第02話 退屈な魔王

「スラ助、五番テーブルに豚の丸焼き!」


「了解ですッ!」


「おいスラ助、皿が溜まってんぞ! さっさと洗いやがれ!」


「すみません、あとでやります!」


 厨房の怒号を受けながら皿を持ち、僕は祭り会場の『玉座の間』に入る。

 普段はおごそかな雰囲気が漂っている玉座の間だが、いまは酒の匂いが充満する陽気な宴会場へと変わり果てていた。


「おい、酒が足りねえぞ! ツマミもじゃんじゃん持って来い! もぐもぐ……」


「あッ!? お前、ポークの豚の丸焼きを横取りするんじゃないブヒ! その骨についた肉をしゃぶり尽くして、最後に骨ごと噛み砕くのがポークの最高の楽しみなんブヒよ!?」


「そんなん知るか、ツマミがなくなったんだから仕方ねえだろ! てか、豚が豚を食ってんじゃねえよ、共食いかっつーの! 一人称まで『ポーク』とか気色悪いことこの上ねえ!」


「お、オークキングであるこのポークを侮辱したブヒね!? 許さないブヒ! オークキングの名誉と特攻隊長の誇りに賭けて、一気飲み対決で勝負ブヒよ!」


「上等だこら! 吐いたツバ飲むなよ豚野郎ッ!!」

 

 そうした客同士の言い争いをBGMに、僕は目的のテーブル目指して走る。

 祭り開始一時間でこの有様だ。テーブルが空く暇もない。この様子だと、椅子に座って休めるのはおそらく深夜三時すぎになるだろう。死にたい。


 ちなみに。スラ助という僕の名前は、両親がつけたものではない。魔王城の誰とも知らない魔族モンスターが呼び始めた名前だ。スライム剣士だから、スラ助。『助』がどこから来たのかは知らない。気付いたらそんなダサい名前が定着していた。死にたい。


 ああ、ダメだ。地獄の到来でネガティブになってるのか、死にたい、が口癖になってきてる。

 せめて、気持ちだけでもポジティブにしないと。


「豚の丸焼き、お待ちッ!!」

 

 なかばヤケクソで五番テーブルに品を置き、駆け足で厨房に戻る。

 と。その途中。


「プルル……」


 玉座の間の入り口付近。柱の影から申し訳なさそうな瞳でこちらを見つめる、ブラっちの姿が視界に入った。


 スライム剣士とは、僕のような『魔人剣士』がスライムの上にまたがり、人馬一体の連携をもって戦う、騎乗型モンスターの名称だ。

 なので。スライム剣士らしくブラっちに乗れば移動スピードも速くなるのだが、ブラっちの基本的な移動手段はジャンプなので配膳には向いていない。また、ブラっち自身に手足はないので、料理を運ぶこともできない。

 結果。ああして申し訳なさそうに、相棒ぼくの働きぶりを眺めることしかできないのだ。過去四回の地獄のときも、ブラっちは同じように僕を影から見守ってくれていた。


 別に気にしなくてもいいのにね。

 いや、今回に至っては僕のせいでもあるのか。さっきエントランスホールで、助けてくれよ、なんて泣きついてしまったのだから。

 相棒としては、気にしないほうが無理な話かもしれない。


「おいスラ助、皿洗いは済んだのか!?」


「『大丈夫です』!」


 厨房に入る直前。僕はブラっちのほうを振り返り、わざとらしく声を張り上げる。

 相棒(ブラっち)の罪悪感を、すこしでも軽くするために。


「『僕はすこぶる元気なので、全然気にしないでください』!」


「ッ……、プルプル……」

 

 僕の言葉の意図に気付いたのか。ブラっちが驚いたように目を見開いた。

 それを見て、僕は片手でサムズアップ。気にするなよ、と再度相棒に伝える。


「はぁ? 誰もテメエの体調なんか気にしてねえよ! さっさとやることやっちまえ!」


「はい、いますぐ!」


 厨房の怒声に押されて、僕はブラっちから視線を切り、皿洗いに向かう。

 この地獄を乗り切ったら、ブラっちの柔らかいお腹を枕にして眠ろう、そう心に誓った僕なのであった。





 慌ただしく配膳をこなしていた、あるときのこと。

 空いたテーブルを片付けていると、玉座に座るガルランテ様と四天王の会話が聴こえてきた。


「これで、世界はガルランテ様のものですな!」


 酒をあおりながら、四天王のひとりが声高に言う。


「この世界、『ワイドパレンズ』を支えし『千の大賢者』も打ち倒し、大賢者どもが持っていた『千本の杖』もすべて奪い取ってみせた。そして憎き勇者どもも倒し、いまやガルランテ様にさからう勢力は存在しない。あとは人間を滅ぼすだけで、悲願の世界征服が叶いますぞ!」


「世界征服、か……」

 

 興味なさげにつぶやき、ガルランテ様はその青い瞳で、ワイングラスの酒を見つめる。


われはそんなもの、欠片も望んでいないのだがな」


「……え?」


「いつも言っているだろ。我が欲するのは、いついかなるときも強者のみ。金や名誉、まして世界征服などどうでもよい。我の退屈を忘れさせてくれる強き者こそが、我の望む財宝よ――此度の勇者どもは過去最多のメンバー構成であったから、少なからず期待していたのだがな。まったく、『人間界の希望』が聞いて呆れる」

 

 信ずるべきはおのが力のみ――


 何百年も前から口にしている、ガルランテ様の口癖である。

 ガルランテ様は、とにかく強者との戦いを求める、生粋の戦闘狂バーサーカーなのだ。


「強者ですか……大賢者を倒し、勇者をも倒したいま、そのような者はもうこの世にいないのでは? 六十年ほど待てば、またどこかで新たな勇者が誕生するのでしょうが」


「なに。そんな悠長なことをせずとも、我の目の前にまだ強者が残っているではないか。都合よく『四名』も」


 不敵なガルランテ様の挑発に、四天王たちが「ヒッ」と息を呑む。

 が。ガルランテ様はすぐさま態度を一変し、「カハハ」と楽しそうに笑った。


「冗談だ。さすがの我も、同胞とり合うつもりはない」


「は、はは……ご、ご冗談がうまい。すこし、驚いてしまいました」


「まあ? お主ら四名と同時に殺り合ったらどうなるか、興味がないわけではないがな」

 

 本気か冗談か。どちらとも判断しがたい声音で、ガルランテ様は続ける。


「事実、強者を求めてひとり旅をしていたとき、千の大賢者のうち二十人を同時に相手取ったことがあったが、なかなか刺激的な殺し合いが楽しめたしな。お主ら魔族四天王が共闘して我を倒さんとすれば、大賢者二十人と同等か、それ以上の刺激が味わえるやもしれん」


「……そ、そのような主君に仇なす行為、配下の私たちには考えつくことすら許されません。ど、どうか、お戯れはその辺にしていただけると……」


「フン。わかっている、冗談だ。そう震えずともよい」


 本気でおびえ出した四天王を前に、ガルランテ様はワイングラスを飲み、深いため息をつく。


「つまらん。この世界にはもう、我の『財宝』はないのか」


 まったくつまらん、とガルランテ様は不服そうにぼやく。

 その表情はまるで、宝物を取り上げられてイジける子供のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る