第2話 ムシボシ

「おや薫、涼平に会えたんだね」

「ええ、ここに向かう途中で偶然出くわしたのよ」

(ナンパ妨害の上脅迫して連れ出す事を偶然って言っちゃうのは、どうかと思うんだけどね……約束守ってくれるのは助かるけどさ)

「嘉瀨君、何か言った?」

「イエ何も」


 『知識屋』に到着するなりそんな会話を交わした僕達は、薫さんの指揮下で本棚からせっせと魔術書や魔導書を取りだし、虫干し用に解放された眞琴さん所有のガレージへと運び出す作業に取りかかった。



 女性2人と男性1人でこの膨大な量を残り半日で出来るのでしょーか、もしや明日までかかっちゃったりするのかなーなんて、僕のささやかながらも切実な不安は、ちょっぴりなら同情してあげようという人物の助力が少し解消してくれている。



「……相変わらずこき使われてるねえ」

「涼平さん程ではない」

「う」

「俺と違って欲しい対価がある訳でもなし、眞琴に弱みでも握られているのか?」

「そ、そんな事はない……と思うよ多分きっとおそらく!」

「…………」


 僕のささやかなプライドを守るべく否定しかけた所で薫さんと目が合ったもんだから、途中から答えが変わってしまったじゃないか。ああ、梗平君の無表情な視線が痛い。


「女性の扱いは俺よりも知っていると豪語していなかったか?」

「今ここで蒸し返すのやめてね、リアルに藪蛇だから」


 ああ、薫さんの凍える視線が半端無い。かといってさっきのやり取りを中学生に詳らかにするのもどーかと思うのよ、お願い薫さん黙っててね。


「……梗平君が何度もこのお店に出入りするのなら、逆に話した方が良いと思うわ」

「何故に!?」

「嘉瀨君、反面教師って言葉を知ってる?」

「この子の場合は反面教師にするどころか悪影響にしかならないと僕は分析するね」

「……勝手に分析するな」


 多少は心当たりがあるらしく、梗平君の反論が少し鈍かった。うん、マッドな魔術書やヤバイせかいにがっつり毒された君が言っても、これっぽっちも説得力ないからね。


 けれどひと月前に目の前の誰かさんがやらかしてくれたアレコレについては、「試験勉強で家にこもってたから噂なんて知る機会あるわけないでしょ」と言い切った、オカルトに関しては半端無い天然記録を日々更新し続けている——だって今も魔導書平然と運んでるもん、梗平君が興味深げに見てるのがとっても心配——薫さんにそんな裏事情は言えない。


 その上、薫さんは年下には優しいらしい。可愛げのない中坊相手に、いつもはほとんど見せない柔らかな口調で話しかけている。


「そうそう、人を見た目で判断するのは良くないわよ嘉瀨君。それから梗平君、そこにいるのは今時ナンパなんて馬鹿な事を本気でしてしまう、下半身と頭の緩い駄目大学生だから、それを基準に成長しちゃ駄目よ」

「おーい、薫さんや。言葉の選択についてはもはや追求しないけど、約束……」

「眞琴いないから平気でしょ」

「梗平君の口止めは誰がするとお思いで……?」

「……ああ」


(そこでやっと気付いたとばかりに瞬くのはどーなのかなと、僕は思ったりするんだな)


 半眼になって案外口の軽い薫さんを睨んでから、梗平君にテレパシーで交渉開始。


(今度チビ達に芸でも仕込んで見せたげる)

(眞琴への口止め料か)

(僕から渡せる君にとって価値のあるものなんて、他に思い付かないし。勉強教えたげるとでも言って欲しい?)

(中学の時点で分からない事などない)

(……ご優秀な事で)

(普通だ。それで、雑鬼達に簡単な指示を下す場面と眞琴への口止めを取引しろと?)

(是非ともよろしくお願い)

(……貴方は眞琴にどこまで弱みを握られている)

(ご想像にお任せします)


 梗平君の口から溜息が漏れたから、交渉成功と見て良い模様。良かった良かった、男同士分かり合えて。

 あ、梗平君に男の生態を分かり合ってもらったという意味じゃなく、女性に対して男性は基本立場が低いという認識を共有した上で、団結して身を守ろうってゆーものね。流石にこのマッドな中坊に男の甲斐性を理解させようなんて冒険心は僕にはない。


「……男の子って時々そうやって無言で分かり合うわよね。それで意思の齟齬が生じたりしないの?」

「特には」

「ふうん……言った言わないの水掛け論にならないよう気を付けてね」

「ええ」


 優しげな声で話す薫さんに、梗平君は最低限の相槌で答えている。魔術が関わらない割に彼にしては稀少な対人スキルを発揮する彼に驚きつつ、僕はやっぱり梗平君の視線が薫さんから離れない事の方が気になる。

 てゆーかぶっちゃけ、梗平君は薫さんに興味を持ってるから受け答えしてるとか、そーゆー何にも嬉しくない現実だったりするんだよねえとか思うのですよ。


 流石にこれを見逃すのは元被害者として良心に悖る。よって僕は、薫さんと距離が離れた隙にこそっと梗平君に囁いた。


「……梗平君や、自重という言葉と、薫さんが眞琴さんのご友人だという事実を思い出した方が、君の身の為だと思うよ」

「考えすぎだ。流石に眞琴が全力で保護している一般人に手を出そうとは思わない。俺はまだ『魔女』の裏をかくだけの実力はない」


 即座に否の返答が返ってきたことにほっとしつつも、その否定理由に改めてツッコミを入れる。


「いやその、実力云々の問題じゃなくね」

「魔術以外にも目を向けろと言ったのは涼平さんだが」

「そらーそうだけど……」

 アドバイスを逆手に取られて一瞬口籠もる間に、梗平君は尚も白々しく嘯いた。

「医学の道も独特で奥深い、関心を持つには十分な要素だろう」

「君は単に薫さんのあのド天然っぷりが気になるだけでしょーに」


 梗平君の口元が微かに歪む。うん、そこで肯定してくれない方が僕のココロの平穏的には助かるんだけどね。


「彼女の素質と無自覚のアンバランスは非常に興味深いが」

「こら」

「俺はそれより、涼平さんから「におう」気配の方が興味を引かれる」

「……はい?」


(そこでまさかの矛先変更からの僕にブーメランしますか!?)


 思わぬ我が身の危険再びに僕の口元が盛大に引き攣るのにも構わず、梗平君は続ける。


「眞琴に伝えない、という約束は守るが。その付けている「におい」からして、隠し通す事はおそらく不可能だ」

「……どゆこと?」

「そのうち分かる。俺の予想では2,3日以内に」

 そんな端的なお答えを残し、梗平君がすっと立ち上がった。ひょいひょいと魔導書を数冊腕に抱えて、僕を置き去りにすたすたとガレージへと去って行く。


 梗平君は今さりげなく持って行ったけど、アレできちんと本のチョイスはしている。何せ薫さんが何も気付かないままさくさく運ぶのを僕と眞琴さんと梗平君で密かにカバーしなければ、ガレージかこっちの書棚かで魔導書自体が持つ魔力同士の反発でどっかん、なんてとんでもない事態が起こりかねないのだ。


 ……だからこそ、梗平君は薫さんがテキトーに運ぶタイトルにまで関心を向けてるのがものっそい気になるんだけどね。もうまるきりマッドな研究者のマナザシなんだもの。


 そんな考えるだけでおっかない事実は、取り敢えず棚上げ作戦に出るとして。まだ魔導書のタイトルを読んだだけじゃーその魔力の特徴とか系統とかまではよく分からない僕は、そんなわけで魔導書を手にするのに時間がかかる。よって未だ3冊目を物色している僕には、梗平君の後を追う事は出来ない。

 かといって、魔導書を持たないままガレージに移動しようものなら薫さんの雷が落ちるから、とてもとても恐ろしくて出来ない。


 かくて出来ないのダブルコンボをくらった僕は、梗平君の言う「におい」とやらの意味を「2,3日以内」まで知る事が出来なかったのだ。


 ……全く、梗平君が興味を示す事なんて碌なもんじゃないって分かってたんだから、もうちょい上手く聞き出すべきだったよ。

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