第10話 『魔女』の見解は
「ふうん……そんな事があったか」
梗平君がやらかしてくれた2日後、ようやく戻ってきた眞琴さんに早速報告。チクリと言うなかれ、ものすごーく嫌な予感がする以上、報告は必須です。
……だって、あの問題児がイキイキしてたもの。ろくでもないマセガキは放置しない、コレ重要。
やっぱここは身内にがつんと言ってもらわねばと報告したんだけど、眞琴さんは顔を顰めるだろうという予測を裏切って、何だかとても楽しそう。
「笑い事じゃないでしょ。どーするのさ、梗平君に絡まれるのは一般人には危険すぎるってば」
「あはは、違うよ涼平。梗の字が絡んだのは、涼平だ」
「はい!?」
まさかすぎる言葉に目を剥く僕に、眞琴さんはくすくすと笑って続けた。
「あの梗の字が、ちょっと資格あるからって一般人に興味を示すわけないじゃないか。既にほとんどのものへの興味を失っているんだから」
「それもどうかとおにーさん思うけどね」
僕の忠告はどうしたのさ、とぼやけば、眞琴さんも身内として思うところはあるのか、ちょっぴり苦い顔で頷く。
「同感。けどまあ、今梗の字が興味を持つ対象と言えば、やっぱり涼平なんだよ。だから梗の字は、涼平と関係があり、歯車が回り始めてるあの子に原書を売ったんだ。さて、涼平はどう出るかってね」
「うーわー……」
頭を抱えるのも無理はないと思う。あのマセガキ、ほんとーにやってくれたなあもう。
「ま、梗の字は過剰な知識欲の持ち主だからね、「資格」よりも本人の意思を重視する傾向にある。今回も、あの子が欲しがったからこそ売ったんだろうしね」
「あー……それが眞琴さんと違うって言葉の意味ですかー……」
あの時もうちょっと詳しく聞き出しとけば良かったよ、とほほ。
尚も頭を抱えたままの僕にくすりと笑い、眞琴さんはところで、と尋ねてきた。
「涼平はどうしてそんなに心配なのかな?」
「いや、そりゃー心配でしょ」
何を言い出すのかな、眞琴さんは。マセガキに巻き込まれてる時点で、心配どころか危険信号赤点滅中だからね、現在進行形で。
じっとりと見上げた僕に、眞琴さんは小さく首を傾げてみせる。不思議を示す仕草の割に、妙に楽しそうな笑顔なのはどうしてですか。
「だって、梗の字はちゃーんと線引きしたんだろ? これ以降は危険だって部分に栞挟んで。栞を媒体に、封印系統の魔術かけたんだろ」
「そりゃーそうだけど……」
「だったら、たかだか一般開放でふらりと引き寄せられる程度の資格持ちが、それ以降を読めるわけないだろ?」
う、と言葉に詰まる。それは、うん、仰る通りなんだけどね。
(なーんかマセガキに絡まれてるって時点で不安とゆーか、そんな真っ当理論じゃ収まらないほど僕の勘が気前よく警戒警報出してるんだってば)
説明に困る直感を、『魔女』相手の反論に使う気にはなれない。何でって、眞琴さんの論理に反論出来るほど、魔術師見習いの勘を当てに出来るわけないじゃないか。自分の身の程弁える、コレ大事。
「……けども、そもそも原書を手にする事自体がマズイんじゃなかったん?」
それでもと最近学んだ知識を引っ張り出してみるも、眞琴さんは涼しい顔。
「その程度の資格はあの子にあるって事だよ。なければ、手にした瞬間昏倒するからね」
「いやいやいや、さらっとおっかない事言わないでよ」
びしっと裏手ツッコミを入れるも、眞琴さんは勿論ぶれない。
「本当の事だよ。まあ、だからこそ。あれに手を出したというのは意味のある事なんだけどね」
やっぱりどこか楽しげな眞琴さんは、そこまで言ってふっと表情を変えた。
「ああ、1つだけ涼平の懸念は解消しておくよ。これだけ明確にこちら側に関わったあの子は、既に保護観察が付いてる」
「へ?」
予想外の言葉に目を見張ると、眞琴さんは肩をすくめる。
「この街は異能者も妖も多い。迂闊にこちら側に関わると、格好のエサになりかねない。小さい頃から狙われてきた涼平にも分かるだろ?」
「あーうん、視えないフリが上手になるくらいには大変だったね、確かに」
今まで無事なのはチビ達のお陰です、と頷くと、眞琴さんも頷き返した。
「そうやって自衛出来るならともかく、あの子は完全に無力だ。一般開放でお客様になった時点で、実家に申請出して保護してもらってるよ」
「眞琴さんのご実家というと、術大好き魔術大嫌いな?」
「そう。そういうのも、うちの仕事だからね」
それを聞いて一安心。原書持ってるせいでおっかないものに狙われないってだけでも、全然違うよね。
「……それにしても莉子さん、なーんでイキナリ原書欲しがったんだろーね」
ふと気になって、呟く。眞琴さんの視線を受けて、更に続けた。
「いやね? デートの時はちょーっと内容の薄さに不満げではあったけど、仕方ないか残念ーって程度の反応だったんだよね。それが3日前は血相変えて詰め寄ってくるから、何があったのかねと」
「ああ、なるほどね」
眞琴さんがくすくすと笑い出す。唐突な反応に瞬く僕を横目に、眞琴さんはついと外を見やった。
「色々あるだろ? 例えば、魔術を使ってみたくなった。例えば、周囲にせっつかれて資料が必要になった」
「周囲?」
「あの子、大学の研究題材が魔術なんだろ? あの子は残念で済ませても、出世のかかる上司はどうかな?」
「あー……」
思わず苦い声が出るのも当然。自由度が増えるのは楽しくて良いけど、大人ってこういう時ばかりは厄介。
「顔色が悪かったというと、何か圧力をかけられたのかもしれないね。そういう意味では、売って良かったと言えるかも、ね」
そう言った眞琴さんの顔は、けどかなり皮肉のきっつい笑みを浮かべていた。言いたい事は、僕にだって分かるともさ。
……あの栞、また圧力の理由になるんじゃないのかね。
(って、だとするとマズイじゃない)
「ちょい待ち、眞琴さんや。一般人相手に魔術師が「約束」してる時点で、その状況は本気で笑えない気がするのは僕だけかな?」
途端、ぴたっと眞琴さんの動きが止まった。ゆっくりと笑顔が消えていく。
「……「約束」? 梗の字が?」
ゆっくりと問われた確認に、同じくゆっくりと答える。
「うん、約束。あの栞の先を読まない、だったかな」
それを聞いて、眞琴さんはシニカルに笑みを浮かべてさらりと言った。
「それは、さっきも問題無いだろって話をしたじゃないか。涼平、梗の字をちょっと甘く見てない?」
「あのマセガキを? まーさか。僕は梗平君と魔術で張り合おうなんて気持ち、これっぽっちもないよ。そんなおっかない橋を僕が渡ろうとするとお思いで?」
眞琴さんばりにすらすらと答えると、眞琴さんはちょいと苦笑した。困ったような顔が案外幼げでかわい……TPOを考えようか、僕。
「涼平はその点ぶれないね。それと同じで、梗の字も魔術で手を抜くって発想から無いから安心しな。あの栞をあの子が外す事は不可能だ。「約束」したなら尚更、ね」
「さいですか……」
筋は通っているので、渋々頷く。ううむ、なんだか丸め込まれた気がするのはどうしてだろうね。
僕が引き下がったのを見て、眞琴さんはぱんと手を打った。
「さーて、『知識屋』を始めるよ」
「ういー」
なんだか久々な『知識屋』の平常運営にちょいとテンションが上がった僕は、気付かなかった。
「さあ、動き出した歯車は止まらない。戻る事も止まる事も許さず、ただ、進むのみだ」
僕に背を向けた眞琴さんが、『魔女』のあの、チェシャ猫のような笑みを浮かべている事に。
「へ? 何か言った?」
「ああ、ちょっと見なかった間に、どのくらい涼平が進歩したのかなって言ったんだ。閉店後の魔術が楽しみだね」
「うへえ……」
首をすくめた僕を視界の端に入れ、『魔女』が歌うように呟いた言葉に。
「——進む方向を動かす事は出来るけれど、ね」
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