第56話 遅刻です

 アンバー館長は、当然お怒り。

 私は当然平謝りに謝罪した。


 謝罪の後は、とにかく一生懸命にお仕事いたしました。

 本を整理し、新刊の紹介文を作り、返ってきた本を確認して棚に戻して。

 

 私のような下っ端職員でもこれだけ仕事があるのだから、アンバー館長にいたってはどれほどの激務なのかは、想像していただければ、たぶんハズレではない。

 魔法を駆使して作業しなければ、とてもこなせないだろう。

 そんな中、忙しいのを分かっているのに遅刻、申し訳なさすぎる。


 せめて挽回しないとと焦れば焦るほど空回りするのは、お仕事あるあるだろう。


「ちょっと! 言われた棚を探したんだけれど、なかったんだけど!」


 利用者からクレームが来る。

 先ほど私がご案内した利用者だ。


「え、そんなはずは……」


 検索依頼された本『猫は可愛く料理する』。猫獣人が料理教室の先生をするレシピ本だ。

 私が検索した本『猫を可愛く料理する』。悪徳猫獣人を追い詰めるサスペンス小説らしい。ま、紛らわしい!


 調べ直して血の気が引く。似たような名前の本と間違えて、検索してしまったようだ。

 いや、やめて。同じような名前つけるの。

 いやいや、私が悪い。完全に検索間違いだもの。


「す、すぐお持ちいたします!」


 私は慌てて本を取りに向かう。ええっと、料理本、猫……。あった。

 でも、背の届かない高い場所にある。脚立は……近くにある脚立は、閲覧者が使用中のようだ。

 こういう場合、いつもならばアンバー館長にホルンを吹いてもらうように頼むのだけれど、どうしよう。今日は怒らせてしまってたから、頼み難い。


 ホルン……できるかな。練習は続けているけれども、業務でホルンは使ったことがない。

 私は、自分のホルンを手に取って、ドキドキしながら息を吹きかける。

 

 フヒョロロロ……


 私の吹くホルンから不安定な音が鳴り、目当ての本がコトコトと振動する。少しずつずれて、本は、背表紙に生やした翼を広げて……。


 飛んだ。


 ヨタヨタ、ヨロヨロ、上にいったり下に落ちたり、右に揺れたり、左に曲がったり。が、がんばれ! 『猫は可愛く料理する』! お前なら、飛べる!

 

 ゆっくりと降下した本は、私の手の上に着陸する。


「で、できた……」


 ユルグに吹いてもらって大騒動を巻き起こし、モーガン師匠に教えてもらって練習して、ついに、魔法のホルンで本を一冊手に取ることができた。


「すごいじゃないですか!」


 アンバー館長が、肉球お手々でポフポフと拍手を送ってくれる。

 そのお手々に挟まれたい……。

 じゃなくって、褒めてくれているんだ。


「ありがとうございます!」


 そうそう。ちゃんとお礼を言わなきゃいけない。

 いかにアンバー館長がモフモフの猫獣人だからと言って、セクハラは良くない。


「ほら、早く利用者さんに届けないと!」

「はい!」


 そうなのだ。初めて引き寄せられたとか、そんなこちらの事情は、利用者には関係ないのだ。待たせているのだから、早く届けないと。


 カウンターで待っていた利用者に遅くなってしまったことを詫びて本を渡せば、許してもらえた。

  

 本を取りに行っていた間に、カウンターには、利用者の列が出来ている。


「お待たせいたしました」


 頭を下げて、業務を再開する。

 アンバー館長の機嫌も直ったし、この日は、業務はスムーズに終わった。


 魔法のホルン……使えるようになった。

 これって、私には、すごく嬉しい出来事。


 ユルグにその喜びをメールすれば、『よかった。お祝いしなきゃ!』と返してくれる。こういう返答、すごく心があたたかくなる。



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