第12話 モフモフが近くにある職場

 恐らくは借金で首が回らないのであろう館長の猫の元、図書館で働くことになった。


 アンバーという名前の、人間と同じ大きさの茶トラの猫は、図書館の運営方法を教えてくれたのだが、これがとても難しい。


「ほら、見ていて」


 アンバーが首から下げた金色の小さなホルンを吹くと、上の方の書棚から本が翼をはためかせて飛んでくる。


「すごい!」

「このホルンは、区役所のモーガンさんの魔法が込められているんだよ」

「モーガンさん……」


 私は思い出す。世界征服志望の下級魔物さんを消し炭にした赤毛の魔法使いを。

 あ……あの人か……。


「魔法力が弱くなったら予備のホルンと交換して、使ったホルンはこの箱へ。この箱のホルンは捨てないで定期的に魔力の補充をしてもらいに区役所へ持って行くんだよ」

「はい!」


 仕事を少しずつでも覚えて、早く一人前にならなければ! と、意気込むが、難しいのよ。

 何がって、このホルンを吹くのが!


「ほら、あの一番上の棚の緑色の本を呼び出してみて!」

「はい!」


 気合を入れて私はホルンを吹いてみるが、ホルンは音が鳴らないで、緑色の本はピクリともしない。


「あ……うーん。息を強くしてもダメ。緑色の本が、こちらへ飛んでくる姿をイメージして、ほら、念を込めて!」

「はい!」


 返事は、元気良いが、私の吹くホルンは、「ヒュォォォ」と、微妙な音を出しただけで、館長の吹くような綺麗な音色を奏でてはくれなかった。

 当然、緑色の本も、一瞬ピクンと動いた程度で、そのまま動かず。


「ま……気長にいこうか。焦らなくても、その内になんとかなるでしょ。一つ渡しておくから、暇な時には練習しておいてね」


 アンバーは、ニコリと笑って、ホルンを一つ私の首にかけてくれる。

 でも、私は聞き逃さなかった。ニコリと笑ってアンバーは許してくれたけれども、クルリと後ろを向いた瞬間に、「ハアァァァ」と、深いため息がアンバーの口から洩れてしまったのを。


 うううっ! ごめんなさい。不器用で。


 図書館の業務は、それだけではない。

 返却された図書の整理、利用者の案内、新しく入った図書の記録とラベリング、痛んだ図書の修理……。

 覚えることは、とても多い。

 アンバーは丁寧に業務を教えてくれるけれども、私はなかなか覚えることが出来なくって焦る。


「大丈夫。気にしないで。まだ一日目だから、少しずつ慣れて」

「はい……」

「問題があるとすれば、そのホルン。本を呼ぶことが出来なければ、利用者に頼まれても本を取れないし、整理もままならない。出来ないのは仕方ないしゆっくり覚えればいいけれど、練習だけは欠かさないでね」

「はいぃぃぃぃ……」


 私の音楽の成績は、酷い物だった。別にアイドルになるわけでもない私は、音楽に対して、あっさり諦めと服従を示していたが、まさかこんなところで必要になるとは!


「大丈夫! そのうちに出来るよ!」


 うなだれる私を、アンバーがポンポンを肉球の前足て肩を軽く叩いて励ましてくれる。

 き、気持ちいい!

 アンバーの巨大プニプニ肉球の感覚に、私はとろける。

 

 元の世界では、人間のオジサンだらけの職場で、エナドリだけを友として頑張ってきたけれど、この世界の職場では、大きな茶トラ猫が肉球で励ましてくれるんだ!

 え、頑張る!

 頑張らないと!

 ここをクビとか残念過ぎる。

 この肉球のためなら、私は頑張れる!


「あの、ホルン吹けるようになったら、お願いがあるんです!」

「え……なに? 初日から昇給の願い?」

「いいえ! それも有りがたいですが、それよりもその……」

「何?」

「館長をハグしてモフモフさせてください」

「え……」


 私の願望にアンバーがドン引きしている。

 だけれども! 我慢できないじゃない? こんな魅惑のモフモフボディを目の前にして、一度たりともモフらないなんて!


 それは、極上ステーキを前に喰うなと言われるようなもの、美しい景色を前にして見るなと言われるようなもの。


 そこのモフモフがあるのだ。

 チャンスは、逃したくない。


「わ、分かりました。その代わり、ちゃんと吹けるようになってね?」


 キラキラした圧の強い目で見つめる私に根負けしたアンバーから許可が出ました。

 ヨシ! 絶対に吹けるようになる!

 






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