第10話 お仕事探さなきゃ

「ふうん。良かったじゃないか。ユルグと仲良くなれて」

「仲良く……なれたのでしょうか?」

「大丈夫だよ。そんなに話してくれたのなら」


 私は、区役所を出た後、エルフのブレスが営む不動産屋『ちるなのぐ』へと向かった。昨日は、身分証明書がなかったので、シェアハウスの賃貸契約がまだ後回しだったのだ。

当然のことながら、ドラゴンが飛行して通勤しなければならない遠方にある区役所から、シェアハウスまで歩いて行ける距離の『ちるなのぐ』へ帰るには、バスや電車を利用しなければならないが、私は乗り方が分からない。迷子になるのを覚悟していたのだが、ユルグがドラゴンの姿になって送ってくれたので、迷わずにすんだのは助かった。

 仕事があるユルグは、私を送ってすぐに区役所へ帰ってしまった。


 私が、『ちるなのぐ』で、書類を書き終えたころには正午になっていたから、私は、ブレスに誘われて、一緒に近所のレストランにお昼を食べに来たのだ。

 

 私の目の前では、輝くサラサラの髪を後ろにまとめて、オイル系パスタをブレスが食べている。

 イワシとバジルと唐辛子にオリーブオイル、にんにく、それを塩コショウで味を整えて、細めのパスタに絡んでいる。

 アクセントに添えてあるトマトの赤が鮮やかで食欲をそそる。


 そして私も同じものを食べている。

 なぜ同じものかって? それは、これが本日のパスタで格段に安いから! だって無職なんだもの。お金は大切に使わなければ、無くなってしまうのだ。世知辛い!


 だが、これ、とても美味しい。

 イワシの癖のある風味は、ハーブやにんにくで整えられて、かえって独特の旨味になっている。小さく刻まれた唐辛子が、ピリリと辛く食欲を増加させる。

 お腹が満足すれば、会話もはずむ。

 

「あ……結構、転生者って多いんですか?」

「うん。そうだね、ここは特に、あのへっぽこ女神がどこに転生させるか迷った者を適当に放り込むことが多いし、割と多いかな。ほら、シェアハウスの住人は、僕以外は、皆どこか他の世界から転生した者ばかりだから」

「え、そうなんですか?」


 と……いうことは、ウサ耳男の娘のミュルルも、触手少女のラーラも、ユルグや私のように別の世界からこの世界へと転生してきたということか。

 あの子達も、それぞれ転生届に自分の目標を書いたということだろう。

 無事に生活出来ているということは、「世界征服」なんて物騒な目標は掲げていないのだろうが、どんな目標だったのかは、機会があれば聞いてみよう。


「あのシェアハウスは、転生してきたばかりの人が、ここの生活になじむまでに生活場所を提供するために建てた物なんだけれどね。ほら、住居を求めて彷徨う異世界人には、遭遇する確率は、職業柄多いしね」


 確かにブレスの言う通りだろう。

 私もその口出し。

 しかし、わりと守銭奴だと思っていたのだけれども、そんな彷徨える転生者を助けるだなんて、ブレスはとっても良い人なのかもしれない。


「転生したての人って、割と言い値で家賃払うし扱いやすいんだ」


 にこやかにブレスが笑う。

 ……前言撤回。やっぱりブレスは、まごうことなき守銭奴と認定して間違いないだろう。


「で、どうするの?」

「え?」

「仕事だよ。何をするの? これから探すんでしょ?」

「そうなんです。どうしましょう」


 そう、ランチの後は、職探しをしなければならないのだ。

 私は、ランチについていたコーヒーを飲みながら考える。


 魔法が使えるわけでも、空が飛べるわけでもない私が、この世界で出来る仕事って何かあるのだろうか?


「この辺りの昇天ならば、ある程度紹介できるけれども……何か希望は? えっと、ほら。特技とか」

「特にありません」

「こういうのがやりたいっていう希望とか」

「それも無いんです」


 正直に飾らない言葉だ。

 だって、無いのよ。本当に。

 うーん、とブレスが考え込む。


「あ……じゃあ、趣味は?」

「趣味?」

「そう。絵が好きなら、画廊。料理が好きなら、ここみたいなレストラン。動物が好きなら、トリミングのお店」

「そうですね……週末は、ゲームをするか、本を読むか……」


 完全なるインドア派だった私だ。

 このくらいしか、趣味はない。

 憧れの美麗悪役令嬢様にときめいて、あの堂々と自分の欲望をむき出しにする姿に感動していた。そういえば、追っていたシリーズ物の新刊は出たのだろうか。それだけが気がかりだ。


「本か! この先に図書館があるんだけれども、面接受けてみる? 紹介状書いてあげるよ」


 図書館? それは……魅力的かも。

 この世界にどんな本があるのかも気になるし。

 素敵な本があるならば、私も借りたい。


 ブレスは、『ちるなのぐ』に戻ると、早速図書館で面接してもらえるようにと紹介状を書いてくれた。


「じゃあ、僕から館長に電話しておくからね」

「ありがとうございます!」

「気にしないて! ちゃんと向こうから紹介料はもらうし、胡桃ちゃんの就職先が見つからないと、家賃が困るからね。ちゃんと働いて家賃を払ってくれれば、それでいいから!」


 良い感じで爽やかに笑うブレスだが、言っていることは、かなり世知辛い。

 この……守銭奴め

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る