スライム剣士と千本の杖

秋原タク

第01話 届かない祈り

「お願いします、お願いします、お願いします……」

 

 魔王城のエントランスホールで、僕ことスラすけは祈り続ける。

 城外ではいままさに、我らが魔王ガルランテ様と勇者パーティーが、激戦を繰り広げている最中だった。

 魔王ひとりに対し、勇者パーティーは七人。

 数の上ではこちらが不利だけれど、ガルランテ様の命令により、魔王軍の僕たちが加勢することは禁止されていた。

 直属の配下である魔族四天王ですら、だ。

 僕たちに許されているのは、こうして城内から戦いの行く末を見守ることだけだった。


 まあ。そもそも僕は魔族最弱のスライム剣士だから、見守ることしかできないのだけれど。


「勝ちますように、どうか勝ちますように……」

 

 僕が知る限り、魔王城にたどり着いた勇者パーティーはこれで五組目になる。

 過去最多の七人構成。人間側の焦りが見て取れるようだ。


「おい、みんな聞け!」


 と。四天王のひとりが、僕たちに最新の戦況を伝えてきた。

 それによると現在、ガルランテ様は無傷の状態。

 対する勇者パーティーは、残り三人にまで減った、とのことだった。


「本当、一生のお願いですから。どうか、どうかお願いします……!」


 外から甲高い剣戟けんげきの音と、魔法がぶつかり合う爆発音が聴こえてくる。

 僕は膝を着き、両手をがっちりと合わせ、さらに祈りを強めた。

 スライム剣士として生きてきて、これほど強い祈りを捧げたのは初めてだった。


「プルプル?」


 不意に。相棒のレッドスライムことブラっち(本名はブラッド、人間の血のように赤いからと僕が名づけた)が、ぷにぷに、と弾力のある身体で僕の背中を押してきた。

 ブラっちは昔から好奇心旺盛で、僕がなにかしてるとすぐこうして『なにしてるっスか?』とつついてくるのだ。

 

 ほかの魔族モンスターたちを見やり、僕は小声でブラっちに耳打ちする。


「いまお祈り中。なにを祈ってるかは、言わなくてもわかるでしょ?」


「プルル……プルプル!」


 ブラっちは『プルプル』としか喋れないけれど、こちらの言語は理解できているので、その可愛らしい瞳で言いたいことを伝えてくる。

 目は口ほどに物を言う、というやつだ。

 いまのは『えっと……わかんないっス!』という意味だろう。こんちくしょう。


「おいおい。ガルランテ様に拾われて三百五十年、兄弟のように連れ添ってきた仲じゃんか。そこはスパッと、相棒たる僕の気持ちを一瞬で読み取ってくれよ」


「プルプルル……(そんな無茶な……)」


「いいかい? 僕はいま、こう祈ってたのさ。どうか、この戦いでガルランテ様が――」


「――ガルランテ様がッ!!」


 そのとき。

 そんな大声と共に、四天王がエントランス内を振り返った。

 モンスターたちのザワめきが一瞬で止む。外からはもう、なにも聴こえてこない。三時間にもおよぶ長い戦闘がようやく終わったらしい。

 固唾かたずむ僕たちに、四天王のひとりは興奮気味にこう告げた。


「ガルランテ様が、憎き勇者どもを打ち倒したぞッ!!」


「嘘だろおおおおおぉぉーーーッッ!?」


 思わず絶叫する僕。その場で頭を抱え、ホールの大理石にもんどり打って倒れた。

 そんな僕の叫びを皮切りに、エントランス中に「うおおおおおおッッ!!」と歓喜の雄叫びが轟いた。

 勢いよく門を開け放ち、配下たちがガルランテ様の下に駆け寄る。

 それでも僕はひとり、ホールの床上でうなり、身もだえし続けた。

 

 すると。近くにいた特攻隊長のオークキングが、僕の肩をポンポン、と叩き、


「うんうん、嘘かと思うほど嬉しいブヒよね。わかるブヒよ。さすがはガルランテ様ブヒね」

 

 などと訳知り顔でのたまったのち、小走りで門の外に去っていった。

 ちがう、これは喜んでるんじゃない!

 そもそも、ガルランテ様の勝利なんて願っちゃいない!

 

 僕は、この戦いで、って祈っていたんだッ!!


「また、あの地獄の日々が来ちゃう……!」


 勇者パーティー討伐後、魔王城では『勇者討伐記念祭り』を開くのがお決まりとなっていた。

 それも、七日間もの長期間! 昼夜関係なく!!

 それはつまり、魔王城で配膳はいぜんや掃除などの雑用を担当している下っ端の僕の、七日間の不眠不休の強制労働を意味している!


「あ、あぁ……ヤバイ、ショックすぎて目まいがしてきた」


 過去四回の祭りで、僕は何度過労で失神したかわからない。

 失神から目を覚ましたら強引に仕事に戻され、また失神するまで働かされる……そんな、まさに地獄のような七日間を、僕は四回も経験してきた。

 そしていま、五回目の地獄が訪れようとしている。


「ブラっち、助けてくれよぉ……もう、意識がないまま皿を運ぶのは嫌だよぉ……」


「プ、プルル……」


 困ったように瞳を伏せ、僕の伸ばした手をぷにぷに、と押してくるブラっち。『ゴメンなさいっス』、と言っているようだ。


「うぅ……終わりだ、きっと僕は呪われてるんだ……」


 つぶやき、誰もいないエントランスで大の字に寝転がる。

 昔からそうだ。僕が一番に望むものは、いつだって無情に消えていく。

 僕の祈りは届かない。

 僕の願いは叶わない。

 あまりに残酷な現実が大理石の床を伝い、僕の手の甲を冷やした。

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