第19話 植物園の園長

 気を取り直してラーラと一緒に大温室へ向かえば、中心に大きな樹が生えている。

 

 極楽鳥っていうのだろうか。極彩色の羽の大きな鳥が飛んでいる。

 緑の葉を茂らせた大きな樹が、さわさわと枝を揺らしている。

 樹木のふもとに、テーブルと椅子が並び、そこがカフェなのだということが分かる。


「あら、ラーラと胡桃ちゃん!」


 手を振ってくれたのは、うさ耳男の娘のミュルルだ。

 今日のお洋服も可愛い。

 大きなリボンが付いた、甘いめのデザインの服だけれど、ベースが黒だから、甘すぎない。

 ミュルルの雰囲気にとても似合っている。

 

「図書館の予約本を持ってきてくれたんだって!」


 ラーラが私の代わりに説明してくれる。

 

「じゃあ、園長よね。起きるかな」


 ミュルルが大樹の幹をぽんぽんと叩く。

 

「起きた?」

「無理ですよね……」


 ミュルルとラーラが幹に耳を付ける。

 私も真似して耳を幹に付けてみれば、かすかに寝息が聞こえる。

 え、ひょっとして、この大きな樹がこの植物園の園長なの?


 よく見れば、樹の幹に、口に見えなくもない大きなうろがある。


「寝覚めの……粘液、いってみますか?」

「それだ!」


 お……粘液?

 ラーラとミュルルでキャッキャッと楽しそうだけれども、良いの?

 みんなに不人気の粘液だけれども、植物だから、味覚が違って一周廻って美味しかったりする?


 じっと私が静観していると、ラーラが触手を一本、樹の洞へ差し込む。

 

「さあ、園長! ご馳走ですよぉ!」


 ポタン、ポタンとラーラの触手から粘液が洞へと落ちていく。


 ラーラとミュルルがワクワクしている。

 私も、ワクワクしている。

 どうなるんだろう。


「耳、耳閉じて!」


 ミュルルが注意して、自分の耳を伏せて手で覆う。

 ラーラも触手を……あれは、耳? よく分からないが、触手を突っ込んでいる。

 私も二人に習って、両耳を手で押さえる。


 地面が揺れ出す。


「ぎゃーーーーーーーーーーーー!!!!」


 大きな悲鳴が、洞から上がる。

 あんなに優雅に飛んでいた極楽鳥たちが、バサバサと忙しなく羽ばたいて、飛び去って行く。


「なななな、毒? 毒を盛りおったか?」


 大きな目が二つ。

 樹の幹に出現する。


 ギロリと目が周囲を見渡して、目玉は、私を見つめる。


「おのれ何奴! この儂を、植物園の園長と知っての狼藉か! 者ども! 曲者じゃ!」


 樹……園長は、体をゆらゆらと揺らしながら怒り狂っている。

 え、粘液を飲ませた犯人が、私ってことになっている?


「園長! ホロウ園長! 毒じゃないですよ。どちらかと言えば、お薬ですよ。とっても体に良いんですよ!」

「な、お前か! まさか、粘液を!」


 どうやら、同じ植物の体であっても、粘液は美味しくないらしい。


「まあ、園長ったら! 何度も言っているではなですか。ご老体なのですから、積極的に健康に良いモノを取り入れていただかないと、困るんです」

「だからといって、あれは、あんなマズイ粘液は、飲んだだけで気分が悪くなる!」

「まあ、酷い!」


 ラーラと園長が、ずっと揉めている。

 ラーラは心から良いと思っているのだから、園長がどれだけ不味いと拒絶しても、ラーラは、頑として譲らない。


「あ、あのお!」


 私は、この諍いの間に果敢に分け入ってみる。


「図書館から、ご予約の本をお持ちしました」

「おお! ついに来たか! 待っておったぞ!」


 植物園の園長をしているくらいだから、きっと研究者なのだろう。研究者ならば、待っていた本が来たと言われれば、喜ぶ。

 うんうん。良かった。本を持っていて。


「さ、早く! 早く紙袋を開けて!」


 園長がワクワクしている。

 私は、手に持っていた紙袋の口を開く。


「おいで! 本よ!」


 園長が本を呼べば、本はふんわりと天へと舞い上がり、翼を広げて園長の枝の上へと飛んで行く。

 いつの間にか戻ってきた極楽鳥たちと混じって本が羽ばたいてる。


「おお。もう仲良くなったか」


 園長はとても嬉しそうだ。

 良かった。どうやら、私も仕事は無事にやり遂げられたようだ。



 




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