第16話 レッドドラゴンの歯(下)

 昼食を摂ったあと。

 防寒具を着込み、念のため最低限のサバイバル用品をバッグに詰めると、僕とライキは早速スイゴ山に向かった。

 スイゴ山までは、徒歩で一時間ほど。登山用具が必要なほど険しい山ではない。

 標高も低く、山道も緩やか。老人が普段着で散歩できるレベルだ。


 しんしんと雪が降り出した。『スイゴ山』と看板が立てられた登山口を抜け、山道を登っていると、冒険者であろう男たちがゾロゾロと群れをなして下山してきた。

 見ると、男たちはスイゴ山の裏側方面から戻ってきたようだ。

 ドラゴンの足跡が見つかった日から、すでに一週間が経過している。

 おそらくこの冒険者たちは、ドラゴンはもうスイゴ山にいないだろうと踏み、裏にある別の山を捜索してきたのだろう。


「オレたちも裏の山に行ってみるか? ナイツ」


「いや、スイゴ山をしらみつぶしに捜そう」

 

 即答したのち、僕は山道を外れ、獣道を進み出した。


「ドラゴンは知能が高い。自分がどれだけ目立つ存在か、どれだけ人間に知られている生物か、すべて把握してる。つまり、ドラゴンは足跡をうっかり残したんじゃない。人間がドラゴンをどうやって捜すかを完璧に熟知した上で、『わざと』足跡を残したんだ。意味合いはすこしちがうけど、動物が行うバックトラックに近いかな? そうして、行く先をわからなくさせて、人間の裏をかこうとしているのさ」


「人間の裏を……ということは、ドラゴンはまだ、このスイゴ山に留まっている?」


「その可能性が高いね。案外、近場の洞穴とかにひそんでたりするんじゃないかな?」


「アハハ、それなら楽でいいんだけどな」


 冗談交じりに笑い合い、僕たちは獣道を歩いていく。

 数分後。白銀の森を抜けると、視界が開けると同時に、小高い崖上に出た。

 至るところに無造作に大岩が転がっている。人の手が入っていない場所のようだ。

 まあ。珍しいものがあるわけでも景色がいいわけでもない。

 普通はこんな場所、誰も来ようとは思わないだろう。


 そんな辺鄙な場所で、僕とライキは思わず絶句してしまう。


「痛たたた……これホンマ、洒落にならんで」


 岩肌にぽっかりと空いた、大きな洞穴の中。

 鮮やかな真紅のドラゴンが、外に顔だけ出して寝そべっていた。



    □



「ウチはレッドドラゴン。名前はないから、適当にレッドか、レッドちゃんって呼んでーや。ウチ、こう見えてもメスやからな。そこら辺はちゃんと気遣ってや」


 そう、不思議なイントネーションで自己紹介してくる、レッドドラゴンことレッドちゃん。

 

 首から下は洞穴に収まっていて、いかめしい頭部だけが外に露呈している。

 顔だけで白熊五頭分ほどの大きさがある。となると、全長はゆうに十メートルを越えるだろう。ドラゴンとしては小さいほうだ。女の子だからかな?


「ほいで、きみらの名前は? 見た感じ、敵意はなさそうやから聞いといたるわ」


「僕はナイツ・ロードウィグって言います。それでこっちが」


「ら、ライキ・レイスン……です」

 

 たどたどしく名乗り、僕のすこし後ろに隠れるライキ。

 そんな雷少年を見て、レッドちゃんは「ドラララ!」と牙を覗かせて笑った。


「そんな怯えんでもええよ。取って喰ったりせんから。ウチは幻獣魔族の中でもかなりの人間好きやからな。安心してええで。口調もタメ口でかまへんかまへん」


「そ、そうか……? それじゃあ、お言葉に甘えて」


「うんうん。よろしゅうな、ライキ。それに、ナイツも」


 言って、ほんのすこし身をよじると、レッドちゃんはズズズ、と顔を前に出してきた。

 なんだろう? とふたりして様子を窺っていると、レッドちゃんがパチパチ、となにかしてほしそうにウィンクをしてきた。

 見ると、鼻頭をヒクヒクと動かしている。


「もう、きみら鈍感やなあ。友情の証にウチの鼻の頭をなでなさい、言うとんねん」


 そんなのわからないよ!


「よろしくね。レッドちゃん」


「よ、よろしくな。レッド」


「ドラララ! 仲良きことは美しきかな。久々の人間の友達やー!」


 鼻頭をなでると、レッドちゃんは「むふー!」と満足げに鼻息をあげた。

 その喜びようがあまりにドラゴン離れしていて、僕とライキは思わず吹き出してしまう。

 と同時に、僕たちは当初の目的を失ってしまった。

 こんなやさしそうなドラゴン、僕たちには絶対に討伐できないからだ。


 隣り合うライキが、こっそりと僕に耳打ちしてくる。


「ナイツ。オレ、レッドは倒したくねえよ……かと言って、逆鱗か奥歯くれ、だなんて頼めるわけもねえし」


「そうだね……まあ、今回のクエストはなかったことにして、レッドちゃんにはこっそり人里離れた場所に逃げてもらおう。ほかの冒険者に討伐なんてさせられないしね」


「だな。ナイツの学費を稼げなかったのは、正直痛いけど――」


「――痛たたたたッ!?」

 

 そのときだ。

 レッドちゃんが顔をしかめ、ギリギリと歯を食いしばり始めた。

 我慢できずに、頭を左右に振り出すレッドちゃん。激痛を堪えるようにして眉に皺を寄せている。綺麗な赤色の皮膚からは、大粒の脂汗が滲み出てきていた。


「ど、どうしたの? レッドちゃん。大丈夫?」


「ど、どないかして! ナイツ! は、歯が! 右の奥歯がめちゃめちゃ痛いねんッ!」


「歯が?」


 言われて確認してみると、レッドちゃんの右頬がぷっくりと大きく腫れていた。

 赤い皮膚がさらに赤くなっている。炎症を起こしているようだ。

 この症状は、もしかして。


「レッドちゃん。ちょっと口を開けてみてくれる? あーん、って。しばらく閉じないでね」


「あーん」


 素直に口を開けるレッドちゃん。ビクッ、とライキが肩をすくませた。だから食べないって。

 まるで洞窟のような口内を睨み、僕は鋭い牙のさらに奥、右の奥歯を確認する。

 その歯は、僕がすっぽりと収まりそうなほど深くえぐれ、真っ黒に蝕まれていた。


 これは間違いないな。


「……レッドちゃん、これ右の奥歯が『虫歯』になっちゃってるよ」


「うほはう(嘘やん)」


「本当。鏡がないから見せられないけど、すごい進行しちゃってる。たぶん、これはもう抜くしかないと思――」


 瞬間。

 とある案を閃いた僕は、思わずハッ、とライキを振り返った。

 ライキも同じことを思いついたのか、僕のほうに驚きの視線を向けてくる。


「ほ、ほはいひはう?(ど、どないしたん?)」


「レッドちゃん、お願いがあるんだけど!」


 大きな口を閉じさせて、友情の証……鼻頭に両手を乗せると、僕は前のめりに頼み込む。


「その虫歯、僕たちにくれない?」


「新手の変態かな?」



    □



「まあ、別にかまへんよ。ちゅーか、ウチがこんな人間臭い場所に飛んできたんも、元はやさしい人間にこの歯をどうにかしてもらおうと思ったからなんよ。途中、あまりに痛すぎて山道に不時着してもうてな。意味もなく足跡残して、ココに隠れるしかなかったんやけど……まあ結果オーライや。きみらが抜いてくれるんなら一石二鳥やで。虫歯でもええなら、抜いた歯は好きにしいや」

 

 といった感じで。

 レッドちゃんの了承を得た僕たちは、抜歯の準備に取りかかった。

 というか。あの足跡はわざと残したものじゃなかったのか……ドヤ顔で『人間の裏をかこうとしてるのさ』とか言っちゃってた数十分前の僕を殴りたい。それこそ右頬が腫れるくらいに。


 さておき。

 まずは下準備を始めよう。

 持って来たサバイバル用品のナイフで、近くの樹々を数本斬り倒し、『長い棒を二本』と、『木のバケツ』を数個作った。棒は太く、長さは二メートルほど。バケツは両手で抱えるほど大きなサイズだ。


 次いで、バケツいっぱいに雪を詰め込み、【火焔の杖ファイア】で雪を水に戻した。

 続いて、周りに転がっている大岩をいくつか選び、【拡大縮小の杖ビッグスモール】で小さくする。

 それを崖際まで運んだあと、【緊縛の杖チェーン】の魔力蔓で全部まとめて一括ひとくくりにした。

 あまった蔓の片端は、レッドちゃんの虫歯にしばりつけておく。


 これで、すべての抜歯準備は完了だ。

 不安そうなレッドちゃんを横目に、ライキが「なるほどな」と頷いた。


「岩を崖下に落として、その重みで歯を引っこ抜くってことか」


「そういうこと。僕たちの力じゃあ抜けない可能性があるからね。唾液とかで滑るだろうし。なら、大岩と重力の力で抜いちゃおうと思って」

 

 いつも一、二割に抑制している力を解放すれば、唾液があっても簡単に抜くことはできるが、抜いた反動でレッドちゃんの上顎を貫きかねない。

 それでは本末転倒だ。


「ナイツって時々、ぶっ飛んだ発想するよな……ていうか、マジで色んな魔法を使えるんだな、ナイツって。天才オブ天才じゃん」


「逆にバカにされてる気が……」


「それで? 抜き方はそれでいいとして、じゃあこの水バケツはいったいなにに使うんだ?」


「ああ、それはね――」


「なあ、おふたりさーん」

 

 と。レッドちゃんが待ちくたびれたとばかりに鼻息を荒げた。


「準備が終わったんなら、はよ抜いてもらってええかな? 久々に長く喋ったせいか、なんかさっきからズキズキ痛みだしてきてんのよー……うぅ」


「ああ、ゴメンね。レッドちゃん。それじゃあ、ちゃちゃっと始めちゃおうか」


 言って、僕はレッドちゃんに向き直る。


「まず、僕が魔法でレッドちゃんを眠らせるね。一瞬で深い眠りにつけるから、抜歯の痛みも感じずに済むと思う」


「麻酔代わりっちゅーことか。了解やで――あ、ひとつ忠告。寝てる間にウチの顎の下だけは触らんといてな? そこだけは、意識がなくても本能で反応してまう場所なんよ。ドラゴンのさがっちゅーやつやね」


「逆鱗のことだよね。大丈夫、絶対に触らないから安心して」


「うん、それならええわ。ほな頼むで」


「任せて」


 首肯で応え、レッドちゃんの口内に、用意した二本の棒を縦に差し込んだ。これで眠っても口が閉まらなくなる。

 次に、レッドちゃんの左頬に手を触れて、【睡魔の杖スリープ】を発動。

 一秒と経たずにまぶたを閉じ、レッドちゃんは眠りについた。


「よし、それじゃあ行くよ。ライキ」


「了解。いつでもいいぜ」


 レッドちゃんが気持ち良さそうにイビキをかき始めたのを確認したのち、僕は崖際に置いてある小型化した大岩を崖下に放り投げた。

 大岩が手を離れた直後、【拡大縮小の杖】の能力を解いて、大岩を元のサイズに戻す。

 数トンはあろう大岩の塊が、崖下目がけて落下していく。

 数秒しないうちに、ビィン! と魔力蔓が張り詰めた。レッドちゃんの虫歯がグラグラと軋み出す。

 

 程なくして聴こえてくる、ドゴォン! という大岩の落下音。

 すると。スポン、と小気味いい音をあげて、レッドちゃんの虫歯が口外に飛び出してきた。

 抜歯は無事、成功したようだ。

 

 しかし、これで終わりではない。


「ライキ、水を口の中に流して! 虫歯があったところへ重点的に!」


「お、おう。わかった!」

 

 バケツを掴み、大量の水を流し込んでいくライキ。

 これは、抜歯後の血液を胃に流すための処置だ。

 同時に【風花の杖ウィンド】で唾液を飛ばし、傷口を綺麗にする。唾液には細菌が多く含まれているため、傷口に入ると化膿の原因になりやすいのだ。

 

 ……全部、お母さんに教えてもらった知識だけれど。

 血を流し切り、傷口の出血が収まってきたら、【全解の杖オールキュア】を使用する。万が一、傷口に菌が入っていたときのための予防だ。


 これで、ドラゴンの抜歯治療は完了である。


「なるほど。水はこのために用意してたのか……ふぅ」


「ありがとう、ライキ。助かったよ」


「このぐらい屁でもねえさ――それより、早くレッドを起こしてやろうぜ」


「うん、そうだね」

 

 最後に傷口を確認し二本の棒を外すと、レッドちゃんの鼻頭に触れ、【睡魔の杖】を解いた。


「……むにゃ? もう終わったんか?」


「お疲れ様、レッドちゃん。ちゃんと虫歯は抜けたよ。どう? 痛みとかはない?」


「痛みは……あれまッ!? まったくあらへん、痛みがあらへんがな! やったでー! ああ、歯が痛くない世界って、こんなに素晴らしいものなんやなあ!!」


「そんな大げさな……ねえ、ライキ」


「わかる、わかるぞレッド……オレにもその気持ちがよーくわかる」


 うんうん、と共感するように頷くライキ。お前も虫歯経験者か。

 さておき。

 途中で頓挫してしまうかと思ったけれど、これで当初の目的は達成できそうだ。


「それじゃあ、レッドちゃん。あの抜いた虫歯は、僕たちがもらっちゃっていいのかな?」


「もちろんや、それが約束やったしな! なんなら、そこに上乗せしてふたりの願いをなんでも聞いたるわ! なにがいい、世界滅ぼそか? ガルランテがおらんかったら楽勝やで?」


「い、いいよそんなの。僕たちまで死んじゃうじゃん」


「ああ、そうやったわ。ドラララ!」


「このドラゴン、痛みがなくなって上機嫌になってやがる……」


 呆れるライキを横目に、僕は崖際ギリギリで留まっている巨大な虫歯を【拡大縮小の杖】で小さくし、バッグに入れた。

 あとは、この奥歯を冒険者ギルドに運ぶだけだ。


「ホンマにありがとうな。ナイツ、ライキ」


 と。ここで。

 洞穴に収まり続けていたレッドちゃんが、身をよじってズルズルと外に出てきた。


「わあ……やっぱ大きいね、レッドちゃん」


「お、おお……これは、すげえな」


 ドラゴンの名に恥じぬ荘厳な巨躯が、僕たちの目の前にその姿を現した。

 バサァ、と白雪の世界に広げられる、真紅の両翼。刺々しい尻尾がうねり、大地で踊る。

 長い首をぐいっ、と曲げて、レッドちゃんが僕たちの前に顔を持ってきた。


「この恩は一生忘れへんで。ふたりの名前はほかのドラゴンにも広めといたるさかいな。もし世界を滅ぼしたくなったら、いつでもウチのこと呼んでな」


「そんなときは一生来ないと思うよ、レッドちゃん……」


「ドララ、そうやとええけどな」

 

 含みのある鼻息をあげ、レッドちゃんは遠い山々の稜線を見つめた。


「ほなら、ウチはそろそろ巣のほうに戻るで。虫歯をどうにかしたい思うたんも、実は子供らの世話がままならんようになったからなんよね。せやから、はよ戻ってメシやらなんやら世話してやらんと。また尻尾半分食べられてまうわ」


「すごい家庭環境だね……そういうことなら、早く戻らないと。ちょっと寂しいけどね」


「……またな、レッド」


 どこか悲しそうにつぶやいて、ライキがレッドちゃんの鼻頭に手を触れた。

 僕も遅れて手を差し伸ばし、友情の証に触れる。

 レッドちゃんが「ドラララ」とやさしい音色で喉を鳴らした。


「やっぱ人間は大好きや。時々ムカつく奴もおるけど、ふたりみたいに暖かい人間もおるんやもんなあ……それに」


「? それに?」


を『千本』も持っとる不思議な人間とくれば、そりゃあもう好きにならざるをえんよな」


「なッ……」

 

 息を呑む僕に、レッドちゃんが意味深なウィンクをしてくる。


 このドラゴンは最初から気付いていたのだ。

 僕の身体に備わっている、『千本の杖』の存在に。

 だから、初対面の僕たちに対し、あんな無警戒だったのだ。

 見た感じ敵意はなさそう、なんて曖昧な理由で、高い知能を持つドラゴンが別種族の生物を信用するはずがない。

 昔の馴染み……つまり、知り合いの杖を内包している人間だからこそ、レッドちゃんは僕たちを信用したのだ。


「ドラララ。まあそれがなくても、ウチはふたりのことを好きになっとったやろうけどな――ともあれ。また会おうや、ナイツ。ライキ。元気でな」


「う、うん、またね。レッドちゃん」


「じゃあな、レッド……」


 思わず動揺してしまった僕と、あからさまに落ち込むライキに見送られ、レッドちゃんは真っ赤な翼を羽ばたかせ飛び立って行った。

 遠のく真紅の友達を見つめながら、僕たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。



    □



 僕たちが冒険者ギルドに戻ったのは、夕暮れ前のことだった。


「あら、おかえりなさ~い。ちゃんと暗くなる前に帰って来れたじゃな~い。ドラゴン討伐はうまくいった~?」


 受付のお姉さんの煽りに、周りの冒険者たちが静かな笑い声をあげた。

 僕はライキに目配せしたのち、バッグから小型化した奥歯を取り出し、カウンターに置いた。


「んん~、なにこれ~? ふたりのどっちかの乳歯~? 虫歯になっちゃってるじゃな~い」


「お望みのドラゴンの奥歯ですよ」


 告げたのち、僕は【拡大縮小の杖】を解除。

 カウンター上に置いた歯を、ボン、と巨大なドラゴンの奥歯に戻してみせた。


「……は?」呆気に取られたような表情で固まるお姉さん。

 ギルド内の冒険者たちも口をあんぐりと開けている。

 僕はライキと共にカウンターに手を乗せ、お姉さんに詰め寄った。


「さあ、早くコレを鑑定してみてください。お姉さん」


「こんな閑古鳥が鳴くような田舎の冒険者ギルドでも、姉ちゃんはれっきとしたギルド連盟の職員だろ? なら、コレが本物か偽物なのか、その区別は一目でつくはずだよな?」


「こ、コレは~……」


 おそらく、奥歯が元の大きさになった瞬間に、その真贋しんがんを見極めたのだろう。

 だからこそ、お姉さんは額に汗を浮かばせ、返答にきゅうしているようだった。


「お姉さん。僕の記憶違いでなければ、僕たちが出したクエスト用紙、しっかりとそこの受理箱に収めてくれてましたよね?」


「……、そ、それは……」


「であれば、僕とライキにはクエストの報酬金を正しく得る権利がある。未成年だろうが悪戯だろうが関係なく、ね。もしここで報酬金を出し渋るのであれば、王都のギルド本部のほうに通報しても――」


「わ、わかった! わかったわよ~!」


 本部に通報されれば信用と職を失うことになる。それだけは避けたかったのだろう。

 降参だとばかりに首を横に振ると、お姉さんはカウンターの奥に走って行き、大きな麻袋を抱えて持って来た。

 ジャラン、と聞いたことのないような重々しい金属音を立てて、それをカウンターに置く。


「こ、これが報酬金の5600Gよ~……こっちの書類に、クエスト完了のサインを~」


「わかりました。ありがとうございます」


「いやっふー! ナイツ、やったな!!」


 ギルドが静まり返る中。小さくジャンプして喜ぶライキ。

 書類にサインを走らせながら、僕は片手でライキとハイタッチを交わしたのだった。





「報酬金は全部ナイツがもらってくれ。ていうか、最初からそうするつもりだったし。それに、今回オレはナイツの手伝いをしただけだからな。1Sももらえねえよ」


「そんな。ライキだってがんばってくれたじゃん。それに、こんな大金を独り占めってのは、さすがに……」


「それで親友が魔剣学院に行けるのなら安いもんだ。いいから、ここはオレにカッコつけさせてくれよ。カルラおばさんにも世話になってんだし、せめてもの恩返しだと思ってくれ」


「ライキ……」


「うぅ、寒い寒い! 夕方になって途端に冷えてきやがった! ってなわけで、今日はとっとと帰るわ。へへ、また明日な。ナイツ!」


 僕の返事を待たず、早々に家路につくライキ。

 御託ごたくはいいから受け取れ、と、そう言われた気がした。

 

 遠ざかるライキの背中に深く感謝したのち、遅れて僕も帰宅の途につく。

 帰宅後。玄関で諸々の荷物を片付けていると、眠たげなタマが出迎えてくれた。

 綺麗な赤茶の毛並みがボサボサになっている。いまのいままで寝ていたようだ。


〈にゅう……おかえりなさいっス、ご主人……ふわぁ〉


〈ただいま、タマ。たくさん寝たみたいだね〉


〈冬はダメっすね、どうしても暖房の前から離れられなくて……ん? ご主人、どこ行ってたんスか? なんか、随分と雪まみれっスけど……というか、なんスか? そのでっかい袋〉


「ナイちゃん、おかえりー」


 と。台所で夕飯を作っていたカルラが、エプロン姿で玄関先までやってきた。

 別に引っ張る話でもないしな。夕飯前にちゃちゃっと報告しちゃおう。


「ただいまです、お母さん……あの、ちょっと伝えたいことがあるんですけど」


「伝えたいこと? ナイちゃんが私を好きってことかな?」


「え、いや、あの……まあ、それは、間違いではない、ですけど……」


「きゃー! ナイちゃん照れてる! ナイちゃんが照れておられるッ! ナイちゃんはかわいいなあ! ナイちゃんはかわいいなあ!! ナイちゃんはかわいいなあ!!!」


〈ご主人はかわいいなー〉

 

 タマ、あとで執拗になでくり回す!


「ち、ちがうんですって! 僕が伝えたいっていうのは、コレのことです!」


 からかわれながらもリビングに行き、僕はテーブルに麻袋を置いた。

 袋のヒモを解いて、ご開帳。

 カルラとタマに、まばゆく輝く金貨の山を見せつけた。


「なッ……!? な、ナイちゃん、こ、こここ、こんな大金、いったいどうしたのッ!?」


〈ご、ご主人……ついに強盗を!?〉


 タマ、あとで執拗にくすぐり倒す!


「村の冒険者ギルドで、ライキと一緒にとあるクエストを達成してきたんですよ。これはその報酬金です」


「報酬金って……え、これいったい、いくらあるの? 千Gじゃ済まないよね……?」


「5600Gあります」


「5600G!? 5600って……え、いくつッ!?」


「落ち着いてください、5600は5600です。なので、このお金を魔剣学院の学費とかにててもらえたらな、と思って……受け取ってもらえますか? お母さん」


 訊ねて、カルラの顔を覗き込む。

 目は驚きに見開かれ、その口はまるで、ドラゴンの口のように大きく開かれていた。

 虫歯は、なさそうである。

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