第11話 ねんちょーしゃのいげん

 次の日、講義の後。僕は眞琴さんから聞き出した、梗平君の通う中学へとバイクをかっ飛ばし、告白する女の子よろしく校門で待ち伏せていた。


 ……大学生男子がやると不審でしかなかったね。さっきから視線が痛くてしょーがないよ。


 眞琴さんはああ言ってたけど、やっぱり善良な一市民としては、関わった未来ある少年がオカルティックかつおっそろしい結末を迎えるのを、見て見ぬ振りなんか出来ない訳で。


 彼はもう僕と関わる気が無いらしいから、話をしたくば僕から関わる必要がある。だからこそ、今こうして女子中学生の「何あの不審者」な心に痛い視線に耐えつつ、せいぜいおにーさんに見えるように気張りつつ、バイクに寄りかかってる訳さ。


(かといって、僕に出来る事なんて大した事じゃないんだけどねー)


 独りごちたその時、僕は探し人の姿を認めた。向こうも僕に気付いた模様で、顔を上げて僕の方へと向けてくる。ひらひらと手を振ってみた。


 梗平君は一瞬意外そうに眉を上げたけれど、直ぐにいつもの無表情に戻り、僕の方へと歩いてくる。それを待って、僕は手に持ってた物をぽんと渡した。


「……ヘルメット?」

「そ。言っただろ、特別に乗せたげるってさ。普段はかわいー女の子しか乗せないんだから、おにーさんに感謝するように」


 にっこり笑った僕は、梗平君の返事も聞かずにメットを被らせ、可愛げなんてこれっぽっちもないどころかちょっぴりマッド臭までする中坊とのタンデムと洒落込んだ。



 ……ほーんと、可愛い女の子乗せたいなあ。ああ、僕ってお人好し。







 バイクは初めてだろう梗平君を気遣って安全運転すること小1時間、僕は町外れにある小高い丘に辿り着いた。自然公園的なここは林もあるから、人気のなさを求められる。……ええ、普段はデートスポットに使わせてもらってますとも。


「さて、とうちゃーく。初めてのバイクの感想は?」

 バイクのスタンドを立てて振り返ると、メットを脱いだ梗平君は淡々と言った。

「バイクの2人乗りは、免許取得から1年経っていなければならないのでは?」

「おおう、いきなりそれかい。へーきへーき、僕16になって直ぐ取ったから」


 初っ端からおもっきしずれた答えを返してくれた少年に苦笑しつつ、僕はさらりとそう流した。で、と目で促してみたけど、無言が返ってくる。ちょっと凹んだね。


「俺に何の話だ? わざわざこんな所に連れ出してまで」

「んー? そりゃーモチロン、昨日大層おっかない目に遭わされた苦情を言う為かな」


 梗平君が片眉を上げた。器用なもんだね。


「危険というのは、あの世界に関わらせた事か?」

「洒落にならない被害者続出の場所に、事前情報も無しに連れ込むのはどーかと思うのよ? あと、いきなり人を山の外に吹っ飛ばしてくれちゃうのもね」


 びっくりしたじゃないか、ちびっちゃったらどうしてくれるのさーとジョークを飛ばすも、梗平君は無反応。虚しい。


「貴方は「資格」があるし、無事だろうと確信があった。恐怖を抱いた事に対する苦情ならば、謝る。すまなかった」

「うわお、迷いないなー。普通中坊の時ってさ、人に謝るの苦痛じゃない?」


 戯けてびっくらこいてみせるも、梗平君はぶれない。


「そんな事の為だけに、俺をここまで連れ出したのか?」

「うん、それもある。あとは、まあ……年長者の忠告かな」


 そう言うと、梗平君はすっと目を細めた。黒々とした瞳から、シャレにならない感じの鋭い光が放たれる。まあおっかない。


「あの世界の事なら、俺は関わるのをやめない。危険も承知の上、貴方如きに何か言われるのは不愉快だ」

「まあまあ。結論を急ぐのは若い証拠だけど、良い事ってあんまり無いんだよ」


 どーどーと手で押さえる仕草をして見せて、僕は鞄から前もって買っておいた缶ジュースを取り出し放った。梗平君が受け取ったのを横目に僕の分を開けて、一口飲む。うん、やっぱしバイクの後の飲み物ってサイコー。



「僕が言いたいのはね、君はもっとこの世界への興味を持つ努力をすべきだって事さ」



「……何?」

 思っても見ない事を言われましたって声に、僕は密かに心の中でガッツポーズを決めた。こんな勝利感、久々だね。


「眞琴さんから事情は聞かせてもらったよ。ごめんね? ……君は幼い頃から知識欲を抑える事ばかりを求められてきたんだろ。だから、興味を持つ事は悪い事だと思ってる」

「その被害者が昨夜の貴方や、この1週間の一般人だ。貴方が1番危険を理解していると思うが?」

「危険、ねえ。うん、アレは本当におっかなかったよ」


 あははと笑って、僕はまた缶ジュースを呷った。つられたのか、梗平君がプルトップを開ける音が聞こえる。


「眞琴さんも梗平君とある意味ご同類だからね、君の知識欲を宥める為に知識を与えてきた。……けどねえ梗平君や。普通興味ってのは湧いて出るよーに持てるものじゃないんだよ」

「……どういう事だ?」


 今度は戸惑った声。何だろう、この子から感情を引き出すのってゲーム感覚で楽しいんだけど。梗平君もポーカーフェイスを兼ねてる部分があるらしくて、ビミョーに悔しそうなのがますます楽しいってゆーか。


 ……いかん。眞琴さんのSっ気がうつってる。


「大抵の子は、興味も無いのに学校行かされて、興味も無い事を勉強してる。興味が持てるものが無くて大学の進学先に悩んでる子なんて、ごろっごろいるよ。それでもみんないろんな事に関わっていろんな事を知って、興味を持てるものを探し続けるのさ」


 興味は押さえ込むものじゃなくて持つもの。そんな当たり前の事を、この子や眞琴さんは思いもつかない。


「——梗平君は、識りすぎた。だから、もう興味を持てるものはあの世界にしかないって思っちゃったんだろうけど。世の中にはいろーんな好奇心旺盛なヒトがいるもんだよ。大学なんて、それって研究してて楽しいん? って事に夢中になってる人の集まりだしさ」


 世の中には知識が溢れかえっている。インターネットって空恐ろしいシンクタンクがあってもなお浚いきれない知識のうち、梗平君が詳しいのは、オカルトという世の中で言えばごくごくごくごく一部のコアな知識なのだ。


「なまじ魔術を追求すると世界の事をふかーく考察するし、梗平君はあの世界で考察の答えを教えてもらっちゃってるもんだから、もう興味を持てるものなんてないって思ってるんだろーけど。君が識らない事は、まだまだこの世界に沢山あるんだよ」


「俺はもう、それらに興味を持てない」


 返された言葉が異様に虚ろで、僕は顔を見返した。僅かに見える中央の山へ顔を向けている彼は、僕の視線にも構わず空虚な目をそちらへ向けるばかり。


「それがあの世界に奪われる対価だ。大体、そんなものわざわざ探さずとも——」

「じゃあ、満足してる?」

「は?」


 よーやく顔がこっちを向いた。全く、君は人の話は相手の顔を見て聞きましょうって事も知らないじゃないか。


「あんなぞっとするよな世界に触れて、この世界の事をカンニングよろしく教えてもらって。そこまで知識欲を満たしてもらって、満足してる?」

「……そうでなければ、対価を払わない」


(お、返答に間が空いたね。頭の良い君にしては、珍しいミスじゃないか)


 にやけそうになるのを堪えつつ、僕はにっこりと笑って見せた。


「そう? だったら何故君は、この世界に空虚さを覚えるんだろうね。満足と空虚、これ程仲の悪そうな言葉もないと思わない?」

「…………」


 黙り込んだ彼に、あえてたたみかけるような真似はしないでおく。僕はこの世界を抱え持つように両手を広げた。



「君もまだ14、世界は君が思うよりずっとずっと広いよ。もうちょっと色んなものに目を向けてごらん。僕でさえ、君が知らない事を知ってるよ」



「例えば?」

 すかさず突っ込んでくる油断も隙も無い少年魔術師に、僕は胸を張って答えてやる。



「女の子の扱い方」



 見事な沈黙が落ちた。



(おお、完璧な「何言っちゃってんのこいつ」目線をありがとうございます。けど反論出来るもんならしてごらん、君は絶対、女の子を怯えさせるばかりで楽しく遊ぶなんて夢のまた夢でしょーに)



 大人のヨユーを見せつけるべくふふんと笑いながら梗平君を見やり、僕は残ったジュースを一息で飲み干した。


「梗平君はあんなおっかない場所に入り浸るより先に、改めて興味の持てそなものを探すように。年長者の僕からのアドバイスは以上! さて、帰りますかね」

「……貴方という人は」


 脱力したような声が何事かぼやいていたけど、たまには僕がスルーして振り返る。


「ほーらおいで、近くの駅まで乗せてあげよう。出血大サービスだよ」

「それは死語だ」

「あはは、おいてってやろーか」


 笑顔で軽くイヤミを返してやれば、梗平君は肩をすくめてスルーした。本当に可愛げのない事。



「別に歩いても構わないが、お言葉に甘えて『知識屋』までお願いします、涼平さん」



(……んん? 君の口から僕の名を聞くのは、ひょっとして初めてだったり?)


 ちょっとは年長者の威厳を取り戻したらしい。結構嬉しいね。


「ん、まかせといてー」

 にこやかーに笑って頷き、僕は梗平君を後ろに乗せてバイクのエンジンを吹かした。






 ……この時は、少しは素直になったかなー、なんて思ったんだけどね。



「おかえりー……って、梗の字?」

「ちょいとバイクに乗せたげたのさー」

「普段は綺麗な女性ばかり乗せているらしいが」

「ちょ!?」

「……へえ?」

「そんな事よりも涼平さんの場合、見習い魔術師らしくもう少し魔術への理解度を深めて、せめて占術の演算くらいは出来るよう努力すべきだと思うが」

「おや、出来ないんだ?」

「もしもし、梗平君? それはもしや、ささやかな仕返しのつもりだったりするのかな?」

「俺に女性の扱いを説く余裕がある位だ、もう少し魔術の訓練に力を注げばどうかという、先輩魔術師からの「アドバイス」だ」

「くっ、ほんとーに可愛げのない……!」

「涼平?」

「……ハイ、何でしょう」

「今日から魔術訓練増やそうね」

「いやいや無理です勘弁してください……!」

「なんだか梗の字と仲良くなったみたいだし、手を借りようか」

「都合が良い時なら構わない、いくらでも手伝う」

「なーんかとっても嫌な予感がするのは——」

「「気のせい」」

「この、似たものはとこー!!」



 …………人の好意を逆手に取ってでもきっちり「やられたら倍返し」を実行してくれやがるあたり、マセガキはどこまでもマセガキだったとさ。

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