第14話 休館になりました

 騒ぎの次の日に出勤すれば、アンバー館長に「臨時休館です」と不機嫌に言い渡された。

 うん、ごめん。すみません。申し訳ございません。

 そうですよね……こんな状態で開館なんてできるわけがない。


 ユルグとブレスも手伝って、何とか蔵書達は皆、図書館へ戻したものの、書庫の整理はアンバー館長しか出来る者がいない。

 このウズ高く積み上がった蔵書達を元の棚へ正確に戻せるのは、アンバー館長だけなのだ。


「手、手の届く場所は、私も整理を……」


 こうなったのは、私の責任だ。

 ホルンは吹けないから手の届く棚しか出来ないが、どこにしまうのかを教えてもらえれば、手伝えるはずだ。


 ジロリと私をアンバー館長が睨む。


「まあ……仕事を覚えてもらう上で、必要か……」


 説明が面倒だと思ったのだろう。

 一瞬、間があった。

 そりゃ、そうよね。めちゃくちゃ忙しい時に仕事が分からない新人を投入されたところで、何も助けにはならないもの。

 どちらかというと、その新人を教育するのに手間がかかって、余計に時間がかかるのよ。全く別の部署の人間を、繁忙期に連れて来て「人員を確保した」と、ドヤ顔していた元世界の部長の顔が目に浮かんで胃が痛くなる。


「じゃあ、絵本から……この背表紙に貼られたラベルを見て、その二段文字で、本の分類をしていて、上の数字が……」


 私はメモしながらアンバー館長の話を聞く。

 どうやら、基本的な分類方法は、元世界の図書館と方法は変わらないようだ。だが、この世界独特の分類なんかもあって、数字の意味が少し違ったりと、ちょこちょこと覚えることがある。


 まあ、そうよね。元世界の図書館には、『魔法』も『幻獣学』も無かったし。

 これは、ラベルの意味を正しく覚えないと仕事ははかどらないだろう。


 あらかたの説明をきいた後、アンバー館長が「では、質問があればすぐに聞きに来てね」と、話を締めて作業に向かった後、私は、腕まくりする。

 ここで汚名挽回しなければ、私の職場ライフは明るくない。

 脳内の理想の悪役令嬢様は、「あら、このような汚れ仕事、わたくしにやれとでも?」なんて、ホホホと笑っているが、今はそれどころではないのだ。


 私は、ラベルに注意しながら、絵本を台車に載せて本棚まで運ぶ。

 早速、アンバー館長のホルンの音が響きだして、私の頭上を、数々の本が飛び交い始める。

 つい見惚れてしまう光景。

 次々とはばたき始めた本が、本棚に収まっていく様は、ホルンの音に合わせて本がダンスしているようにも見えた。


 いかんいかん。つい魅入ってしまった。


 さ、仕事仕事。

 私は、絵本を手に取って、本棚へしまう。

 可愛らしい獣人や魔女が踊る絵本は、小さな子どもでも読みやすいように、大きな字で書かれている。

 熊が料理して、パンケーキを食べている絵本では、美味しそうにトロリとバターが垂れて、見ている私のお腹が鳴ってしまいそうだ。

 

 楽しそうな絵本に読みふけってしまいそうになるのを我慢しながら、何度も台車で往復して、絵本コーナーの本は、八割がた整理できたように思う。


 ユルグに似ているような気がしてつい途中で開いてしまったドラゴンの絵本に、前髪を焼かれそうになったのは、まあ、小さな失敗としておこう。


「なかなか良い調子だね」


 様子を見に来たアンバー館長にも褒められた。

 普通の上司に褒められるより、猫型上司の褒められるのって、数倍は嬉しい。

 えへへ。


「ほら、じゃあ次は児童書と、図鑑もお願いしようか」

「は、はい!」


 アンバー館長の肉球お手々が指す方に私は移動して、先ほどと同じように整理を始める。


 ……図書館の仕事って、本当に重労働が多い。


 本て、束になると本当に重い。だから、整理しようと上げ下げすれば、腕がミシミシと悲鳴を上げる。


 ホルンを早く覚えなきゃ、体壊しそう。

 私の何倍もの速さて本を整理していくアンバー館長。

 どんなに重い本でも、あのホルンの音色で翼が生えて、高い本棚まで飛んで行く。


「あ……そうだ。配達があったんだ」

「あ、それ! 私行きます!」


 何でも良いから、一旦本の整理作業から離れたかった私は、立候補する。


「まあ、同じシェアハウスにお住いのミュルルさんとラーラさんがいる植物園だから……丁度良いかもしれないね」


 ラーラとミュルルの職場? それは見たい!

 アンバー館長は、紙袋に大切そうに一冊の本を入れると、私に手渡した。


「植物園の館長が予約していた植物学の本。返却は一週間後と伝えて」

「はい」

「それと、もう今日はそれを届ければ帰っていいから」

「え?」


 やっぱり、無能認定されてしまったのだろうか。

 ホルン吹けないし。


「頑張ってくれたから、後は明日。別に無理する必要もないよ」


 どうやら、頑張りを認めてくれたらしい。

 ホワイトだ。この職場、ホワイトだ!

 ブラック企業しか務めたとこがなかった私は、大いに感激した。


 


 



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