第8話 デート時々魔術談義
3日後。
「待たせちゃったかな?」
「はろー。いいえ、さっき来たとこですよ」
「ふふ、お決まりだね」
悪戯げに笑う莉子さんに、へらりと笑い返した。
「こんなとこで奇をてらってもしょーがないもの。さて、エスコートさせていただけますか、莉子嬢?」
やや大袈裟な素振りで手を差し出せば、莉子さんはくすくすと笑う。
「妙な所で奇をてらうんだね。それじゃあ案内して貰おうかな、ナンパボーヤ君」
「あらつれない呼び方」
冗談めかした僕は、それでもしっかり握られた手を引いて上機嫌で歩き出した。
奇跡的にというかなんというか、あの日眞琴さんのしごきを無事生き延びた僕は、さらに奇跡的な事に、ちゃーんと今日の休暇を自由に使わせてもらえる事となった。
……帰ってきた後はその分働いて貰うからねとか、要らない一言がおっかないけども。
なんとゆーか眞琴さん、流石は薫さんのご友人という事なのか、案外アソビに手厳しい。梗平君の反撃で機嫌を損ねた事といい今回の何とも薄ら寒い応対といい、女遊びにはやたら冷たい。
それと、
『ま、これも歯車の1つなのかな。涼平もそろそろきっちり思い知らなければならない頃だしね』
……いちいち不吉な予言をするのは切実にやめて欲しい。
けどまあ、そんな事を気にしてデートをやめるほど、お年頃の男の子というのは用心深くない。危機管理最優先な僕だって、たまには欲望に忠実になる事もあるのさ。
「さて、行きますかー」
「あれ、今日はバイクじゃないんだ?」
やや意外そうな声に、にこりと笑って見せた。
「ん? だって莉子さん、あんましバイク好きじゃないでしょ。この間も微妙に乗り気じゃなかったものね」
莉子さんが意表を突かれた顔で瞬く。よーしよし、良い反応。
「気付かれてたとは思わなかったな」
「意中の女性はしっかり見ていますとも」
さらりと言うと、莉子さんの表情が綻んだ。
「本当に君は直球だなあ。でも、その気遣いは有り難くいただいておくとするよ」
やや捻くれた物言いながら、その声は弾んでいる。ふむ、細やかな配慮が嬉しいところは女性的、と。
(となると、ちょいちょい褒め言葉と気遣いを入れていこーかね。ただしそこばっかし頑張るとがっついてるように見えるから、まぁほどほどに、と)
心の中に注意書きメモはするものの、ちょっとした失言で拗ねるわけでもないからそこまで気を付けなくて良かろと肩の力を抜いた。うーむ、やっぱヨユウのある大人の女性っていいなあ。
「そーしてちょーだい。とりま、移動しましょー」
やり取りから相手の反応を見て、より喜ばせて楽しむ。薫さんはおもっきしバカにしてくれたけど、中々刺激的で楽しいんだな、コレが。
今日は期待通り楽しく遊べそうだし、ナンパが空振りした分も楽しませてもらわないと。そんな気分で僕は、練りに練ったデートプランをスタートさせたのだった。
「涼平は、あのお店で働き始めてから長いの?」
おされなレストランでのコースディナーを楽しんでいる最中。莉子さんに「私がいるから大丈夫。それとも、お酒は苦手かしら?」と挑戦状付きで差し出されたので喜んで受けとったワインを傾けていた僕は、莉子さんの問いかけに首を傾けた。
「うーん、そこそこ? 去年の夏から」
懐かしの問答無用雇用事件からはや半年以上。時の流れはびっくりするほど早いよね。
「そうなんだ。切欠は、私みたいに客として立ち入った、って感じ?」
「うん、そんなとこ。ちょーどバイト辞めたばっかだったし、比較的のんびり出来そうだったからね」
さらりと嘘をついてごめんなさいと心の中で手を合わせる。流石に、魔力もない一般人に魔術全開な実態は明かせないからね。
「なるほど。……ねえ、あのお店で働いてるって事は、涼平も魔法使いなのかな?」
「うぐっ」
そう思った直後の、目をキラキラと輝かせる莉子さんの問いに咽せかける。『魔女』の弟子な様子はモロバレかい。恐るべし眞琴さんの師匠力。
「い、いや、そんな事はない……かな? ちょこーっと視えるだけ、みたいな」
あははと笑って誤魔化すのも当然だと思うんだ、チビ達と違ってこの人に魔術を見せるのはちょいとおっかない。
「何が視えるの?」
「うええ、そこまで聞いちゃいますか……」
どーにかはぐらかしたい僕とは裏腹に乗り気な莉子さんてば、心無し身を乗り出してはいませんか。ちらっと見える胸の谷間は眼福だけど、追求する気満タンはちょっと勘弁してくださいお願いします。
「うーんと……所謂魔力の光とか、そんな感じ? 魔術書がちょっと色違って視えたり」
「へえ。どう違って視えるの?」
う、やたら具体的。流石研究者サマ、この辺りの食いつき度合いは梗平君とよく似ていらっしゃる。
「あー……ちょっと風の流れみたいなのが纏わり付いてたりとか? その量が魔術書のおっかなさに比例してるかなー」
けど僕としてはきょーみもないので余り気にしてなかったから、こんな返事しか出来ず。莉子さんとしては消化不良らしく、やや不満げな顔で頷いた。あ、減点。
「ふうん、そんな感じか。あの店主さんが資格を見極められるって言ってたから、てっきり涼平も色々視えたり、何か魔法が使えたりするのかなって思ったのに」
拗ねた声に思わず挽回の魔術お披露目をしたくなった僕だけど、ぐっとこらえる。一時の見栄は将来の後悔、そもそもかっこつけに魔術を使うのはなんとなくかっちょわるい。
「その辺は現実ですから。そう簡単にファンタジーな世界は存在しないってーことでしょ」
さらりと言うと、莉子さんは苦笑して首を傾げた。
「それはそうなんだけど、残念じゃない?」
「まあ、夢見てる方が楽しいよね」
それには同感。僕としても、叩き込まれてる知識の数々には夢でいていただきたかった。勿論夢なら覚えなくて良い的な意味で。
けども莉子さんの意見はちょいと違った模様。そうじゃなくてと不満げに唇を尖らせる様がちょっぴりあどけなくて、そのギャップにどきり。
「そうじゃあなくて。実際にそういう夢のような代物の存在証明はされているんだから、この目で見てみたいって事」
けど続けてさらりといわれた言葉に、内心うげっと思った僕は悪くない。
「そ、存在証明?」
「ホラ、この間買った書よ。ちゃんと書いてあったもの、理論上も存在の証明は可能であり、能力によっては我々才能のない者達にも見える状態での記録も可能であるって。……学術書の癖に、その証拠となる映像記録はなかったけど」
あの分厚い本3冊をこの2日で完読しちゃったんですかーとか、言ったら当然って顔されそうだよね、コレ。
……僕は魔術書1冊読むのにほぼ1日かかるんだけど。研究者の熱意ってホント驚かされるよ。
「今じゃ画像編集したんだろーとか、難癖ならいくらでもつけられるもんねえ」
「うん、だから敢えて載せないとか書いてあった。はぐらかされた気分だよ」
(まあ、はぐらかされてますからね)
なーんて相槌は、ココロの中だけで済ませておいた。
いや実際、莉子さんに売った書は、ほんとーに無難この上ないものばかりなんだよね。誰の目に止まっても誤魔化しがきくような、突けば直ぐに嘘だーって言えるような、もやっとした読み物。空想の産物と呼ばれるように書かれた書だったりする。
なんでそんな書かれ方かというと、やっぱり莉子さんのように興味を持つ人の為。間違っても一般社会に魔術の存在を知られちゃ困るし、「知ってる」と言うだけでこっち側と繋がりが出来て、おっかないものに狙われる可能性が出てくる。ちょっとは魔術を使える僕だって狙われたら逃げる一択、莉子さんだったら逃げる前に……ってなっちゃうだろうし。
後は、下手に興味本位で魔術試されて変な発動したらマズイ、というのも理由の1つ。本人に魔力がなくても中央の山みたいに魔力豊富な場所だと、たまーにうっかり誤作動起こして大惨事になるらしい。
よーするに、リスク管理。そういう意味でも莉子さんにはあの魔術書を売るわけにはいかなかったんだけど……眞琴さんは一体何故に僕に判断を丸投げしたのやら。
「涼平? どうかした?」
声をかけられて我に返る。いかん、ちょっと黙り込んだみたいになってたね。
「あーごめん、何でもない。ところで莉子さんや、あの書もう全部読んだん? 頭痛くなったりしなかった?」
誤魔化しつつも心配したのは他でもない、幾ら原書ではないとはいえうっかり読むと頭ぱーんとなる恐れありな魔術書を読んで、莉子さんが無事なのかって事。だって嫌じゃないか、売った書で素敵レディに何かあったら。
割と本気で心配しているのが伝わったのか、莉子さんの表情が緩む。
「ふふっ、心配性だなあ。平気平気、英語論文を読み漁る事に比べれば、あれくらいどうって事ないよ。考察もそこまで複雑じゃなかったしね」
「へ、へー……」
(僕はいつでものーみそフル回転でやっとこさ理解してるんだけど、これって頭の出来の違いって事にして良いのかな。……どーして僕の回りには、やたら頭の出来が良いお方ばかり集まるのでしょーか)
決して頭が悪い方ではないと思ってたので、ここ最近、僕のささやかなプライドは傷付けられまくりである。
「慣れだよ、慣れ。涼平も3年生くらいからは少しずつ読むようになるし、その時に分かるんじゃないかな」
む、年上のヨユーを漂わせる莉子さんは素敵だけど、子供扱いされてるっぽいのはちょいとよろしくない。デートをリードする男たるもの、やっぱり決めるとこは決めないと。
「頼りになるアドバイスをありがとう。莉子さんが大丈夫だって分かってほっとしたよ」
年下ならではの殊勝さにストレートな言葉を上乗せすれば、莉子さんはふわりと微笑んだ。よし、及第点だった模様。
「ふふ、涼平は中々手慣れてるよね。一体どれくらい遊んできたのか気になるなあ」
お、思った以上の手応え。コレは期待に応えねばならんと、とっておきの表情でお返し。
「莉子さんがお望みならいくらでも教えてあげるよ。今夜はまだ長いし、ね」
「本当に、君は遊び慣れてるなあ」
くすくすと笑う莉子さんが、新しいワインを注文する。これはどーやらデートも成功した模様と、僕も少なからず浮かれ気味にグラスを空にした。
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