第21話 ラーラとミュルル
ミュルルが作って持って来てくれた焼きそばパンを私は食べる。
うん、焼きそばパン正解。すっごく普通の焼きそばパン! 安心の味だわ!
誰が何と言おうが、きっと、気になるメニュー『アロマロカリスのモツ煮』よりは美味しいはずなのだ。
紅茶をテーブルに置くミュルルの姿を見て、一つ気づく。
ストレートの真っ白なミュルルの髪、ピンク色のインナーカラーが入っている。
「あれ? ミュルル。髪色、インナーはピンク色だっけ?」
「やった! 気づいてくれた? これ、昨日入れたのよ!」
昨日……ミュルルが帰って来た時には、図書館の本を返すのに必死で、誰もそれどころではなかったのだ。
「皆、気付いてくれなかったんだもの。もっとしっかりした色入れた方が良かったかとちょっと後悔しちゃった!」
「ごめんなさい……」
髪の長さとか、カラーとか、細かいって思われるかもしれないけれど、本人にとっては結構な冒険なのだ。だから、周囲に気づいてもらったら、嬉しい。
「似合っているわよ。うん、可愛い!」
お世辞抜き。インナーだけカラーを入れたことで、全体にカラーを入れるよりもミュルルの雰囲気に馴染んでいる気がする。
「本当? ありがとう!」
嬉しそうなミュルル。可愛い!
「いいなぁ……ミュルル。そういうの出来て……」
自分の触手……たぶん、髪に当たる部分をいじりながら、ラーラがため息をつく。
「ラーラのは、触手だもんね。カラーは……ちょっと荒れちゃいそう……」
「そうなんです。それに、入れたとして、今のグリーンよりも可愛さより毒々しさが上回ってしまいそうでしょう?」
「毒毒しさ……?」
「そうなんです。何て言いましょうか……ベニテングダケ感?」
ベニテングダケ。えっと、赤地に白の水玉模様の入った傘を持つキノコだっけ。
確かに……ピンクの触手には、毒感がアップするかも……。
「そんなの気にしないで、どんどん自分のしたいオシャレをすれば良いのに」
「ミュルルさんは……可愛いから……」
ラーラがしょげる。
ミュルルの言うことは正論なのだろう。だけれども、私は、どちらかと言えば、ラーラの気持ちの方が分かる。
ラーラは、私からすれば、可愛い触手に見えるし、きっとミュルルからも。
「そんなの! ラーラだって可愛いし!」
ほら、机をバンと叩いて、ミュルルが怒っている。
でも、ミュルル。一度植え付けられたコンプレックスって、そう簡単に剥がれてくれないの。
私にだって、たくさんコンプレックスはあるもの。
足が大きいから可愛い靴が履けないとか、凹凸の少ない目鼻立ちとか。
「いい? 私だって、可愛い服着るのには、とっても努力しているの! 前世では、ゴリゴリの肉体派の家に育ったし、部族長だったから文句も言えなかったけれど、今回は、この世界では、気にしなくていいの。だから、こんな風に自分なりに『可愛い』を頑張っているの!」
ミュルル、そう言えば男の娘でしたね。てか、前世では、アスリート系の種族の部族長だったんだ。え……そのバージョンのミュルルも、ちょっと見てみたい。きっと、めちゃくちゃ格好良いだろう。
本人に言ったら怒りそうだけれども……
「それに、ラーラは、片想い中なんでしょ? だったら、もっと努力して……」
「きゃー! 待ってください! ミュルル! や、胡桃ちゃん、聞いちゃいました?」
ミュルルが、「あっ」と、自分の失態に気づいて口を押え、ラーラが慌てて触手をバタバタさせている。
ここは、正直に、言おう。
「はい。聞いてしまいました。片想い中だと」
キャ――――!
ラーラが絶叫する。
「乙女じゃのう!」
「園長まで聞いてしまいましたか!」
「ご、ごめん。ラーラ!」
ミュルルと二人だけの秘密だったのだろう。
「ううっ……どういたしましょう」
顔を覆ったラーラ。ずっとゴメンって言い続けるミュルル。
とりあえず、どうしようも無くって、焼きそばパンを食べ続ける私。
この騒ぎを、微笑みながら見守るホロウ園長。
「で、誰なの?」
ここまで聞いたら、最後まで聞きたいじゃない?
ラーラの片想いの相手。
私は、紅茶で焼きそばパンを流し込みながら、ラーラに聞いてみる。
誰だろう……、私の知っている人かな?
「笑いませんか?」
おずおずと、ラーラが聞いてくる。
「笑うわけないじゃない。だって、ラーラが好きなことを、どうして笑うのよ?」
「だって……たかが触手が分不相応だって……」
「よく分からないけれども、触手が誰かを好きになることが変だとは、思わないわ」
よっぽど深いトラウマがあるのだろうか?
こんなに可愛い触手なのに。誰だ、そんなトラウマ植え付けやがったのは。
「……ブレスさん……」
「は?」
え、あの守銭奴?
「ほら、おかしいって、今思いましたよね?」
「いや、違う。ただ、あの人、性格悪そうなのにって……」
恩義はある。異世界に転生してきて、とてもお世話になった。
ブレスが、シェアハウスを斡旋してくれなかったら、路頭に迷っていたと思うの。でも、お金ガッツリ取られるし、初日に奢らされたし。めっちゃ高かったし。
「分かる。お世話になったけれども、お金に厳しすぎるのよ!」
「そう! それ!」
ミュルルと意気投合して、私は、ミュルルと固い握手を交わす。
「そ、そんな! あの方の悪口はおっしゃらないで下さい!」
「いや……だって……」
あの笑顔、絶対、営業スマイルだし。時々、目が笑っていないし。
「あの方は、粘液スープの商品開発にも、親身になってくれたんです! 売れていないけれど……誰も見向きもしない粘液スープ、商品化に一番熱心に取り組んでくれたのは、ブレスさんなんです!」
それで、ラーラは恋に落ちたのね……。
あ、でもさ、あの粘液の商品化に、熱心に付き合ってくれたのならば、ブレスの方も、気が合ったりしない?
「ラーラ……。でも、それ、開発料、めちゃめちゃ請求されたじゃない……」
「うう……ミュルル……言わないで……」
どうやら、ブレスの方は、安定の金銭目的だったようだ。
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