世知辛くっても異世界ですから
ねこ沢ふたよ@書籍発売中
第1話 悪女になろうと思ったのに
親切過ぎて損をするタイプ。
そういう性格に心当たりはないだろうか?
断るのが苦手で、困っている人がいれば、つい手を出してしまう。
わたくし、そういうタイプでしたの。ええ、前世では!
そして、絵に描いたように、仕事を押し付けられ過ぎて、最後は会社で深夜残業中に倒れての過労死。最後の晩餐は、栄養ドリンクという、それはそれは悲惨な末路でございました。
で す か ら!
わたくし、運よくこうやって前世の記憶を持って転生することが出来ましたので、今後は悪女として生きていこうと思いますのであしからず!
ほほほほほ!
と、華麗に始まるはずだった私の異世界転生物語。最初から計画は完全に狂いました。
過労死して、薄ぼんやりと天秤の前に座る女神様と何か話したのは覚えている。美人だった……。
ちゃんと、希望は伝えたのよ。できれば悪役令嬢ってやつになってやりたい放題してみたいって……。
なのに……。
目覚めたのは、東京みあふれる大きな駅前のベンチでした。
て……待って、普通は、転生先って、こう……異世界みのあるナーロッパとかじゃないの? どうして普通のビル街に放り出されているのよ、私! え、ハチ公の代わりにゴブリンが座っているんだけれど。
忠犬ゴブリン?
何よそれ! 意味わかんない!
混乱する私に手にあったのは、スマホだった。いつの間にやら持っていたし、これが、世にいう女神様の転生特典ってやつよね?
え、これが、私のチートアイテム的な物? 普通過ぎにない?
ピロピロとスマホが鳴って見てみれば、女神様から返信不可の業務メールが来ている。
「山下胡桃様 ごっめーん! 今、ナーロッパは定員オーバーなの。優先順位からして、貴方は五十六億年七千万年後になっちゃうから、待つのもなんだし、そこで我慢してね☆ 女神」
一方的に言われましても! 返信させてよ!
五十六億七千万年待ったら、弥勒菩薩来ちゃうから! え、まさかあの人も、転生の順番待ちの人? 弥勒菩薩の座って頬杖ついている感じの仏像って、あれ、順番待ちの人の姿ってこと? 早くしてくんないかなぁって、イライラしながら待っている感じの像だったの? それを素敵って拝んでいた感じ?
こんなところで、知りたくなかった真実に気づいてしまった。
て、どうしよう……。
せっかく悪女になろうって心に決めたのに、この現代日本感半端ない異世界にどうしたらよいのか……。
スマホ……。そうか、これで検索すれば、どうしたら良いかわかるかも?
「どうせなら、ナーロッパで、伯爵令嬢とかエルフとかそういうのに生まれ変わりたかったなぁ……」
なんて、ぼやきながら、私はスマホをいじる。
夢だったのだ。小説や漫画みたいに転生できるなんて。とっても嬉しかった。これで、今までの人生が報われた気分だった。
なのに、微妙におかしい現代日本風の異世界ってどうよ……。
悪女になるとしても、何だか微妙じゃない?
まあ、忠犬ゴブリンって書いてあるってことは、このあからさまに東京っぽい場所に、エルフだったり魔法使いだったりが生息しているってことなんだろうか。
冷静に考えれば、忠犬ゴブリンって、なんだよ。ゴブリン差別? え、そんなのはダメじゃない? って思うのだけれど、それは……ね、今はツッコミを入れるのも、疲れるから。
スマホを見よう、スマホ。
私の指紋認証で画面が開き、アプリがいくつか入っている。
お財布機能を確認して見れば、女神名義の振り込みで、私の年収分の金額が入金されている。
これは……有難い! いや、年収分てところが、妙に世知辛いが、一銭も持たないで放り出されるよりよっぽど有難い!
えっと、でも……どうしよう。
住むところ……いきなり野宿は辛い。ホテルかどこかに泊まろうか……。
検索してみれば、ホテルは、とても泊まれそうもない高級な部類から、数千円で泊れる安い所まである。
あ、待って、この世界でも不動産屋さんがちゃんとあるんじゃない。
そこでまず、安いアパートか何かを探して、仕事も……職安とかあるかな。
そこまで考えて、私は、自分の世知辛さにもんどりうつ。
だからさ、私! なんでこう、普段通りなのっ! 職安行っている場合じゃないでしょ! 一応。こんな世知辛くっても転生なのよ!
やっぱり……五十六億七千万年待った方が良かったのかしら……。
弥勒菩薩みたいに。
疲れた私は、つい、『忠犬ゴブリンとは』という看板が目に入った。
前世からの活字中毒気味の私は、うっかりいつもの癖で読んでしまったのだ。
『放置プレイで待ち続けたゴブリン。一週間、ここで同じ姿で女王様を待ち続けた。既に他の犬を見つけて浮気した、くるはずもない女王様を待ち続けた姿。その姿を銅像にしました。いや、そうしないと、どいてくれなかったし、ゴブリンさん』
えっと……。
私が、チートの攻撃能力を持っていたら、きっと、一瞬で粉々にしていた♪
謝れよ! 可愛く健気な忠犬のハチ公様に! あの子は、亡くなったご主人様を、ずっと待っていた健気な子なんだぞ!
なんだこの世界は! ずいぶんイカレてお気楽だなあ!
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