第11話 「資格」の意味

 そんな話をした3日後。

 僕は久々に大学へふらりと足を伸ばしていた。来年度からの教科書販売その他諸々、必要なんだけども休みに学校呼び出しってだーるいよね。


「ふあ……」

「相変わらずやな、嘉瀨。まーワイもここ最近午前中に起きた試しがなかったやさかい、呼び出されるときついなあ」


 欠伸を漏らした僕に、びっくらこいたことに無事進学出来た福茂が茶々を入れてきた。全くこの男、最後は僕に泣きつくよーにして単位拾い上げたからね。ちゃんとお礼にメシ奢って貰ったとはいえ、やれやれだよ。


「ホントに。といっても僕はちょいちょいバイトで早起きする事もあるから、福茂よりはマシそうだけども」

「うええ、嘉瀨が真面目っぽい事言うてると違和感あるなあ」

「失敬な、僕のモットーは「適度に真面目に」だって、何度も言ってるじゃないか」


 そんなどーでもいいやりとりをしながら購買の行列待ちをしていた僕達の会話に、いつも仲良し小海さんと久慈さんが入ってきた。


「あ、嘉瀨君来てるー」

「あら、久しぶりね」

「はろー、お久しぶり」


 久々の女性陣と他愛ない会話を交わして、購買で教科書を購入。その帰り道にふと視線を感じた僕は、首を巡らせて、はたりと足を止める。


「嘉瀨君? どうかした?」

 勘の良い久慈さんに直ぐに気付かれ、視線が僕に集まる。僕はいつもの如くへらりと笑い、ひらひら手を振った。

「ごめんよー、ちょいと野暮用を思い出しちゃった。福茂を置いて行くから、これにて離脱〜」

「なんやなんや、どないしたん?」

「だから野暮用だって言ってるでしょ、福茂。深追いする男は嫌われるらしーよ? 久慈さんや小海さんとよろしくやれるチャンスをあげたゆーじんに、深く感謝しなさい」


 福茂の追及をさらりとかわして、僕は1人大学構内を歩き始めた。



 てくてくと歩いた先は、大学院が密集する地帯。研究所ってなんでこんなにおどろおどろしい雰囲気を出してるんだろーね、なんか暗いしさ。

 普段なら絶対に近寄らないそんな場所で、僕は視線を巡らせて目的の場所を見つける。何故か必ず研究所近くにある雑木林に、迷わず足を踏み入れた。


 歩くことしばし。なんとなしに木を見上げながら歩いていると、嫌でも思い出す中央の山事件。うん、あんな目に遭っておいて、またもや自分から厄介事に首を突っ込んでる僕って、学ばないなあと思うよ。



 けど、仕方ないじゃないか。


「直ぐに付いてきてくれて、嬉しいな」

「そりゃあ、莉子さんのお誘いとあれば、断る理由なんかないよ」


 あのマセガキが巻き込んだ被害者で、僕としても少なからず情を持って接した莉子さんを、放っておけるほど、僕もドライじゃないんだからさ。



「それで、こんな大学内でどしたん? 莉子さんて、プライベートとお仕事は分けたい派だったじゃない」


 まずは敢えて空とぼけて様子見。僕だって、わざわざ気付くまで視線を当て続け、ここまで誘導してきた莉子さんの意図は、薄々察している。


 それでも誤魔化してみてるのは……


「ふふ。涼平、今日は冗談も遊びも、なしだよ」


 うっすらと笑いながらそう言った莉子さんの目に、がっつりと半端じゃない隈を見るからだ。どう見たって眠れないで追い詰められている感じです、ありがとうございません。


「僕はどっちかというと、貴女とは遊んでいたいなあ」


 ふわふわと柔らかに、穏やかに。一夜限りの夢を見て、楽しい時間を2人分け合って、じゃあねバイバイ。そんな刹那的で情熱的で、ドライな関係でいたい。そもそも僕は気分転換にナンパしたのであって、こんなガチなタイマンするつもりなんてこれっぽっちもなかったんだよ。


「駄目。誤魔化されないよ」

「あはは……そっかぁ」


 けど、莉子さんの方はこれっぽっちもそんなつもりは無い模様。もはや僕はナンパ相手というよか『知識屋』の店員さんでしかないんだね、とほほ。


「……じゃあ、こんな大学生のぼーやに何の用かな?」


 にこりとよそ行き用の笑顔で笑って見せると、莉子さんは艶やかににっこりと笑う。……だから、その笑顔はナンパした時に見せて欲しかったなーと思うんだけど。


「涼平。あの本、覚えてるよね」

「……うん。こないだ売った奴でしょ?」


 覚えてますとも。売らないよに僕が2回も頑張ったのに、マセガキが売っちゃった本だもの。しかも僕にちょっかい出すためだってのが、なんかもう、忘れたくても忘れられないよ。


「そう。あの本、面白かった。涼平が反対したの、恨んだくらい」

「……もう読んだんだ」

「勿論、一晩でね」


 僕、初めてあれ読んだ時、丸1週間かけたんだけどな。そりゃあ、眞琴さん仕込みの暗号化されてたけどさ、内容も内容で相当難しかった。


 莉子さんやっぱし頭良いなあ……では、済まされないよね、これ。


「眠らずに、読んだんだ?」

「あんまり面白かったからね」

「……そか」


 にこっと笑う莉子さん。反対に僕は、既に危険信号がやたら点滅してる。うん、これやばい。


「読むのやめて寝よーとか、思わない?」

「そんな事、考えもしなかったな。もっともっと、知識が欲しくて」


 明らかに自制が効いてない莉子さんの発言に、一歩、踏み込む。


「莉子さん……変だって自覚ある? ちょいとらしくないよ」

「私らしいからしくないかは、私が決める。そして私は、あの続きが読みたい」

「莉子さん!」


 思わず強い語調で詰め寄ったけど、莉子さんは動じない。笑みを浮かべて、小首を傾げる。


「なんで? なんで、読んじゃ駄目なの? あんな所で区切っておくなんて、あの子どういうつもりなの? あそこからが大事でしょう」

「約束したでしょ。あれ以上は駄目だよって」

「うん。そうだね。でも、酷いと思わない?」


 笑って。笑って、莉子さんは言うのだ。


「本当に栞より先が読めないだなんて。あからさまに不自然な力が働いていてね、他の人に頼むと開くんだよ。でも、私だけは読めない」


 熱に浮かされたような口調は語気が強いのに、笑っている。


「文章を書き写して貰って読もうとしても、駄目。誰かに読み上げて貰っても、上手く聞き取れない。不自然だよね?」


「莉子さん……」

「こんなさ、ずるいよ」


 笑って。笑ったまま、莉子さんは眦に一筋の涙をこぼす。


「こんな、まざまざと魔法の気配を見せつけておいて、その中身を見せないだなんて。ずるい。私だって、見たい。知りたい。知識が、欲しい」

「り、こさ……」

「ねえ、ちょうだい? 私にも、知識を、ちょうだい」


 莉子さんは、貼り付けたような笑みを浮かべたまま、壊れたように繰り返す。



「知識が、欲しいの……!」



 それは、さながら。


 『知識』に取り憑かれたかのようで。



 ……僕は、ぞっと背筋が凍ってしまった。



「莉子さん……莉子、さん。戻ってきて」

「ねえ、涼平ならどうにか出来るでしょう? ——わたしに、このつづきを、よませて」


 まるで……まるで、莉子さんが、魔術書に操られているようで。



『知識を得るにはね、資格が必要なんだよ』



 『魔女』の言葉が、耳元で響いた気がした。



(……これが、そうなの? 眞琴さん)


 心の中で、問いかける。

 こんな、哀しくも恐ろしい、様が。


「よませて、ねえ、よませて……!」



 資格なきものが、知識を求めた、対価だとでもいうのか。



「——莉子さん」



 だったら。

 だったら、『知識屋』の店員である僕に、出来る事は。



「その書、僕に渡して」

「え……!」


 手を差し伸べて、告げる。読ませて貰えるのかと目を輝かせる莉子さんに、きっぱりと言いきる。



「約束が守れないなら、契約は無効だよ。約束を守るなら、売るって言ったじゃないか。……お金は返すから、その本は僕に返して」


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