第6話 区役所ってこんな風に行くものなの?

 次の朝、私はシェアハウスの前庭に所定の時間より五分早く立って、ブレスとユルグを待つ。

 我ながら……悪女になれない自分に腹が立つ!

 五分前集合する悪女なんて、どこの世界にも存在しないのだ。

 悪女になるならば、三十分……いや、それはやり過ぎか、せめて十五分くらいは遅れて来て、「待たせたわね。ホホホ!」と、笑って見せるくらいでないと駄目なのよ。


 異世界に来てまで善人やるとか、その末路は、またエナドリ飲んで寂しいエンディングを迎える道しかないんだぞ、私。(泣)

 思い出せ、友達に「私もあの人が好きなの! 抜け駆けしないでね!」って言われて、思いっきり抜け駆けされた高校一年生の初恋の時を! 

 思い出せ、試験の前に「国語得意だよね? ちょっとピンチなんだ!」って、同級生に言われて散々教えたら、そいつだけ合格した悲しい受験勉強を!

 もう同じ轍を踏まない。

 私は、今度こそ、悪女になって人生を謳歌するのだ。


「やあ! 早いね!」


 爽やかなエルフスマイルで、ブレスが時間ピッタリにあらわれる。

 スタンドカラーのシャツにジャケットを軽く羽織って、カジュアルだけれども崩し過ぎないスタイルが、美しい。


「おはよう」


 ペコリと頭を下げるユルグは、昨日と同じネクタイまで締めたスーツ姿。

 ユルグの表情は、俯いているから、よく分からない。


「おはようございます! 本日はよろしくお願いいたします」


 悪女になりたいくせに、挨拶はしなければ気持ち悪い私は、しっかりと頭を下げて二人に会釈する。


「僕は、昨日と同じで、不動産屋さんに出勤するから、何かあったら連絡してよ」


 そうか。ブレスは、自分の店に出勤するのね。


「では、行きましょうか」


 そう言ったユルグの体が、キラキラと輝きだす。銀の鱗がユルグの体を覆い、大きく翼が広がる。


 光が収まった時には、一匹の竜が、シェアハウスの前庭に座っていた。


「はい、乗って! ちゃんとしがみついてないと落ちるからね!」


 ブレスがそう言って、私がユルグの背に乗るのを手伝ってくれる。

 馬に乗るような感じで、ユルグの首にしがみつけは、「では!」と言って、ユルグが天に舞い上がる。


「はい、いってらっしゃい!」


 にこやかにブレスが私達に手を振る。


「わ、わわわわ!」


 え、何? 怖い。 怖いんだけれど!

 グングン家々が小さくなって、ユルグが「ギャー!」と、咆哮を放つ。

 それ、要る? 咆哮されたら、よけいに怖いんですけれども!


 ユルグが太陽の昇る方向に首を向けて飛行を始める。


「手加減はするから、しっかり捕まっていてね」

「は、はい!」


 ユルグは手加減してくれているっていうけれども、怖くて、私はギュッと力を込めてしがみつく。

 怖がっている私に「フフフッ」と、ユルグの小さな笑い声が聞こえてくる。


「怖いですか?」

「は、初めて飛ぶんですから、怖いのは当たり前です!」

「それなら、一緒に行くって言わなければいいのに」

「だって、まさかこんな感じとは思わなかったですから」


 今度は、「ははっ!」とさきほどよりも大きな声でユルグが笑う。


「まあ、楽しんで。せっかく飛んでいるんだから」


 ユルグの言う通りだ。

 夢にまでみた異世界。まあ、こんなに世知辛いバージョンの異世界に飛ばされてしまったのは悲しいが、それでも異世界なのだ。

 その異世界で、銀色のドラゴンの背に乗って飛んでいるのだ。楽しまなければ、これは損というものだろう。


 私は、ゆっくりと上体をあげて、周囲を見てみる。


 キラキラと輝く朝日が前に浮かび、雲が私達に並走している。

 眼下の建物は小さくなって、遠くには海が波を輝かせている。


「すごい……」


 私の口から、素直な感動が漏れる。


「そうでしょう? こうして見ると、そんなに悪くない世界だよ」


 ユルグはそういうと、楽しそうに笑った。


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