第24話 梅雨は少女が腐りやすい

 六月中旬。

 梅雨のジメジメとした湿気が肌にまとわりつく中。魔剣学院から帰宅した僕は、キッチンに立つカルラにお弁当箱を渡し、リビングのソファに仰向けに寝転んだ。

 魔剣学院はなにも魔剣に関する授業だけを行う機関ではない。普通授業も当然のように行う。どころか、騎士や冒険者以外の職業にも就けるよう、かなりレベルの高い授業を行っている。


 つまりは、まあ。

 平均的な学力の僕は、日々の授業についていくのがやっとなのである。


「剣だけ振って生きていくわけにはいかないんだなあ……ッ、と」


〈おかえりなさいっス、ご主人〉


 ボヤきながら天井を見上げていると、タマが僕のお腹にぴょん、と乗っかってきた。

 今日はご機嫌のようだ。尻尾もふりふりと可愛らしく振っている。

 僕はそんなタマの背中をなでながら。


〈ただいま。今日も疲れたよ、タマ……主に勉学で〉


〈ご主人はどちらかというと脳筋っスもんね。地頭は悪くないんスけど〉


〈なにも言い返せない……というか、言い返す気力がない。三百五十年、とにかく身体を動かす生き方しかしてこなかったのが仇になってる感じだよ。脳を使うこと自体に慣れてない〉


〈戦術を考えたりするのと、ベクトルは同じだと思うんスけどね――やっぱ、慣れてないうちはサポートがほしいっスか?〉


〈ほしいほしい。ライキとかサミアに教えてもらったりしてるけど、それでもどうしても理解できない問題とかあったりするから、そういうのを噛み砕いて教えてくれる補助がほしいよ〉


〈じゃあ、オイラが一緒に授業、受けてあげるっスよ!〉


〈ありがとう、助かる…………なんですって?〉


 思わずオネエ言葉で聞き返す僕に、タマは興奮気味に応える。


〈オイラが一緒に学院の授業を受けてあげるって言ってるんスよ。なので、明日からオイラも魔剣学院に行くっスね。よろしくっス!〉


〈……さて、明日の授業割を確認してこようかなー、っと……〉


〈逃がさないっスよ!〉


 上体を起こしかけた僕の顔に、ガシッ、とタマが飛びついてきた。

 僕を無理やりソファに押し倒し、湿った鼻先を僕の鼻にくっつけて、タマは力説する。


〈ここのところ、ずっと暇だったんスよ! ライキの坊ちゃんと鍛錬し始めたときもそうだったのに、最近では学院にまで通っちゃって……ご主人、オイラに全然かまってくれないじゃないっスか! オイラもう、暇で暇でしょうがないんスよ!〉


〈……なるほど。ここ最近、不機嫌そうにしてたのは、それが原因だったのね〉


〈サポートほしいって、さっき言ったっスよね? オイラならきっと、それなりに授業も理解できると思うっスから、ご主人の役に立てるっスよ? だから、ね?〉


〈気持ちは嬉しいけど〉


 タマを両手で抱えながら、僕は反動で上体を起こし、言った。


〈それはちょっとむずかしいと思うな。第一、ペットは持ち込み禁止だろうし、あの学院〉


〈オイラはペットじゃないっスよ! ご主人の相棒っス!〉


〈そうなんだけど、周りはそうは見てくれないでしょ? それに、前もすこし話しただろうけど、いまの僕ってすこし有名人っぽいあつかいをされちゃってるんだ。そこに猫を連れ込んでごらん? さらに注目されちゃって面倒事が増えちゃうよ〉


〈……家に誰もいないから、学院に持ってくるしかなかったとか、なんか、そんな感じの言い訳をすればいいじゃないっスか〉


〈その言い訳が苦しいってことは、頭のいいタマが一番よくわかってるでしょ?〉


〈…………〉


〈わかってよ、タマ。これからは、学院から帰ったらもっとかまうようにするから〉


〈キーッ! もういいっスよ! ご主人の剣士バカ! もう知らないっス!〉


 マーキングのように額をぐりぐり、と押し付けたのち、颯爽とタマは走り去ってしまう。

 と思ったら、突然足を止めて、タマがこちらを振り返った。


〈……学院に猫を連れ込むのがダメなんスよね? 人間だったらいいんスよね?〉


〈ん? まあ、そうなるね〉


〈わかったっス。その言葉、忘れないでほしいっス〉


 含みのある言葉と共に、リビングの外に出て行くタマ。

 すこし嫌な予感を覚えつつも、僕はソファに身体を倒したのだった。





 翌日。

 久しぶりに顔を覗かせた太陽を拝みながら、ライキと共に魔剣学院へ。

 1-Bの教室に入ると、ある一画にクラスメイトたちが集まっていた。

 僕とライキの席がある場所だ。

 主に女生徒が多く集まっていて、そこにいる『ナニカ』に対して黄色い声をあげていた。朝の風景にしてはすこし異常である。


「ナイツ、ライキ」


 訝しみつつ教室内に入ると、サミアが声をかけてきた。


「あの子、ふたりの知り合い?」


「……『あの子』?」


「朝登校したら、当たり前のようにナイツの席に座ってたの。この学院では見たことのない顔。訊ねたら、『オイラはサポート役としてココに来たんス』としか答えなくて」


「…………いや、まさか、そんな」


 サポート役がほしいと言っていた昨夜の会話と、ある相棒の一人称がリフレインする。

 そういえば今朝、僕はあの猫の姿を一度も見ていない。

 昨夜。相棒は、『猫』を連れ込むのがダメなら『人間』はいいのか、と確認してきた。

 そしていま、僕たちは【変化の杖チェンジ】という対象を変化させる能力を持っている。

 人間を猫に変化させることもできる、おかしな杖のスキルだ。


 人ごみをかき分けて、僕は自身の席にたどり着く。


「――あ、ご主人!」

 

 脳内で聴き慣れた声が、現実の鼓膜に響く。

 

 そこには、赤茶色の髪を首後ろで縛った、中性的な少年が座っていた。

 年齢は僕たちと同じくらい。ピッタリとしたシャツと黒のスパッツを履いている。顔立ちは幼いが整っていて、まるで人形のような美麗さだ。こちらを見つめてくる大きく円(つぶ)らな瞳は、期待と尊敬の念でキラキラと輝いている。僕を信頼しきっているような輝きだ。


 初めて見るこの少年に、僕はなぜか懐かしさを覚えた。

 いや、これだけお膳立てされて、気付かないほうがおかしい。


〈……もしかしなくても、タマ?〉


 念話で試しに問うてみると、赤茶髪の少年は悪戯っ子のようにペロ、っと舌を出した。


〈ニヒヒ、大正解っス〉


 間違っていてほしかった、と僕はその場でうな垂れた。



    □



「オイラとご主じ――じゃない、ナイツくんは親戚同士なんス。それで、いまはナイツくんの家に居候させてもらってるんスけど、ひとりで家で待ってるのがさみしくて、つい学院にまで来ちゃったんス……先生、今日だけナイツくんの傍にいちゃダメっスか?」


「んん……とは言っても、関係者以外の立ち入りは、原則禁止になってるザマスから……」


「お願いっス、今日だけでいいっスから……ね?」


「ぬぅんん……し、仕方ないザマスね。それじゃあ、今日一日だけザマスよ?」

 

 朝のHR。

 その庇護欲をかき立てられる容姿で、タマは担任のミハエル先生を篭絡してみせた。

 校則ゆるゆるだな、この学院!

 この様子だと、猫を持ち込んだとしてもあまり叱られなさそうだ。


 どうっスか! と言わんばかりのドヤ顔で教壇から踵を返し、鼻歌まじりに僕の膝上に腰を下ろすタマ。

 僕も一瞬、違和感を覚えなかった行動だが、数秒ほどしてその不自然さに気付く。

 いま現在、タマは人間なのだ。

 人間の上に人間が座るのはおかしい。


「いや、タマ。さすがにその座り方はないと思う」


「え? ああ! いつもの癖で、つい! 申し訳ないっス、ご主人」


 いつもの? ご主人? と、タマの発言にクラスメイトたちがザワついた。

 よくわからないけれど、みんな良からぬ妄想をしているようだ。


「さっき空き教室から持って来た余りの椅子があるでしょ。そっちに座ってよ」


「了解っス!」


 楽しそうに応え、僕とライキの間にちょこん、と座するタマ。

 僕と一緒にいられるのが嬉しいのか。左右にゆらゆらと身体を揺らしている。

 そんなタマを見て、女生徒たちが小さな声で「かわいい!」「なにあれマジ尊い!」と騒ぎ始めた。


 ふと見ると、サミアもどこか興味津々といった様子で、僕とタマのほうを注視している。

 ……いや、なんかあの視線は、ほかの女生徒とは別種類のような気がするな。

 なんというか、それこそ『良からぬ』視線というか。


「っていうかよ」


 と。

 一時間目の授業の支度をしている最中。不意にライキがタマに話しかけた。


「オレ、お前と会ったことあるっけ?」


「へ? い、いや、ないっスけど……どうしてっスか?」


「うーん、なんかお前のその声、どっかで聞いた覚えがあんだよな……具体的には四、五年前ぐらいに。こう言っちゃあ悪いけど、ちょっと生意気そうな声っていうかさ」


「……あ」


 およそ五年前。ライキの母、ミレー・レイスンの慰霊碑前で、タマが念話でライキに話しかけたときのことを思い出す。

 ライキはそのときのタマの声を、ずっと覚えていたのだ。


「ていうかお前の名前、ナイツが飼ってる猫と同じ名前なんだよな。タマっつったっけ? 変な偶然もあるもんだな。髪色までその猫の毛並みと同じ色だしよ」


「そ、そうっスねえ……に、ニャハハ……」


「ら、ライキ。そろそろ授業、始まるみたいだよ」


 返答に困窮するタマに助け舟を出すと、ライキは「ああ、そうだな」とあっさり言及を中断した。

 横目でタマを見やると、小さく両手を合わせて、僕に謝罪を繰り返していた。

 最近かまってやれなかったのは事実だから、今日一日ぐらいは大目に見てもいいかと思っていたけれど……この調子だといつボロが出るかわかったもんじゃない。

 すこし、話し合いをしないとな。



    □



 昼休み。

 昼食の前に、僕はタマを闘技場の裏に連れ出した。

 用件はもちろん、今後について、である。


「どうしたんスか? ご主人。こんな人気ひとけのないところに連れてきて」


「タマ、契約しようか」


「契約?」

 

 首をかしげるタマに、僕は右手の甲を差し出す。


「最近解放された【武装誓約の杖アーマーエンゲージ】っていう能力があったでしょ? 契約した従者を武具にすることができる能力。あれを、僕とタマの間で結ぼう」


「? 別にいいっスけど、なんで突然?」


「いいから。ほら、僕の手を取って。杖の文献によると、契約方法は当事者たちのオリジナルでいいみたいだから、なんか適当にそれっぽくしてくれれば完了するはずだよ」


「ご主人にしては強引っスね……まあ、契約するっスけど」


 言いながらも、タマはその場に膝をつき、僕の右手の甲に額をつけた。

 数秒後。ぼんやりと青白い光が右手に灯り、ガキン、と契約完了の合図が脳内に響いた。


「はい。これでいいっスか?」


「うん、ありがとう。これで、僕とタマは契約で結ばれたわけだ」


「そうなるっスね。まあ、元々相棒同士だったのに、なにをいまさらって感じがしないでもないっスけど。いままでと大して変わらないっスよ」


「そうでもないさ。契約を結んだ以上、僕は従者タマの居場所を、いつでもどこでも探知することができるようになる――つまり、今日みたいな不意を突く『悪戯』にも、すぐ気付くことができるようになるのさ」


「ま、まさか……ご主人、オイラの行動を監視するためだけに、わざわざ契約を?」


「あのね、タマ」


 タマの両肩に手を添え、僕は真剣な眼差しで伝える。


「これまで鍛錬や学院でかまえなかったのは申し訳ないと思ってるけど、学院に来るのは今日で最後にしてほしい。というより、できるならいますぐにでも帰ってほしい」


「な、なんでっスか? 先生も受け入れてくれたし、ほかのみんなもオイラをクラスメイトとして認めてくれてたじゃないっスか! それに、ご主人の勉強のサポートもしたっスよね? 授業中に念話で。ちゃんとご奉仕したじゃないっスか!」


「うん、あれは助かったよ。僕の気持きもちを先読みして、助言のタイミングもよかった。本当にありがとう――でもね? 生徒でもない人間を教室に置いておくっていうのは、さすがに無理があるよ。これなら猫の状態で来てくれたほうがまだマシだ。生徒でもない人間がいるっていうのは、やっぱ不自然だよ。事実、ライキがすこし怪しんでたでしょ?」


「あ、あれは……ライキの坊ちゃんが特別察しがいいってだけで……」


「ライキは色々な面で優れているけど、オンリーワンってわけじゃない。ライキが気付けたってことは、ほかの優秀な人間もタマの正体に勘付く可能性があるってことなんだよ」


「……それは」


「タマの正体がバレれば、芋づる式に杖の正体もバレかねない。そうなれば、僕たちの今後が面倒なことになるんだよ――それに、いまはまだガルランテの転生体の居場所も掴めてない。学院外にまで目立つような派手なことは避けるべきだ」


「…………」

 

 勘のいいカナエラ・レッドフィルが同じクラスにいたとしたら、まず間違いなくタマの正体に気付くはずだ。

 千本の杖の変化能力が劣っている、という話ではなく、別人に成りすましている人間が発する特有の『違和感』の問題だ。

 男が女を真似をしても、すぐにバレる。

 逆に、女が男の真似をしてもすぐバレる。

 それと同様に、猫が人間の真似をしても、すぐにバレることになる。

 明らかな『違和感』が、そこには付きまとうからだ。


 肉体と精神の齟齬は存外、表面化しやすいのである。


「わかってほしい。僕は平凡に過ごしたいんだ。このままだと、学院生活がち行かなくなるんだよ。タマはネコなんだから、おとなしく家で待っててほしい。これからはちゃんと、かまうようにするから。なんなら、あとでご褒美もあげるし」


「……本当っスか?」

 

 不承不承といった様子で、訊ね返してくるタマ。

 タマ自身、自分という人間がいる不自然さには、やはり気付いてはいたようだ。

 その不自然を無視してでも、僕と一緒にいたかった、ということなのだろうけれど。


「もちろん。僕に用意できるものならなんでもあげるよ。冒険者ギルドに売ってる駄菓子とかどう? 『黒光りサ○ダー』とか、『太いうま○棒』もおいしいよ?」


「ご褒美のレベルが子供すぎるんスよね……まあ、それはまたオイラのほうで考えとくっスよ。興味深い言質げんちも取れたっスからね」


「? なんの話?」


「オイラの話っス! それじゃあ、オイラはもうこれで帰るっス! ご褒美、楽しみにしてるっスからね!」


 そう言って、タマは闘技場裏から離れていった。

 猫にならずに帰らなかったのは、万が一にも人目に触れないためだろう。学院の外に出てから猫に戻るのではないだろうか。

 話し合いを穏便に済ませられたことに、ホッと一息。遅れて僕も闘技場裏を後にする。

 

 と。本棟と闘技場を繋ぐ渡り廊下を急いで駆けていく、ひとりの女生徒の後姿が見えた。

 あの鮮やかなピンク髪は、間違いない。


「サミア? どうしてこんなところに……」

 

 闘技場の更衣室に、なにか忘れ物でもしていたのだろうか?

 首をかしげつつ、僕はお腹の空腹音に押され、教室に足を向けたのだった。



    ■



 廊下を早足で、まるで逃げるように進む、進む、進む。

 少女――サミア・ピーチライズの脳内は、混乱と興奮で焼き切れそうだった。


「あれは……でも、やっぱり……?」


 なんとなく気になっただけだった。

 友人であるナイツと、彼の親戚だという赤茶髪の少年。そのふたりの関係が、どこか血縁関係を超えたものに見えてしまい、なんとなく目で追ってしまっていた。


 そして昼休み。ナイツは少年を引き連れ、教室を後にした。

 と同時に、サミアも席を立ち、彼らの後をこっそりと尾けていった。

 普通ならこんなことはしない。というより、いままでのサミア・ピーチライズならばこんな出歯亀のような真似は絶対にしない。


 それでも、サミアは彼らを尾けた。なぜか?

 理由は明白――あの雨宿りの日から仲良くなった、友達ふたりの『趣味』の影響だ。

 サミアはつい先日、帝都で密かに人気を集めていると噂の、『BL』というジャンルの本を読んでしまったのである。

 その本の中に登場するキャラクターとナイツたちが、重なって見えてしまったのだ。

 あまつさえ、あの少年はナイツのことを『ご主人』と呼んでいた。まるで、本の中の付き人よろしく。


 だが。サミアはそれでも、二次元と三次元の区別がついていた。常識的でいられた。

 しかし。闘技場裏で繰り広げられていた彼らの会話は、次元の垣根を破壊した。


 バレないよう離れた場所で聞いていたので、所々聞き取れなかった部分もあるが、サミアにはナイツたちの会話が以下の通りに聴こえた。



『――これで、僕とタマは契約で結ばれたわけだ』


『そうなるっスね――なにをいまさらって感じがしないでもないっスけど――』


『――と思ってるけど、学院に来るのは今日で最後にしてほしい――』


『――ちゃんとご奉仕したじゃないっスか!』


『うん、あれは――かったよ――気持ち――よかった――』


『――ライキ――が――いいってだけで――』


『わかってほしい――僕は――タチ――タマはネコなんだから――あとでご褒美もあげるし』


『――本当っスか?』


『僕に用意できるものならなんでも――黒光り――太い――棒もおいしいよ?』


『――ご褒美、楽しみにしてるっスからね!』



「ああ、ああああぁぁぁああぁ……ッッ!!」


 サミアは悶え、両手で顔を覆いながら、歩く速度をあげていく。

 友人たちが、まさかそんな関係だったとは! いや、けれど愛の形は自由だし、ここは応援すべきなのだろうか? だが、彼らは親戚同士なわけだからそうしたアレは禁則事項なわけで。


「ふ、不純……不純だ、わたし……!」


 思わずヘッドフォンを耳にかぶせる。

 サミアの脳内から『良からぬ』妄想が消えることはなかった。



    □



 翌日。

 魔剣学院に登校し、席につくと同時に、僕は学生鞄を開いた。

 すると。息苦しそうにしていた赤茶色の猫――タマが、勢いよく外に飛び出してきた。


〈お、お弁当の匂いに殺されるところだったっス!〉


〈そんな大げさな〉

 

 これなら猫の状態で来てくれたほうがまだマシだ――

 先日。闘技場裏で口にした僕の台詞を言質に、タマは「これからは猫の状態で行くっス!」と宣言してきた。懲りない相棒である。

 あまり目立ちたくはない僕だけれど、昨日の人間化したタマよりは、猫のほうがインパクトは弱いだろう。猫を連れている生徒がいる、なんて噂話も、学院外にまで広まるほどではないはずだ。


 そう考えた僕は、担任のミハエル先生に、ダメ元で猫の同伴を頼み込んでみた。

 僕だって別に、タマと一緒にいたくないわけではないのだ。いられるのなら、一緒にいたい。

 ミハエルは、別にかまわないザマスよー、とあっさり許可してくれた。

 本当にゆるゆるだな、この学院!


 と、まあ。

 そういった経緯もあり、僕はタマを連れて登校することになったのだった。

 かまってやりたかったのは本心だから、まあ、この結果は僕も嬉しい。タマも満足そうだ。

 勉強のサポート役としても優秀だしね、タマは。


「しっかし、まさかお前が学院に連いてくるとはなあ……ほれほれ」


「ニャアゴ、ニャニャア!(ライキの坊ちゃん、お腹をつつくのはやめるっス!)」


「おーおー、ぷにぷにしてやがんなあ。あんま授業中は鳴くんじゃねえぞ?」


「――ナイツ」


 と。ライキとタマのじゃれ合いを眺めていると、サミアが僕の席までやってきた。

 思いつめたような顔をしている。なにか悩み事だろうか?


「どうしたの? サミア」


「ちょっと」


 手招きされて、教室外の廊下まで出ると、サミアは辺りをキョロキョロと警戒しつつ、僕にこう耳打ちしてきた。


「ご褒美は程々にね」


「……はい?」


 訝しむ僕もよそに、うんうん、と神妙にうなずいて、静かに教室に戻っていくサミア。

 残された僕はひとり、「?」と首をかしげた。

 なにか、『良からぬ』妄想の波動を感じる……。

 梅雨特有のジメジメした空気が、僕の肌にまとわりついた。

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