第17話 炎の淑女(上)

「頼もう」


 年の瀬も近づいた、真冬の夕暮れ時のこと。

 ソファで丸くなって眠るタマを愛でていると、突如、僕の家に見知らぬ美少女がやって来た。

 村の人間ではないし、カルラの知り合いのようにも見えない。

 見た目は僕のすこし上。十二、三歳の女の子のように見えた。

 玄関の扉を開けたまま、僕は首をかしげつつ。


「えっと、なにか御用でしょうか?」


「ふむ。きみがあの、ナイツ・ロードウィグくんか?」


「? そう、ですけど……」

 

 訝しげに応えたのち、あらためて目の前の少女を観察する。


 腰まで伸びた艶やかな赤髪が目を惹く、気品あふれる少女だった。吊り上がった目尻は気高さを、整った鼻筋は上品さを物語っている。

 身長は僕より高い。頭にニット帽、首にマフラーを巻き、いかにも高級そうなジャケットを羽織っていた。口調もどこか高貴な雰囲気を漂わせている。

 どこぞの貴族だろうか?

 ライキと初めて会ったときのような、生まれからしてちがう人間特有の空気を感じる。


「よかった。ボクはきみに会いに来たのだ。王都セキナトルから、およそ半日かけてな」


「僕に会いに?」


「まずは自己紹介なのだ」


 ジャケットの裾を両手でつまみ、少女は恭しく頭をさげた。


「ボクの名前は『カナエラ・レッドフィル』。王都セキナトルの魔剣学院に通う十三歳、うら若き淑女なのだ。親しみを込めてカナちゃんとでも呼んでくれ。ボクも、きみのことはナイツ少年と呼ばせてもらおう。よいだろ?」


「ダメです」


「ふっ、にべもなく拒否とはな……涙が目にみる。これが失恋か?」


「ちがうと思います……というか、レッドフィルってせい、もしかして」


「うむ。お察しの通り。セキナトルの現国王、ゴーンズ・レッドフィルはボクの父なのだ」


「へえ。ということは、あなたは国王の娘……国王の娘ッ!?」

 

 驚きで思わず二度見してしまう僕。


「そ、そんな人が、どうしてこんなところに……?」


「きみの実力をたしかめに来たのだ」

 

 即答して、赤髪の少女――カナエラは続けた。


「二ヶ月前、スイゴ山付近に出現したドラゴンを討伐しろ、というクエストがあっただろ?」


「? え、ええ、ありましたね」


「きみも知っての通り、あのクエストは国王である父が発注したものなのだが……実はあれ、ボクが達成することを期待して依頼されたものでね。言うなれば、ボク個人に向けられた、父からの大掛かりな『課題』だったのだ」


「課題、ですか……」


「レッドフィル家は【赤の血統レッド・ライン】の正統王家だ。その末裔であるボクには、国王の座に就く義務がある。それがボクの宿命だ。そして国王になるためには、国民の人望を集めなければならない――父は、そんな来るべき未来の国王の人気集めのため、ドラゴン討伐という課題を用意したのだ。露骨に言ってしまえば、高難度のクエストを達成させて、ボクの名を国内外に広めようとしたわけだ」


「本当に露骨ですね……」


「父は過保護でね。ボクのことになると手段を選ばないのだ。まったく困ったものだ」

 

 やれやれ、といった風に肩をすくめるカナエラ。

 

 しかし、なるほど。

 だから国王は、王都騎士団に命令せず、わざわざ冒険者ギルドに依頼したのだ。

 騎士団で内々に討伐してしまえば、カナエラ・レッドフィルの名は世間に広まらない。

 公に、冒険者たちと同じ条件下で公平にクエストを達成することで、その名はより広まるようになる。


 出来レースのようにも見えるが、国王は名声作りの場を与えただけだ。冒険者たちに八百長をいたわけではない。

 となると、カナエラの実力は冒険者に引けを取らず、かつドラゴンを討伐するに値するもの、ということになるのか。


「けれど、一週間と経たずに、ボクの『課題』は達成されてしまった。ボクが重い腰をあげてスイゴ山に向かおうとした矢先のことだった。横取りされたと怒っているわけではない。むしろ、わずらわしい課題を片付けてくれて感謝しているぐらいなのだが……ふふ、ボクにも剣士魂というものがあってな」

 

 言って、カナエラが好戦的な目で僕を見つめてくる。

 一瞬、周囲の温度が上がったような気がした。


「その後。ボクはギルド本部に連絡して、ナイツ・ロードウィグとライキ・レイスンの情報を聞き出した。ドラゴンを討伐せしめた十歳児たちの力をこの目で確認せずにはいられなかったのだ。幸い、いまは魔剣学院は冬休み中なのでね。時間はありあまっていたのだ」

 

 剣士魂というフレーズからするに、カナエラは僕とライキがクエスト用紙に記載したジョブ――『剣士見習い』という欄を見たのだろう。

 横取りされたのはかまわないけれど、同じ剣士として対抗心が生まれたわけだ。


「……要するに、暇つぶしに実力を見に来た、ってことですね」


「にべもなさすぎる言い方だな。まあ、その通りなのだが――さて、ボクがここに来た経緯は以上だ。長ったらしい話も済んだところで、さっそく表に出ようではないか」


「え――、わわッ!」


 言うが早いか。カナエラは強引に手を取り、雪で覆われた屋外に僕を引きずり出した。

 握った少女の手は、まるで体内に炎を宿しているかのように暖かく、熱かった。

 暮れ行く夕陽をバックに、カナエラは無邪気に微笑む。


「さあ。きみの力を見せてくれ、ナイツ少年」



    □



 そうして。

 僕とカナエラは家前の狭い雪原に出て、木剣を手に対峙した。

 今日はライキが家の用事で鍛錬に参加できないため、久々にのんびりと休んでいたのだが、まさかこんなことになるとは。


 課題を横取りした罪悪感……は、別に感じる必要はないよね? ギルドに依頼した以上、誰が達成しても文句はないはずだし。

 そもそも。正確にはドラゴン『討伐』はしていないのだけれど、それを打ち明けたところで、今度はゴブリン討伐の件を引き合いにしてくるだけだろう。それだけ強い好奇心だからこそ、半日もかけてこんな片田舎まで来たのだろうから。


 結局、この対決は避けられない、というわけだ。

 感触をたしかめるように木剣を振りながら、カナエラが確認してくる。


「制限時間は十分。本番に近い手合わせを行おう。ゆえに、多少の怪我は大目に見てほしい。怪我を怖れてやり合ったところで、真の実力など測れないからな。それでよいか?」


「大丈夫です。ライキとも、いつも実戦のつもりで手合わせしてますから」


「その年齢にして実戦を見据える、か……これは、全力でいかないと返り討ちに遭いそうだ」


 そう言って、カナエラは手にしていた木剣をポイッ、と投げ捨てた。

 いきなり戦闘放棄? いや、実は体術の使い手なのか?

 様々な思考を巡らせていた僕は、眼前の光景を目の当たりにし、驚愕する。

 

 周辺の雪原が、ジュウウウゥ! と輪を描くように円状に溶けだしたのだ。


「なッ……これは!?」


「もう戦いは始まっているぞ? ナイツ少年」

 

 辺りの気温がどんどん上昇していく。真冬にも関わらず、額にべったりと汗が浮かび始めた。

 見ると、カナエラを中心にして、雪の溶解は広がっているようだった。


 ――熱源は、この人自身か?


 その事実に思い至ったのち、僕はふと、その存在に気付く。

 いつの間にか、カナエラ・レッドフィルは右手に『剣』を握っていた。

 それも、ただの剣ではない。

 その真紅の髪色のように轟々と燃え盛る、炎の大剣だ。


「『魔剣降臨まけんこうりん』」

 

 カナエラが告げると、不安定に揺らめいていた炎が、まるで意思を持っているかのごとく剣の形に正された。

 高圧縮された炎剣の刀身が、ゆらゆらとたぎる炎を映し出している。


「ナイツ少年、死ぬ気で避けるのだぞ?」


「――、【飛翔の杖ジャンプ】!!」


 カナエラが炎剣を振りかざしたのと同時に、僕は地面を蹴って真横に退避する。

 炎の剣先が地を叩いた瞬間。

 僕がいた位置目がけて、ゴオオオオォォッ!! と一直線に巨大な炎撃が走った。

 すさまじい火力だ! 離れていても肌がチリつく。

火焔の杖ファイア】の50%ほどの威力があるのではないだろうか。


 これが、【赤の血統】の末裔。

 かの『七色の英雄』の血を継ぐ者の力!


「判断能力はよし。次は、身体能力を見せてもらおうッ!」


 炎撃の余韻も途中に、僕がいる方向に向けて駆けてくるカナエラ。

 僕は咄嗟に、木剣に【緊縛の杖チェーン】を発動。

 木の刀身に魔力蔓をコーティングして、振り下ろされる炎剣をガキン! と受け止めた。


「ほう。魔力のツタで木剣を強化したか。先ほどの回避のときもなにか使っていたが、ナイツ少年も魔法をるのだな。黒髪にしては珍しい――にしては、体内の魔力値が低すぎるようだが。供給源が別にあるのか?」


「くッ……『重い』!」


「む。女性に重いとは失礼な。ボクは痩せ型なのだぞ。胸は……まあ、アレだけども」


「そ、そういう意味で、言ったんじゃないです……ッ!」

 

 たまらず炎剣を横に受け流し、一旦、鍔迫り合いを離れた。

 が。息つく暇もなく、カナエラの連撃が襲い掛かってくる。

 一撃一撃が疾風のように速く、巨大な大岩を想起させる質量を内包していた。

 ガキン、ガキン、と剣戟を重ねるごとに、【緊縛の杖】の蔓がボロボロと欠けていく。


「どうした、ナイツ少年。防戦一方だぞ?」


「……、クソ!」


 腕力にものを言わせたパワータイプの大味な剣術かと思いきや、一分の隙も見せない流麗な型だ。何度も反撃を試みようとするが、そのたびに形勢を逆転される。

 三つしかちがわないのに、これほどの実力。

 ライキが恵まれた天才なら、カナエラは神に愛された天才だ。


「【睡魔の――」


「おっと」

 

 魔力放出の気配を読んだのか。【睡魔の杖スリープ】を発動しようとした瞬間、カナエラは瞬時に接近戦を中断し、木剣の間合い外まで飛びのいた。


「なにかわからないが、。離れたほうがいい気がする」

 

 勘の鋭さまで天才的なようだ。

 でも、これでいい。

 この魔法の適正距離は、まさにこれぐらいの距離なのだから!


「離れてくれてありがとうッ!」


 すかさず僕は息を吸い込み、【威圧の杖ホーン】を発動した。

 村中に轟く大音波。遠くの樹々が揺れ、地面の小石が跳ね、家々の窓が震える。


「こ、この音波は……ッ」


 片耳を押さえ、ぐらり、とフラつくカナエラ。

【威圧の杖】をモロに受けて倒れないとは。

 生まれつき魔法耐性があるのかもしれない。


 ともあれ。この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。


「お、りゃああああああッッ!!」

 

 僕は【俊敏の杖スピード】で一気に加速し、カナエラとの距離を詰めていく。

 ライキと同じく、僕だって負けず嫌いなんだ!

 手合わせとは言え、負けてやるつもりなんか一切ない!


 直後。熱くなる脳の奥で、パリン、とあの破砕音が響いた。


「か、かかってくるのだ……ッ!」

 

 王族としての意地か。フラフラになりながらも、カナエラが炎剣を構える。

 そこに、追い討ちの【風花の杖ウィンド】を発動し、少女の体勢をさらに崩した。


 ――はずだった。


「あ」


「え?」


 僕の右手から発生した風魔法は、カナエラの体勢を崩すだけでは飽き足らず、彼女の衣服をすべてバラバラに切り刻んでしまった。


 僕は思わず足を止めた。

 カナエラも、唖然とした表情でこちらを見つめてくる。


 少女のソレは、程よく引き締まった肉体だった。手足は長く、肌も白い。たしかに痩せ型だが、不健康なイメージは受けない。綺麗な赤髪がよく映える、健康的な肢体だった。

 胸のほうは……まあ、アレだった。


 ……って、なにをじっくり観察してるんだ僕は!

 

 と。カナエラが不意に、手にしている炎剣を消滅させた。

 両手で大事な部分を隠しながら、ぺたん、とその場に座り込み、恥ずかしそうに告げる。

 その両目は悔し涙にあふれ、唇は恥辱にふるふると震えていた。


「……ボクの負けだ。ナイツ少年の変態的な実力、たしかに見届けたのだ……うぅ」


「弁解させてくださいッ!!」


 木剣を投げ捨て、その場でDOGEZAの姿勢を取る僕。

 変態の汚名を被るくらいなら、多少なり怪我を負ったほうがマシだった!


「いまのは完全に手違いなんです! 本当は、風で体勢を崩そうと思ってただけで! 服を引き裂こうだなんて気は微塵も!!」


「ふ、ふふふ……よいのだ、ナイツ少年。戦場では性別も年齢も、ましてや衣服も関係ない。ゆえに、こうして外で真っ裸にされようと敗者のボクには……ひぐっ、ボクには……」


「あ、ああぁぁ……と、とりあえず! 僕のこのジャケットを着てください! どうぞ!」


「いや、よいのだ……敗者は敗者らしく、裸体のまま家路につくとする――って、な、なんだナイツ少年! この、やめるのだ!」


「いいから、意固地にならず早くこれ着てください! 罪悪感が半端ないっていうのと同時に、目のやり場に困って仕方ないんですよ! ほら早く!」


「くッ……な、なるほど! 敗者にやさしくすることで敗北感を強め、さらには、ボクに服と恩を着せようと言うのだな? なんて策士なのだ、ナイツ少年!」


「誰がうまいこと言えって言いました!? もういいです、力ずくで着せますからッ!」


「ひゃあ!? そ、そんなところまで触る必要はないだろ! やめろ、離すのだッ!!」


「離しませんよ! さあ、まずはジャケットの裾に左腕を入れていきましょうか。しっかりと奥まで、貫くようにしてね!」


「くそッ……この外道! ふえぁ!? そ、そこは入れちゃいけない穴……!(内ポケット)」


「あ、あれ? 他人に着せるとなると、いつもと勝手が――」


「――なにしてるの? ナイちゃん」

 

 そのときだ。

 背後のあぜ道から、背筋をてつかせる声が聴こえて来たのは。

 振り返ると、仕事帰りだろうか、そこには無表情のカルラが立っていた。


 僕は無言でギギギ、と視線を戻し、自分の状況を再確認する。

 全裸で涙目になっているカナエラを地面に押し倒し、その上に馬乗りになっているという、僕のどうしようもない状況を。

 なんとしてもジャケットを着せようと、夢中になりすぎたようだ。


「ねえ、なにしてるの? ナイちゃんってば……なにしてるのか、ちゃんとお母さんに説明してくれるよね?」


 変わらぬ無表情と冷たい声音で、カルラがもう一度訊ねてくる。


「……ふっ」


 炎上したな、と僕は天を仰いだ。

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