第23話 クーポンもらいました

 この世界に来て、初めての残業を終えて、私はシェアハウスに帰る。

 悪女として、自由気ままに過ごす人生を目指す私にとって、残業は不本意だが、アンバー館長とは、ずいぶん仲良くなれた気がする。

 これは、良かったと言っていいだろう。


 リビングで、異世界コンビニで買った弁当を食べていると、お風呂からあがったばかりなのか、ふわふわタオル地のラフな姿のミュルルが、耳をタオルで拭きながらリビングに入ってくる。


 元世界のウサギさんが、耳を掃除する様は、髪を整える乙女のようだと可愛らしくて人気だったが、この世界の獣ウサギさんのこのポーズも、とってもあざと可愛い。


「胡桃ちゃん、待ってて!」


 ミュルルが私の顔を見て、慌てて自分の部屋に戻って、何かを持って帰ってくる。


「これ、昼間言ってたサロンのクーポン! 初回限定で少しだけ値引きしてくれるのと、今僕が使っているシャンプーとトリートメントの試供品がもらえるんだ」

「え、嬉しい! ありがとう!」


 ミュルルに渡されたのは、一枚のチケット。値引き、ありがたい! すっごく貴重!


 それに、ミュルルの髪はサラサラで良い香りがするし、同じシャンプーとトリートメント剤をもらえるなんて、楽しみだ。

 この私の、長い社畜生活の間に傷みまくった髪が、少しはマシになるだろうか?


「早速予約して、今度のお休みに行ってみようかな」

「あ、じゃあさ、ラーラも誘ってみんなでショッピング行かない? 胡桃ちゃん、まだ洋服も家具も揃いきっていないでしょ?」

「本当に? 良いの? めちゃ嬉しい!」


 ミュルルの言う通りだ。

 この世界に来て、着の身着のまま仕事で着ていた服と、エルフのブレスに分けてもらった服、後はコンビニで買える下着と簡単なシャツくらいしか洋服はもっていない。


 はっきり言って枯渇していたのだ。

 だけれども、どこで買えば良いのか分からないし、女神スマートフォンのイマイチ過ぎるチュートリアル動画は出来るだけ見たくない。

 ミュルルやラーラに一緒に来てもらえれば、すごく助かる。


「じゃあ、まずサロンの予約を午前中にして……駅前の『忠犬ゴブリン』前で待ち合わせ」


 あったな。そんな像。

 あれ、やっぱり待ち合わせスポットなんだ。まぁ、あんな個性の強い像は他にはないだろうし、待ち合わせには持ってこいなのだろうけれど……出来れば私は、可愛いハチ公の前で待ち合わせしたい。


「何系の服がいいかなぁ。胡桃ちゃん、どんなのが好き?」

「やっぱり……無難な感じ?」

「ええっそれじゃあ、つまんない。胡桃ちゃん、似合う服いっぱいあるのに! でも、まぁそうよね。普段着まわせる服って大事だよね」

「そうそう。洗濯しなきゃだし、動きやすいのが扱いやすいし」

「オッケー、じゃあシンプルな服を多い目に扱っているところは外せないね。後は、どこ優先したい?」

「そんな、私の行きたいところばかりで良いの? ラーラとミュルルは?」

「それはまた今度行こうよ。今回は、胡桃ちゃんの生活に必要なもの優先!」


 サラッと、今回だけでなく今後も一緒に出掛けてくれることを言ってもらえるのって嬉しい。友達になれたんだという気がしてくる。

 

「じゃあ、週末楽しみにしているね! ラーラには、僕から声かけておくから!」


 ひらひらと手を振って、ウサ耳男の娘ミュルルは、部屋に戻っていった。

 週末、楽しみだな……。

 異世界転生できて良かったかも。

 たとえこの世界が、割引クーポンが嬉しくなるくらいに世知辛くとも!

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