第11話 図書館

 不動産屋『ちるなのぐ』から図書館は近い。歩いて十五分程度の場所にあった。

 女神スマートフォンを頼りに歩いて、何とか無事に私はたどり着く。


 ガラス張りの近代的な建物は、中の様子が外からも垣間見える。

 本棚が林立するその光景は、元の世界の図書館と似ている。

 ソファにもたれて本を読む子どもが手に持っている薄めの本は、絵本だろうか。

 この世界の神話とか伝説とか……すごく興味ある。


 これだけエルフや獣人やドラゴンなんかが普通にいる世界なのだから、とんでもなく滾る物語があるはずだ! 出来ればここに就職したい。いや、就職できなくても、ここの本を読み漁る権利をいただきたい! 

 妄想で鼻息荒い私は、大股で図書館の扉を元気よく開いた。


 ……わあ……。


 私は、そこ広がる夢みたいな光景に、目が輝く。


 立派な装丁をされた本が翼を持って書庫を飛び回っている。その間を忙しそうに脚立を持った、人間と同じ大きさの茶トラ猫が走り回っている。


 猫の肩に本が止まって羽を休めている。

 猫は、肉球のついた手で、本を優しく労わって、書庫に戻す。


 私は、近くに止まっていた本を一冊捕まえると、中を開いてみる。

 私の捕まえた本は絵本だったようで、可愛らしいウサギが人参を持って冒険に出るお話だった。


 ウサギは、絵本の中を動き回って、縦横無尽に走り回る。

 場面が転換するたびに、表示されている文字が変わって、ストーリーを教えてくれる。


 これよ! こういうのよ! こういう夢のある絵面を異世界で見たかったのよ!

 どMの忠犬ゴブリンなんかじゃない、まっとうな異世界! 

 

 感動でのたうち回る私に、怪訝な目を向けている人がいる。

 先ほどの猫だ。黒いマントを肩から掛けて、左目にモノクルを付けて、ジッと私の奇行を見つめている。


「あ……」


 やばい。私、就職の面接に来たんだった。

 奇行に走る人間を雇いたいと思う人間はいるだろうか? いや……いないだろう。


「どうなさいました?」


 にっこりと微笑みかけてくれている猫のシッポが、ビタンビタンと縦に揺れている。

 私の実家では、猫を飼っていた。だから知っているの。その尻尾の動き。実家の猫が不機嫌な時に見せていた動きそっくりだ。

 つまり……建前上、私に微笑みかけてくれているこの猫は、とっても不機嫌ってことだ。

 まあ、そりゃそうか……。

 ここは静寂を正義とする図書館なのだ。のたうち回って暴れる人間は、不必要な聖域なのだ。


「す、すみません。つい、はしゃぎすぎてしまいました」


 私は、素直にあやまる。

 この際、悪女っぽさを目指している場合ではないのだ。素敵な職場で働けるか、無職になって明日のご飯に困るか、その瀬戸際なのだ。

 そもそも、悪女方面には、まるで前進できていないのだが、それは取りあえず、置いておいて。


「私、『ちるなのぐ』のエルフ、ブロスの紹介で来ました、山下胡桃です!」


 私は、不機嫌そうに尻尾を振り続ける猫に紹介状を差し出す。

 猫はモノクルを手に、じっと紹介状を見つめる。


「ああ、転生者ってこと……ね。なるほど。図書館にも慣れていないわけだ」

「す、すみません」


 とりあえず、猫の尻尾の揺れは収まった。

 こちらの事情を納得してくれたようだ。


「本が好きなので、できればこちらで働きたいのですか……駄目ですか?」

「本が好き……ね」

「はい!」


 私は、元気よく返事する。

 ついでに、猫も大好きで、今もその大きなモフモフの体にダイブしてスーハ―と満喫したいのを我慢しているのだが、これは言っては心証は良くなさそうなので、黙っておこう。


「力仕事、けっこうありますよ」

「努力します!」


 猫と本に囲まれて仕事が出来るならば!

 

「まあ……ブレスには逆らえませんからね……」


 ハアアアアッと盛大に猫は、ため息をつく。


「いいでしょう。採用します」


 なんだかあっさりと就職先は決まったようだ。

 え、あの守銭奴エルフ、そんなに権力者なの?

 大丈夫? 猫さん。ブレスに無理な借金させられて、脅されていたりしない? 




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