第7話 区役所
私を乗せたユルグが降り立ったのは、レンガ造りの建物も前。
地面に着けば、ユルグはまた光に包まれて、人間の姿に変身する。
「あの……降りて」
「あ、ごめんなさい」
気づけば私は、人間の姿のユルグにおんぶされている状態だった。
おっと、そうだよね。
ドラゴンの姿だから気にしなかったけれども、人間になったら、こんな感じになるよね……。
「何というか、ドラゴンの姿の時は平気だけれど……この姿で密着されるのは、ちょっと……」
ユルグが照れている。
「そ、そうよね!」
ユルグに照れられちゃうと、私も照れるじゃない。ほら、私も一応女性だし。
私は慌ててユルグから降りて、ちょっと距離を取る。
「じゃあ、付いて来て」
おい、ユルグ! まだ照れている最中! そんなにすぐに素に戻らないでよ。
スタスタと歩き始めるユルグの後を、私は慌てて付いていく。
レンガ造りの建物の中は、それほど元の世界の役所と変わらない。
整理券を配る人がいて、待合の椅子があって、それぞれの部署ごとに細かくカウンターが別れている。『保育課』、『区民健康課』、『納税課』、『環境保全課』……。元の世界でも見慣れた名前もたくさんあるが、『調伏審査課』『転生登録課』など、異世界っぽい名前もチラホラ。
「ほら、ここ。座って」
ユルグに促されて座ったのは、『転生登録課』のカウンター。
ユルグは、私をカウンターに座らせると、奥に入っていく。「おはよう!」「よ!」なんて、他の職員に声をかけられているところをみると、ユルグはここの課に所属しているのだろう。
しばらく待っていると、ユルグが書類を二枚持って戻って来る。
「ほら、まずこの誓約書にサインして」
ユルグの持ってきた書類の一枚目には、『役所と交わす契約に嘘偽りのないことを誓う』と書かれいる。私は、特に気にすることもなく、カウンターにあったペンを使って誓約書にサインを入れる。
私がサインを入れると、すぐに書類全体が光って、すぐに光は消える。
「え、なんなの?」
「契約が成立したってこと。書類には、魔法がかけられていて、この誓約書にサインした者は、役所に提出する書類に嘘は書けなくなるんだ」
「へ、へえ……」
そういう大切なことは、早く言ってほしい。
まあ、役所へ提出する書類に嘘を書けるほどの人間であったならば、私はとっくの昔に『断れない女』を卒業して、悪女デビューしているだろう。
だから、大勢に影響はなさそうだが……。
ユルグが、さっさと一枚目を仕舞ってしまう。
「で、二枚目に、転生登録ね」
出された二枚目の書類には、名前、現在の住所、連絡先、転生前の生活など、色々な細かい項目がある。
「え、こんなに細かく分からないんだけれど」
「大丈夫。さっきの誓約書あったでしょ? さ、ペンを置いてみて」
ユルグに言われた通りに、ペンを書類に置いてみる。
フッと紙が明かるく光ったと思ったら、勝手にペンが動き出して、つらつらと私の覚えていないシェアハウスの住所まで書き始める。
こ、これは便利だ。
書類に嘘を書くつもりはなくっても、間違えてしまうことならある。
それを防いでくれるのら、それに越したことはない。
サラサラと私の持ったペンが勝手に紙の上を動きまわり、「転生の目標」という項目まで来る。
「え、待って! ちょっと!」
私が魔法の力に抗えるわけもなく、ペンは書き連ねる。『悪女になりたい』と。
「え、悪女?」
思わぬ私の「転生の目標」に、フフッとユルグが笑う。
「わ、笑い事ではないのよ! こっちは真剣なんだから!」
「いや、でもなぜ?」
「だって、私、とんでもなく『断れない女』だから……」
NOと日本人は言うのが苦手らしい。そして、その究極形態こそが、自分ではないかと思うくらいに、物事を断れない。
「まあ、昨日お鍋を奢らされていたのをみれば、多少は察せますが……」
「でしょう? 悪女ならば、そこは『御冗談を! ホホホホッ!』と、受け流せると思うのよね」
「な、なるほど」
私は、ユルグに理想の悪女像を熱く語る。
非難されても自分らしく立ち居振舞う、自らの主張を、どんなに逆風が嵐のように吹き荒れても貫き通す。
「強くたくましく美しい、素敵な悪女になれば、自由に人生を謳歌出来ると思うの!」
私の力説に、ユルグはチラリとこちらへ目を向けて、「そう……」と、だけ言って、それ以上の返答はなかった。
リアクション、薄い!
いや、私の趣味は変わっているとは思うけれども、こんなに薄いリアクションは、悲しいでしょうが。
「……はい……続き、書きますね……」
蚊の鳴くような 小さな声で、私は、書類の続きを書く。
「……悪女、成れるとよいですね」
「……はい……」
もう、心折れそうですけれども……。
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