第18話 お花の中にはニンフが住んでいるの

 植物園の中を歩くのは、とても楽しい。

 植物の育成のためなのだろうが、いたるところに小川が流れていて、サラサラと穏やかな音を立てて耳を癒してくれるし。可愛いお花は、道を彩り目を楽しませてくれる。


 赤い花の中から淡い光を纏って現れたのは、ニンフだろうか。

 蝶々のような羽を広げて、こちらに手を振ってくれる。


「あら、おはようございます」


 ラーラがニンフに挨拶すれば、


「ラーラさん! また餃子食べに行こうよ!」


 なんて、ニンフが返す。

 餃子? え、ニンフって餃子食べるの? 解釈違いなんだけれども。

 いい加減、私の方が慣れるべきなのは分かっている。

 この異世界は、私が焦がれ愛し憧れていた、正統派異世界とはまるで違う、ちょいちょい元世界の匂い漂う世知辛い異世界なのだ。

 いや、助かるのよ。

 言語は日本語、社会の仕組みも割と馴染みやすい。電気水道ガス完備な上に、魔法まである世界、ある意味理想的だとは思う。お風呂も入れるし、食べ物も美味しいし、トイレも使いやすい。

 だが、圧倒的に夢がない。

 時々、心くじけそうになるくらいには、世知辛い!

 ニンフさんにおかれましては、ぜひ、花の蜜と、琥珀色した樹液を中心とした食生活を送っていただき、ニンフらしさを保っていただきたい。

 もちろん、そんなのただの私の我儘だけれども。


「ええ、餃子いいですね! あ、ご存知でした? あの店のレバニラ炒め、隠しトッピングで、もやし倍盛りができるんです!」

「わ、やってみたい!」


 ニンフが……レバニラのもやし倍盛り……。いや、美味しそうだけれども。てか、その小さな体で、完食できるの? ニンフさん。


 あまりの解釈違いに、その場に無言で崩れる私に、ラーラが気づく。


「あら、どうなさいました? 胡桃ちゃん」

「ううん。なんでもないの、ちょっと立ち眩み」

「まあ! イケませんわ! お身体は大事になさらないと! 後で、粘液を……」

「ううん。本っ当に大丈夫だから。バリバリ元気だから、粘液はいらないの!」


 いかん。ラーラさんの前に挫ければ、粘液を勧められてしまう。

 とっても親切なラーラさんだから、心の底から心配して勧めてくれているのが分かる。

 断わりづらい。そもそも、断われない性格だったから、仕事を押し付けられまくって、挙句にエナドリ飲みながら残業中に逝くという、悲しい終わり方をしたのだ。

 そんな断れない性格の私だから、いつ断り切れなくって、粘液を飲むことになってもおかしくない。

 頑張れ、私。

 目指す悪女様なら、「けっこうよ。私、グルメなの。口に入れる物は、吟味しているのよ」なんて、ホホホと笑って一蹴するはずだ。

 いや、ハードル高いな。

 だって、ラーラはこんなに真剣に私の体を案じてくれているのよ。

 そんな断り方……ちらりとラーラの方をみると、ニコリと笑って「どうなさいました?」と、小首を傾げる。

 可愛い。なんて可愛い触手なんだろう。

 餃子とレバニラ炒めもやし倍盛りを食べるニンフの百倍は可愛い。


 とにかく、ラーラの前で体調不良にだけはならないように気をつけよう。

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