第6話 一般開放
ムシボシ作業完了、次の日。いつも通りの開店作業に取りかかろうとした僕を、眞琴さんが引き留めた。
「今日は特別。一般開放する日だ」
「一般開放?」
オウム返しに問い返せば、眞琴さんは指揮者のように指を一振り。『表』の書棚がさっと動いて壁際にひっつき、『裏』の書棚が進み出て見えやすい配置になる。
それはまるで——
「え、普通の人でも『裏』に入れる……?」
「まあ、資格が無ければ辿り着く事も出来ないけどね」
楽しそうな笑顔でさらっと言ってくれたけど、僕としてはちょっぴり信じられない気持ちで目の前の店主様をまじまじと見詰めた。僕の視線を受け、眞琴さんは肩をすくめる。
「誰も彼もが店の噂を聞きつけられるとは限らない。普段は噂を集める能力も資格条件に入れているけど、この店にある魔術書の一部はその資格がなくても読める。そもそも、魔術師は口が固いから、噂を教えて貰えない場合もあるだろ?」
「あー、昨日言ってたみたいな魔術に興味あるだけの人なんて、確かに教えてもらえなさそーだね」
ナルホド納得の頷き。見習いの僕でさえ侮られるのに、魔術1つ使えなかったら、あのヒトビトは絶対に言わないね。
「そういう事。だから、年に1度こうして店を開放するんだ。資格ある者なら無意識に、あるいは意識的に引き寄せられてくるからね。ただ……無意識に近寄ってきた場合、なかなか大変なんだけど」
含みのある笑みでそう宣った眞琴さんに、ぴっと手を上げて訊いてみる。
「眞琴さんや、もしか薫さんもそのクチ?」
無意識に引き寄せられてかつ気付かないままなんて、いかにも薫さんらしいと思ったんだけど、眞琴さんは首を横に振った。
「いや、薫は無意識にここを避けていたよ。今日もきっと来ない。あの子はオカルトに否定的だからね、あの魔力量で拒絶したら引き寄せられる事はない」
「……薫さんってさあ、ホントーに変わってるよね」
思わず腕を組んでしみじみと漏らす。魔力的には立派な魔術師クラスかつ拒絶の気持ち1つで『知識屋』の誘惑をも弾けるのに、魔術の存在をきっぱりすっぱり認めない気付かないってゆーのは、もう一種の才能だよね。
あ、『知識屋』の誘惑ってのは、僕にはさっぱり理解出来な……ゴホン、ちょっと仕組みがよく分からな……もとい、理屈では説明の付きにくい、このお店の特性の事。魔術に関わる、あるいは興味を持つ人を強く引き寄せる力が『知識屋』にはあるそうな。噂を聞きつければ来ずにはいられないし、才能のある人なら無意識に噂の流れる場所にふらふらと惹き付けられる、らしい。
ちなみにそれを聞いた時、僕はココロの声が外に漏れないように細心の注意を配った上で、「それってもはや洗脳商法だよね!?」と思いっきりツッコミを入れた。入れずにいられようか。
ちなみちなみに、僕は生まれてからずうっとこの街で暮らしていた訳だけど、この店に引き寄せられた事も噂を耳にした事も一切無い。チビ達も危険ではないから言わないし、魔術に縁も興味も無かった身にはトーゼンなのかもしれない。けど、眞琴さんの言う事が本当なら、惹き付けられちゃってもおかしくないと思うんだけどね。
……あれ、そー考えると僕と薫さんってお仲間……いやいやいやいや、僕にあの羨ましい程の鈍感さやマイペースさはない。
「変わっているで言えば涼平も相当なモノだけど。さて、始めようか——」
さりげなく人に容赦ない追撃をかけて——勿論僕の心を読んでの相槌でしょうとも、聞かなくたってもう分かるね——、『魔女』はシニカルな笑みを浮かべた。
「——あらゆる歯車が回り出す、『知識屋』の一般開放だ」
歌うように紡がれた言葉と共に、本日の『知識屋』は開店した。
それから1時間後。
「……わあ、千客万来」
「その冗談には何の意味があるのかな、涼平」
くすくすと笑う眞琴さん。そのヨユウっぷりは今月の収入が良いという意味なのでしょーか、是非ともそうであって欲しい。
……『裏』がいつもこんな風に閑古鳥が鳴いているならば、僕としては眞琴さんのぼったくり度合いにますます不安が高まるというものじゃないか。
「失敬な、ぼったくってなんかいないってば。『裏』は大抵1日10人以上のお客様を迎えているんだから」
「あ、それなら安心……って、じゃーこれどういう事なのさ」
びしっとツッコミの手を入れつつそう聞くと、眞琴さんは肩をすくめた。
「涼平。魔術書を手にする資格を持ってて、でもこの近辺で今まで『知識屋』を知らずにいた……なんて条件を満たす人が、一体どれだけいると思う?」
「限りなく0に近いと思います」
考えるまでもなく答えが口をついて出る。うん、そんな希少種がそうふらふらしているとは思えないね。いたら梗平君や眞琴さんに捕獲……もとい保護されてそうだし。
「そういう事。まあ、この日にふっと気分が向いてこの地域に足を向ける資格持ちもそこそこいるんだけど……今日はどうやら、いないみたいだね」
「え、本日のお客様ゼロ? そんな事もあるん?」
「こういう商売だからね、無いとは言わないよ。でも……今日は来る」
ふっと、眞琴さんの口調が変わった。纏う空気もどこか、異質。
全てを見通す『魔女』が、断じた。
「もう少しすれば、お客様が来る。そしてその子は、この店に来る事で運命が動く」
『魔女』の口元に、シニカルな笑みが浮かぶ。
「それがその子にとって幸せかどうかは、その子次第。そして、涼平も他人事では済まされない」
「げ」
不吉すぎる予言に蛙が潰れたような声が出る。それを聞いて、『魔女』はくすくすと笑った。
「この店を一般開放するとね、必ず歯車が動き出すんだ。今日もそう。今回は……涼平と、そのお客様かな。さあて、どうなる事やら」
楽しげにそう言い、眞琴さんは雰囲気をいつものそれに戻してぱん、と手を叩く。
「私は奥で事務仕事を済ませてくるよ。涼平は本の整理でもしておいて。お客様が来たら呼んでね」
僕の返事を待たず、眞琴さんは奥へと入っていった。その背中に入れたいツッコミは山程あれど、言っても無駄なので溜息と共に呑み込んで、薫さん直伝技術を駆使して本の整理に手を付けた。……といっても、昨日ムシボシで本を整理したばっかだから、ほとんど時間はかからなかったけど。
整理が終わった後は魔術書を読んで時間を潰す事しばし。店の沈黙を突如破るドアベルの音に、僕はかーなーり驚いて顔を上げた。
……いや、眞琴さんを疑うつもりはないんだけどさ。こうもお客様来ない条件が揃ってて、かつ実際に何時間も来ないともなれば、そーはゆっても閉店までこのままかな、なんて思ってしまうじゃないか。
期待させといて道を尋ねに来た人じゃ、いや眞琴さんが資格無い人は近づけないって言ってたし、なーんて事を考えながら腰を浮かした僕は、ちょっと本気で目の不調を祈った。
「あれ、君ここで働いていたの?」
「あーうん……えと、どーしてここに?」
手違いとゆー0に近い確率に賭けてそう尋ねると、来客——市ノ瀬莉子嬢はひょいと首を傾げた。
「うーん……どうしてかな? 気付いたらここに来てたんだよね」
(はーい、『知識屋』ホイホイ犠牲者一名様ご案内ー)
もうなんだか諦めの境地に達した僕は、眞琴さんにそんなテレパシーを送った。……現実逃避なのくらい、分かっているとも。
果たして直ぐに現れた眞琴さんは、莉子さんを見つけてにっこりと笑った。
「いらっしゃい。ようこそ、『知識屋』へ」
莉子さんは1度、2度と瞬いて僕の方を見る。
「……この人、知り合い?」
「知り合いとゆーか、ここの店主さん」
「おや、涼平と顔見知り?」
あからさまに面白がる眞琴さんの声に、僕は背中にだらだらと汗をかきながら答えた。
「うーんと、まーそんな感じ」
「あれ、あんなに情熱的に声をかけてくれた割にはつれないな」
(っちょ、莉子さーん!?)
楽しそうな顔でぷっちりと人の逃げ道を潰す発言に、思わず顔が引き攣った僕を見て、眞琴さんがものっそいイイ笑顔になる。
「へえ、いつも糸の切れたタコみたいな涼平が、ね。それはまた意外」
「3日後にデートの約束だったんだけど、思ったより早く出会ったね」
「3日後……ああ、その日は涼平休みだったな。ふうん、楽しそうで何よりだ」
にこりと笑って更に爆弾発言をかましてくださった莉子さんと、ちっとも何よりなんて雰囲気じゃない眞琴さんに、僕は潔く腹をくくった。主に、今日の営業後のしごき度合いについて。
……生き残れるのかな、僕。
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