第13話 鳴らないホルン

とりあえずホルンが奏でられなければ、お仕事にならない。

ずっと続ける気ならば、習得しなければならないことは、火を見るより明らかなのである。


ということで、私は、ホルンを一つ、シェアハウスに持ち帰り、自室のベランダで練習してみる。

魔法の掛かったホルンを吹いても、距離から行って問題ないだろうというのが、図書館館長アンバーの判断だった。


「スーーーー」


 いくら吹いてみても、ホルンはうんともすんとも言わない。

 私の息が通り抜けるだけで、音が出る気配は全くない。


 アンバーは、魔力のない人間でも吹くことができるように魔法使いのモーガンが自らの魔力をホルンに封印しているのだというが、本当だろうか? こんなに練習して、全く一音も鳴らないってこと、流石にある?

 音楽に疎い私だけれども、学生の時にリコーダーくらいは吹いたことあるぞ? あいつはちゃんとそれなりに音が鳴っていたというのに。


 真っ赤な顔して小さなホルンと格闘して一時間、諦めかけた時に、隣のベランダから声を掛けられる。


「何……しているの?」


 ユルグだ。口元が引き攣って半笑いになっている。

 これは……あれだ。必死でホルンと格闘している私を黙って見て面白がっていたな。


「ユルグの部屋、隣だったんだ」


 気恥ずかしい私は、ホルンから話題を外してみる。


「ああ。その部屋、悪魔が住んでいたから」


 そうか……なるほど。

 この部屋は素行の悪い悪魔が住んでいた事故物件でした。

 ラーラやミュルルでは、悪魔が暴れた時に対応できそうにないものね。元魔王のドラゴンのユルグならば、悪魔が暴れても抑えられるから、隣の部屋に配置したのね。


「ちなみに、胡桃ちゃんの部屋の反対側は、ブレスの部屋」

「わ、ドラゴンとエルフで完璧な布陣」

「だって、住人が殺されたなんて殺人事件は困るからね」


 後ろからの声に振り返ると、ユルグとは逆隣のベランダでブレスが手を振っている。


「ドラゴンとエルフで固めて警戒してまで、どうして部屋を貸したのよ?」

「いや、だって。悪魔なんだよ。素行悪いし。他の大家に任せたら、どうなることか。大切な大家さんが喰われたら、不動産屋『ちるなのぐ』の信用に関わるじゃない」

「なるほど」

「だいたい区役所が悪いんだよ。あんなに暴れる奴の転生届け受理しちゃうなんて」

「いや……仕方ないじゃないか。届け出の書類に不備はなかったんだから」

「そういうのを、お役所仕事って言うんだよ。もうちょっと臨機応変に……」

「書類に不備がない者を通さないのは、規約違反になるし……」


 私の頭ごしに揉めないでほしい。

 結果、事故物件に住んでいるのは、私なんだし。


「ところで、胡桃ちゃんは何しているの? ユルグとデート中だった?」

「で? で?」


 にこやかに何を言い出すんだ。このエルフ様は!

 え、デートって。は?


「違いますよ」


 ユルグ、そんな即答されると、ちょっと寂しい。もうちょっと照れてみてみ?


「そう、違うのよ。これ、ホルンが鳴らなくって!」


 私は、ホルンをベランダ越しにブレスに渡す。


「ああ、図書館の」

「そう! アンバー館長に練習するようにって言われたんだけれども、全く鳴らなくって! 壊れているのかと……」

「ふうん。壊れては見えないけれど。どう思う?」


 ポンと向こう側のユルグへ、ブレスがホルンを投げる。


「どうだろう……」


 ユルグがホルンをおもむろに口に持って行って、フッと息を吹いてみる。


 私の言うことは全く聞かなかったホルンから、鮮やかな音色が溢れ始める。

 猫館長のアンバーの奏でていた音色とは違う、自由でのびやかな調べが、周囲に広がる。


「すごい」


 私は素直に拍手して、ユルグの演奏に賛美を送る。


「あ〜、まずいかも」


 ブレスが顔を覆っている。


「どうしよう」


 ユルグも焦っている。

 え、何? 何がまずいの?


「やっぱ来ちゃったよ」

「だね」


 ブレスとユルグが見つめる先には、鳥の群れらしき影が見える。

 影は、一直線にこちらへと向かっているようだ。


「本だよ」


 ユルグの一言で、私も事態を理解した。

 本だ。


 魔力の高い元魔王のドラゴンが吹けば、図書館の本は、こんなに距離があっても反応してしまったようだ。


 バサバサと本の羽ばたく音が聞こえる。

 数分後、シェアハウスには図書館中の本があふれ返り、当然のことながら、私とユルグとブレスは、図書館館長のアンバーに叱られた。


 

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