第20話 魅惑のメニュー

 ちょうどお昼ご飯の時間。

 ニンフたちと餃子に食べに行く気にはなれなかったし、ミュルルの働くお店の料理には興味あったので、そのまま植物園内のカフェでランチをいただく。


 どんな料理があるのだろう。ウサギ獣人のミュルルだから、人参のケーキとか、人参のサラダとか、ウサギさんを感じさせるような可愛いメニューなのだろうかとワクワクして、私は待っていた。


「はい。どれにする?」


 ミュルルが渡してくれたのは、植物園らしいお花で彩られた可愛らしいメニュー表。まずは、ドリンクとして、ハーブティー、紅茶、珈琲、イチゴのスムージー……うわ、とっても美味しそう。現実の世界と変わらない気はするが、このニンフの柄のカップは、可愛らしいしファンタジー感あっていいんじゃない? なんて思っていたら、手書きで『粘液スープ』が、『十円』という破格のプライスで書き込まれている。


 ラーラがとってもワクワクして、私が『粘液スープ』を頼むのを待っている。だが、申し訳ない。私は、臆病者なの。

 『粘液スープ』を無視してページをめくれば、次に目に飛び込んできたのは、ランチメニュー。


 『モツ煮定食』『唐揚げラーメン』『焼きそばパン』……お花に囲まれた兎さんのカフェで出るには、ちょっとガッツリ系が過ぎない?


「何よ?」

「いや、なんかガッツリ肉系が多いなって思って」

「だって、お腹すくじゃない」


 見た目からして……高校生くらいの年頃のミュルル。

 とっても可愛らしいウサギ獣人だけれども、そうでした。ミュルルは、高校生男子の年齢だったんだ。

 元世界の高校生男子とは、朝ご飯を食べて、さらに途中でおにぎり、そして昼食を大きな弁当を平らげた上に、コンビニで買い食いして、夕食と夜食を食べる勢いのある年頃だった。まあ、元世界の弟なんだけれどもね。

 それと同じ年頃と考えれば、このメニューも仕方ないのかな……。


「このモツがね、すごいんですよ!」

「えっと、何のモツなの?」

「ふふっ! 聞いて驚け! アロマロカリスのモツだ!」


 あろまろかりす……。

 キョトンとする私。


「え、驚かないの?」

「え、驚くところなの?」


 私は、手持ちの女神スマートフォンで、『アロマロカリス』を検索してみる。

 すぐに出てきたその姿は、虫っぽい見た目。

 私の元世界では、古代に滅んだ生き物らしい。うん。古代生物っぽい見た目だし、そうかもしれない。


 で、この世界でもとっても珍しいのだけれども、この度、海洋調査で、アロマロカリスの群れが見つかり、養殖も可能になったのだそうだ。


 この生物……モツ、食べて良い生き物なんだ。

 美味しいのかな……。いや、でも、この虫っぽい見た目……。

 ぐにゃんぐにゃんと全身を曲げて泳ぐアロマロカリスの雄姿に、私は怯む。

 う……


「や、焼きそばパンと紅茶で!」


 蔑むならば、蔑めばいい。ここで面白メニューを頼む度胸は、私にはないのだ。

 ご当地のB級グルメに手を出すには、私の度量は小さすぎるのだ。


「ご一緒に『粘液スープ』は、いかがですか?」


 ニコリと微笑むラーラ。


「いらないから」


 私は、即答した。

 断れない女、私、胡桃は、ずいぶん断る経験を積んでいる気がする。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る