう出来るなんてこれっぽっちも思っちゃいないけど、僕を見捨てて一目散に逃げていくってのもどうかと思うのよ。


「んで、今日は何か良いもの見つけたん? 妙にご機嫌だけど」


 きりを見計らって文句を遮りそう聞くと、チビ共は待ってましたとばかりに胸を張った。いや、僕に視えるのはバイクに乗った奴らだけで、肩やら頭やらに乗った奴は視えないけど。


『今日はなー、りょーへーの為に来たんだぞー』

『そうそう、いっつもりょーへーが通る帰り道、変な感じなんだ』

「変な感じ?」


 肩から聞こえた言葉を繰り返すと、それを言ったチビがするりと腕を滑り降りて、僕を見上げる。


『危ないってはっきり分かるわけじゃないんだけどなー、何か近寄っちゃ駄目みてーな感じがするんだよ』

「ふーん……人払いかね。僕が何も感じない以上、妖払いって可能性もあるけど」


 どういう訳か、この街は怪奇現象に事欠かない。僕が嫌な感じを覚えて回れ右するようになったのはある程度大きくなってからで、フツーは視えないものなのかフツーにあるものなのかの見分けが付かない時期は何度も危ない目に遭いかけた。


 このチビ達はそれを知っていて、今まで何度もこうして注意を呼びかけてくれた。力が無いだけあって、こいつらの危機察知能力は高い。ヤバイから気ぃつけろよーと言われたら取り敢えず撤退しておけば、無難に日々を過ごす事が出来る。その点ヒジョーに役に立つ事もあって、僕はこいつらを邪険に扱えないんだよね。


 で、今チビ達の言っている「近寄っちゃ駄目という感覚」。僕の少ない知識的には、人払いに近い。けど、僕はそんな感じがしないから、妖だけを避けている可能性もある。


「この先を避けると物凄い遠回りだから、突っ切っていきたいんだけどね」

『やめた方が良いぞー、りょーへーの勘はけっこー鋭いけど、それを過信してあのねーちゃんに捕まったんだろー』

「……そのとーりだね」


 そう。本能だけで危険を察知しているチビ達と違い、僕は生まれつき持った視る力で危険がないか確認しているだけ。僕より遥かに力の強い人が、僕に気付かれないような魔術を使っていたら、全く気付けない。眞琴さんが僕を捕獲した時も人払いの魔術を使っていたみたいなんだけど、僕は何にも感じなかった。


『大体、もしもりょーへーを狙った人払いの魔術だったら、りょーへーには分かりにくいだろー』

「んー……そうなんだよね」


 肩を落として頷く。それを言われると返す言葉がない。今日はどうにも分が悪い事だし、大人しく従っておいた方が良いかな。


「そーだね、じゃあ回り道をしますか」


 バイクのハンドルを切る。この辺りは何度も通っているから詳しいので、どうやったら安全かつ最短距離の回り道を出来るのか分かるのだ。


「今日はそれを教えに来てくれたん?」

『そーだぞ、りょーへーの為だぞ!』

『りょーへーがいなくなったら寂しいからな!』

「……ありがとね」


 そう言って胸を張ってみせる様がどうにも笑いを誘う。つい笑い声を漏らしながら、僕は小さくお礼を言った。



 ——そして次の日、僕はチビ達の判断がとても正しかった事を知る。

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