第15話 バスに乗る

 あまり活用されていない女神スマートフォンを使って植物園の場所を調べれば、バスに乗って五分とある。

 バス停は、この図書館の前にあるらしいが、どうやって乗るのだろう。

 『バス』『乗り方』なんて検索をして見ると、動画が見つかる。

 再生回数は、『五』。ナニコレ、全く人気ないじゃない。この動画。


 動画の信ぴょう性に一抹の不安を覚えつつ、再生してみる。


『はぁ~い♡ みんなのアイドル! 女神ちゃんだよぉ~♡』


 私をこの世界に転生させた女神が、Vチューバ―っぽい雰囲気で出てくる。


『元気してたかなぁ? みんなの信じる心が、女神ちゃんの好物なの! この動画を観て、信仰が深まったら、ぜひイイネして、チャンネル登録してね!』

「誰がするかよ! この適当女神め!」


 私の悪態を録画動画の女神が聞くわけもなく、いや、相手は女神だから面と向かってそんな事は言えないんだけれど。


 女神は私のイライラとは関係なく、歌を披露し始める。

『海で出会った人に恋をした私は人魚、あなたには捕まらないの。恋の網をするりと抜けて、あなたの心を狙い撃ち!』


 待って、するりと聞き流してしまいそうだったけれどもさ、状況が全く理解できない歌なんだけれども。

 恋をした人魚という大前提はどこいった。恋しい人には、捕まりに行こうよ。どうしてそこで逃げるの? え、まさか……あなたとは、海で出会った人とは別人なのか? なんで『恋の網』とやらをするりと抜けたの? 恋しい人の投げた網ならば、むしろ積極的に捕まりいくものじゃないの? もはや、最後のフレーズである、あなたの心を狙い撃ちは、心が『心臓』では、ないかという気すらしてくる。

 ゴルゴ並みの名スナイパー人魚、コードネームは『恋する人魚』が、波間に潜んで、ターゲットを狙う図すら浮かんでくる。うん、こちらの方が、意味が通る気がする。


 てか、バスの乗り方のは、全然伝わらないのだけれど。

 この歌詞が実は暗号だったりするの?


『さあ! みんな! ここからバスの乗り方だよぉ!』


 いや、歌、関係ないの?

 飛ばせば良かった。取り立てて上手ではない、謎の創作ソングを散々、五分ほど聞かされたのだ。

 ただバスに乗りたかっただけなのに。

 スマートフォンを叩き落としそうになったわよ。


 今度から、歌は飛ばそう。

 

『バスは、バス停の時刻表通りにくるから、そこで乗って、スマートフォンのアプリで料金を払って乗ってね! 行き先は、乗る時に言うのよ!』


 それだけ言って、動画はブツンと切れた。

 本編三秒くらいだったんだけれども。


 そりゃ、動画再生回数は、五回でしょ。

 うん。五回も再生されている方が、奇跡よ。私が再生したから、再生回数は六回になったけれども。


 バス停に言って、私は、バスを待つ。

 そう言えば、バスってどんななんだろう。

 先ほどの動画では、何も言っていなかった。


「出来れば、猫バスとか、空飛ぶバスとか、メルヘンな異世界感あふれるバスがいいなぁ」


 私は、期待に胸を膨らませて、わくわくする。

 だが、来たのは、小さなワゴン車だった。『区営バス』と、黒いペンキで書かれた、コミュニティバスには、『仲良しふれあい号』と、田舎の区営バスにありがちな名前が書かれている。


「乗るの?」


 がっかりして思考が停止する私に、運転手のロバ獣人が声をかけてくる。


「あ、はい! 乗ります。植物園まで!」


 先ほどの動画で学習した通り、私は乗る時に行き先を告げる。


「はい、アプリ出してね」


 運転手が私のスマートフォンに、小さな機械を押し付ける。

 ピッ! 小さな音がした。これで、もうバスに乗れるらしい。


 ごく普通のバス、ごく普通の座席、ただ一つ違ったのは、運転手がロバ獣人だったことだけでした。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る