第7話 日常の終わりはメールから

 翌朝。チャイムすれすれで教室に滑り込んだ僕は、先生が話し始めたのを尻目に、いつものようにスマホをオンにした。ネットのアイコンをタッチする。


(何かみょーなニュースはありますかねー、って……)


 日課になっているニュースチェックは、魔術に関わる奇妙な現象が起こっていないか確かめる為。大抵は「あー、またチビ達が遊んでるよ」とか「どっかのユーレイかな」とかで済むんだけど、今日は違った。



『道路に大きなクレーターと血痕』



 でかでかと書かれた見出し。しかも「怪奇!」なんて煽り付きだ。

 詳細画面を開くと、街中、コンクリートの道路が、一晩のうちに大きく抉られていたらしい。その上、所々に血痕まで残っていたとの事。血痕から分析するに結構な出血量だ、なんて書かれている。

 それなのに怪我人が病院に担ぎ込まれたなんて事は無く、そもそもコンクリを抉るようなデカイものなんて目撃されていない。おまけに、周辺地域の人がそれらしい大きな音を聞いてすらいないときた。


(幸運にもその道路辺りの住人は、旅行やら出張やらで出払っていました良かったねー……って、そこまで都合の良い事態がありますかいな)


 心の中でツッコミながら画面をスクロールさせると、案の定、僕が昨日避けた道だった。


 どうやらチビ達が正しかったらしい。今夜は何かお菓子でも持って行くかな。

 あいつらの好きな菓子って何だろうなーなんて思いつつ、僕はスマホをスリープ状態にする。


 どうやらいつも以上にヤバイ事があったみたいだけど、僕のような魔術師見習いが関わる事じゃなし。もしかして今日以降回り道しなきゃならちょっとユーウツだけど、だからといってどうにか出来る訳でも無し。


(僕に出来るのは、工事のおっちゃん達がなるだけ早く道路を直してくれるよう祈る事だけだね)


 まるきり他人事な感じでそう思って、僕は欠伸を漏らした。






 その日、いつものように眞琴さんの所に行き、いつものように『知識屋』の解錠をした。そしていつものように開店、の筈だったんだけど、珍しく眞琴さんが『表』の店番に行こうとした僕を呼び止めた。


「ねえ涼平、昨日何も無かった?」

「昨日? 何も」

「そう……ならいいけど」


 これは珍しいと、僕は眞琴さんを見返す。この人がこんな風に言葉を濁すとは、今日は雨だろうか。困ったな、バイク用のレインコート持ってきてない。


「私だって言葉を濁す事はあるよ、いい年した日本人なんだから」

「心を読まないでーとか言う権利はないよねー、すません」


 あははと誤魔化し笑いをしてみれば、眞琴さんは溜息をついた。


「はぁ……まあ涼平はあの雑鬼達もいるし、そもそも殺しても死ななさそうだけど」

「それは眞琴さんじゃないの? ……でなくて、それってクレーターがどうのってやつ?」

「ああ、ニュース見たんだね。そうだよ」


 珍しく真顔で眞琴さんが頷くものだから、ちょっとびびる。


「何、あれそんなにヤバイものなの」

「少なくとも、今の涼平が巻き込まれたらただじゃ済まないね」

「うへえ……これはチビ達に本気でお菓子持ってかなきゃ」


 素直に忠告を聞いておいてよかった。もしチビ達がいなければ、僕はその場所へ迷い無く突っ込んで行っただろうし。


「ああ、やっぱりあの子達に警告されてたんだね」

「そうだけど……って、眞琴さんや、僕が危険を察知できない事まで予測してたん?」

 まさかねと思いつつ訊いてみれば、にっこり笑って頷かれてしまった。

「まだまだ修行が足りないね。後でちょーっと特訓しよう」

「うええ……」


 どうやら、ミニテストのような扱いだったらしい。気を抜いていた昨夜の自分を呪いつつ、僕は項垂れた。



 そんな始まりだったけれど、最初のうちはいつも通りの店番だった。予約していたお客さんに本を売ったり、冷やかしに来たお客さんに愛想振る舞ったり。多くも少なくもない、良い暇具合だ。


 『裏』の新規のお客さんも1人来たけど、いつものよーに一見お人好しの中身陰険さんだった。腹黒いオッサンって、ほーんと面倒。ドレイって酷くない、一応給料はもらってるんだけど。


 そのお客さんを見送って5分後。カウンターで魔術書を読んでいた僕は、スマホがメールを受信した事に気付いた。

 顔を上げても、お店には誰もいない。人が入ってきそうな気配はないし、ちょっとくらい良いよね。大事な連絡かもしれないしさ。


 そう判断して画面を開けば、メールの主は何と薫さん。何事かと本文を見て、つい呻きを漏らす。


「そりゃあないよ薫さん……」


 画面には、効率的な整理整頓の方法と、定期的に最低限本の並びを確認しておくようにというありがたくもないお言葉が踊っていた。曰く、試験が近付くからしばらくはそっちに行けない、自分達で片付けておいてくれ、との事。


『私が行くまで放置してたら、それはお店じゃないって状況になるわよ。眞琴が手を出したら余計酷い事になるから、嘉瀨くん宜しく』


 そんな言葉で締めくくられた文章に、僕は深々と溜息をつくしかなかった。


(正論はあっちなんだもん……やらなかったら次会った時にキレられそう)


 前にキレかけた薫さんがマジで怖かったのは、僕の密かなトラウマ。あんな目で見られるくらいなら、面倒でもちゃんとやっていた方が良いって思う僕は間違ってない。

 第一あの人、怒ると無自覚に魔力垂れ流すからめっちゃ危険だし。もー、なんで眞琴さんも、薫さんの事は放置してるんだか。


 心の中でぶつくさ言いながら、僕はカウンターを出て書棚へ歩いて行く。メールの指示に従ってだらだらと作業を始めて数分もしない時。日常と言えた僕の店番は、この時終わりを告げた。

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