第23話 雨宿り

 生徒会長、ボルン・ダラルとの一戦で【感情解放の杖エモーショナル】が発動され、新たに『五本』の杖の知識が解放された。



転移転送の杖ワープ

 能力:指定した対象の位置を、もう一方の対象と入れ替えることができる。


武装誓約の杖アーマーエンゲージ

 能力:契約した従者を武具にすることができる。


狂乱の杖バーサーカー

 能力:理性を失う代わりに、基本ステータスをすべて10倍にする。


融合の杖フュージョン

 能力:指定したふたつの対象を融合させることができる。


犠牲の杖フェイク

 能力:数分間、対象を自分の身代わりにし、あらゆる衝撃を代替させることができる。効果時間は、対象の魔力値により増減。



 なんともまあ、色物ぞろいのラインナップである。

【武装誓約の杖】というのも、タマが言っていた面白い杖の一本だ。

 使いどころに困りそうな能力ではあるけれど。



    □



「はい、ナイちゃん。お弁当包んだよー」


「ありがとうございます、お母さん。いつも助かります」


「えへへ、なんのなんのー。毎日二時間近くかけて登校して、剣士のお勉強もがんばってるんだもの。これぐらいのサポートは母親として当然だよ」


「ありがたいです。それじゃあ、行って来ますね」


「うむ! 気をつけて行ってくるのじゃぞ……なんてね、えへへ」

 

 カルラとありふれたやり取りをして、僕は家を出た。

 空はあいにくの曇天模様。雨が降るような黒い雲ではないけれど、帰りにどうなっているかはわからない。まあ、傘が必要なほどではないだろう。

 ふと。家前を離れる前に、窓際で眠っていたタマに念話で声をかけた。


〈行ってくるね、タマ〉


〈……行ってらっしゃいっス〉


 不機嫌そうに、ぷいっ、と顔を背けてしまうタマ。

 ここ最近、タマはいつもこうだ。声をかけても、どこか拗ねた様子で会話を切ってしまう。


「僕、なにかしたっけかな……」


 つぶやきながら、僕はライキとの待ち合わせ場所である村の入り口に走った。



    □



 ボルン・ダラルとの勝負から、一ヶ月が経った。

 あれから僕は、アイドラルン魔剣学院内でちょっとした有名人になってしまっていた。

 下位階級ローランクよりも下かと思われた失位階級ロストランクが、【橙の継承オレンジ・パス】のボルンを撃破した――ということは、失位階級とは強い者の証なのではないかと、生徒たちの認識が一変したのだ。


 ちなみに。生徒会長と副会長はちゃんと約束を守り、サミアに対する関与を一切断ってくれたようだった。さすがに、もう鼓膜は破壊されたくないらしい。


 勝負後の二週間は、クラスメイトたちからの質問攻めが後を絶たなかった。どうやって強くなったのか、鍛錬はどんなことをしてきたのかと、失位階級の解剖に余念がない様子だった。

 最近では、ほかのクラスからも質問者が押し寄せてくる。

 お昼休みはもっぱら、誰も来ない屋上で摂るのが日課となりつつあった。


「ナイツ、今日も人気者」


「勘弁してほしいよ……サミアに変わってほしいくらい」


「わたしはいい。静かなのが好きだから」


 曇天の屋上。ベンチに座るサミアはそう言って、そっとヘッドフォンを耳にかぶせた。

 今日、ライキは学校を休んでいる。

 今朝。いつまで経っても待ち合わせ場所に来ないのでレイスン家に行ってみると、ライキが風邪で寝込んでいたのだ。

 つまりはいま、サミアとふたりきりの昼食ということで、すこし緊張しないでもない。

 女性として意識しているだとか、そういった意味の緊張ではない。

 ムードメーカーのライキが不在なので、会話があまり続かないのだ。

 沈黙が訪れることへの緊張、と言えば正しいか。


「でも、ちょっと羨ましい」


「へ? な、なにが? 僕のお弁当のおかずの話?」


「ちがう。ナイツの周りに人がいることが、っていう話」


 坦々と箸を進めながら、サミアは言う。


「わたしには、そういう人はいない。話せるのは、ナイツとライキだけ。だから、色んな人と話せる機会のあるナイツが、すこし羨ましい」


「……サミアも、友達を作りたい、ってこと?」

 

 僕の問いかけに、サミアは小さくコクリ、とうなずいた。


「きっとできるよ。あの勝負のあとから、サミアの悪い噂だって減ってきてる。それに時々、女子生徒が話しかけたそうに、サミアのほうをチラチラ見てたりするよ?」


「……本当?」


「本当本当。僕が生徒会長に勝ったことで、サミアの強さも証明された。だから、僕に対する質問と同じように、みんなサミアの強さも知りたいんだよ」


「でも、じゃあなんで話しかけてきてくれないの……?」


「それは……えっと、なんでだろうね……」


 ヘッドフォンが、話しかけるなオーラを出している、とも思ったが、サミアはなんの音楽もかけていない。それに、首にさげてはいるが、耳にかぶせるのは極まれだ。

 やはり世間一般のイメージ――分家は劣等種というレッテルが、いまだ剥がれきっていないのだろう。


「き、きっとすぐに友達ができるよ! 大丈夫、僕が保証する!」


「……うん、ありがとう」


 弱々しく微笑んで、サミアはお弁当に視線を落とす。

 その表情はまるで、今日の空みたいに泣き出してしまいそうなソレだった。



    □



 放課後の下駄箱。

 ついに泣き出してしまった雨空を見上げながら、僕は困り顔で両腕を束ねていた。

 まさかここまでの本降りになるとは。どうやって帰ったものか。

俊敏の杖スピード】を使えば三十分ほどで家に着けるが、制服がびしょ濡れになることは避けられないだろう。


「仕方ない。濡れるの覚悟で一気に――」


「――どうしたの? ナイツ」


 と。いつの間に来たのか。背後からサミアが声をかけてきた。


「傘、持ってないの?」


「うん。これぐらいの曇り空なら降らないだろうと思ってたら、このザマ。いま、濡れながら一気に帰ろうとしてたところだよ」


「ダメ。ライキみたいに風邪引いちゃう。雨宿りしていけば?」


「いや、でもいつ止むかわからないし……それに、いつまでも下駄箱にいるってのも」


「わたしの部屋で待てばいい。暇つぶしにはなる」


「ああ、それは名案だね…………いや、名案じゃないねえッ!?」

 

 思わず声を荒げる僕を横目に、サミアは「?」と小首をかしげる。


「名案じゃないの? どうして?」


「いや、だって……サミアは女子寮に住んでるんでしょ?」


「うん。大正解」


「そのサミアの部屋で雨宿りするってことは、男の僕が女子寮に侵入するって意味なんだけど……」


「大丈夫」


 靴を履き替えたのち、自信満々にサミアは告げた。


「ナイツ、ちょっと女の子みたいな顔立ちだから」


「大丈夫とはいったい」





 結局、僕はサミアの部屋へ行くことになった。

 最後の一押しとばかりに「そんなにわたしの部屋に来るの、嫌……?」と涙目で問われてしまったのだ。

 ここまで言われて断れるほど、僕は薄情者ではない。

 それに、昼食時に友達云々の話をしていたこともある。サミアの交友関係の少なさを知った上で断ることなど、僕にはとてもじゃないができそうになかった。


「どうぞ。あがって」


「お、お邪魔します……」


 女子寮一階。『サミア・ピーチライズ』と記されたネームプレートの扉を開き、僕はサミアの部屋に足を踏み入れた。

 幸い、女子寮の玄関口に人はおらず、なんとかバレずに侵入することができた。さすがに、男物の靴があったらマズいので、コソ泥のように両手に持って来ている。


「靴は窓際に置いて。いま飲み物持ってくるから、ナイツは適当に座ってて」


「あ、お気遣いなく……」


 靴を置いたのち、どうしたらいいか迷いつつも、カーペットの上に正座で座る。

 綺麗な部屋だった。十畳ほどの一室に、ピンクを基調とした家具が並んでいる。

 なにより。女の子らしい不思議な甘い匂いが、僕の心臓をより高鳴らせていた。


「あまりジロジロ見ないでね」


 一分もしないうちに、サミアが紅茶を持って戻ってきた。


「まだ片付け、終わってないから」


「そ、そうなの? 綺麗に整頓されてるから、全然気付かなかった」


「ナイツはお世辞が上手」


 小さく笑いながら、紅茶をテーブルに置くサミア。 

 渡されたそれを一すすりし、何の気なしに窓ガラスに流れる雨を眺める。

 そして訪れる、沈黙。

 たしかに気まずさで暇は潰されているけれど、暇つぶしって本来こういうものではない気がする……なんかこう、楽しく談笑したりだとかさ。

 対するサミアは、この沈黙もまた一興とでも言わんばかりに、平然とした様子で紅茶をすすっていた。静寂が好きだとか言っていたことがあるけれど、本当にそのようだ。

 けれど、僕としてはすこし気まずさが勝(まさ)っている。

 そう思い、無理やりにでも話題を振ろうとした、その直後。


「――ピーチライズさん、いるかな?」


 不意に、コンコン、と部屋の扉がノックされた。

 目を見開く僕とサミア。

 思わずその場に立ち上がり、僕は逃走経路を確認する。

 このタイミングで窓の外に逃げれば、物音で僕の存在がバレかねない。第一、扉の外に人がいるということは、必ず通ることになる玄関口にも人がいる可能性が高いということだ。

 いま逃げ出すのは得策ではない。


 では、この室内で隠れる? 不可能だ。この部屋にクローゼットや物置などの収納スペースはない。ベッドの下も収納ボックスが詰まっていて、人が隠れられる隙間など存在しない。

 万事休す!

 そう思った瞬間。僕の身体がグイッ、と後方に引っ張られた。

 そのままバランスを崩して、ポスッ、と柔らかな感触の物体に倒れこむ。

 見ると、なぜかベッドに入っていたサミアが、僕を布団の中に引き入れようとしていた。


「とりあえず、布団の中に隠れてジッとしてて。わたしが誤魔化す」


「いや、さすがにそれは無理があるんじゃあ――」


「四の五の言わない。早く入って」


 強引に僕を布団に引きずり込むと、サミアは「どうぞ」と来客者に応対した。

 暗闇の中。僕はなるべく不自然に映らないよう、布団にべったりとうつ伏せになる。

 僕の膨らみを誤魔化すために、サミアは両膝を立てた状態で布団に入っていた。

 顔の真横には、サミアの太ももが薄っすらと見える。

 布団の中なので、制服のスカートはめくれてしまっていた。

 つまり、その太ももを上にたどって行けば……と、そこまで考えて、僕は恥ずかしさに目をギュッとつむった。


 ガチャリ、と扉の開く音。「ゴメンなさい、急に」と断りを入れて、来客者の気配が部屋に入ってきた。

 この足音の数、ひとりじゃない。来客者はふたりいるようだ。


「もしかして、体調悪いときに来ちゃったかな? 風邪かなにか?」


「問題ない。それで、わたしになにか用?」


「あ、えっと……用というか、ピーチライズさんに謝りたいな、と思って」


「わたしに、謝罪?」


「うん」


 申し訳なさそうな声音で応え、来客者は続ける。


「すこし前に、うちのクラスのロードウィグくんが、生徒会長さんを倒しちゃったでしょ? 失位階級にもかかわらず、圧倒的な強さで――あの一戦を見て、自分たちの抱いてる偏見が、なんかひどく惨めに思えたの。私たち、人を肩書きだけで見てたんじゃないのか、って。ロードウィグくんを……そして、ピーチライズさんのことも」


「…………」


「いまさら都合のいいこと言ってるのはわかってる。でも、私たちはピーチライズさんと友達になりたいと思った。それは、決して偏った意見なんかじゃないから、だから……その、あらためて友達から始められたらな、と思って、私たちはココに来たんだ」


赤の血統レッド・ライン】の分家。

 そんな看板はいらない。 

 同級生、サミア・ピーチライズと友人になりたいと、来客者たちはそう思ったわけだ。

 もしかしたら、話かけたそうにサミアのことをチラチラ見ていたのは、このふたりだったのかもしれない。


「ど、どうかな? なんなら知り合いからでもいいから、ピーチライズさんと色々お話できたらと思うんだけど……」


「……別に、かまわない」


 素っ気なさそうな、けれどどこか嬉しさを滲ませた声で、サミアは言う。


「話ぐらいなら、いつでもする」


「ほ、本当? じゃあ、これからは普通に話しかけてもいいの?」


「好きにすればいい。わたしも……話すのは嫌いじゃない」


「そっか、よかった! それじゃあ、これからいっぱい話しかけるね!」


「……うん、待ってる」

 

 気恥ずかしそうに応えて、ギュッ、と両膝を抱くサミア。

 よかった。これでサミアにも友達ができそうだ。

 でも、できれば両膝を抱くその姿勢は解除してほしい。

 膝を抱くことで太ももが締まり……つまりは、その狭間にある僕の顔までもが圧迫されてしまっているからだ。


「む、むぐぐ……」


「ひゃぅッ!?」


 息苦しさのあまり、呼吸できる位置を探して顔を動かすと、サミアが素っ頓狂な声をあげた。

 来客者に心配されているような声が聴こえるが、僕はかまわず酸素を求めて顔を動かす。

 動かす。動かす。動かす。

 目の前にある布地にあごを這わせるように、あるいはこすり付けるようにして、動かす。


「んん、くひゅう……ッ!」


「ぴ、ピーチライズさん!? 大丈夫、顔真っ赤だよ?」


「だ、大丈夫……なにも、問題はにゃひッ!?」


「問題ある反応だよそれ!? 一緒に医務室に行こう?」


「ほ、本当に大丈夫……医務室には、あとで、イクから」


「そう? それじゃあ、私たち先に行って待ってるね?」

 

 気をつけて来てね、と言い置いて、部屋を出ていく来客者たち。

 気配が完全に遠ざかったのを確認して、僕はガバッ! と布団から飛び出た。


「ぷはぁ! ふ、太ももに殺されるところだった!」


「……ッ、……ッ!」


「グハッ! な、なに!? 無言で枕で叩かないで! あれ、サミアちょっと泣いてる!?」


「弱まってきたから、いまのうちに帰って!」


「へ?」


 言われて、窓の外に視線を向けると、雨脚が弱まってきていた。所々、雲の切れ間から夕陽が差し込んでいる。

 逃げ出すのなら、いましかない!


「雨宿りさせてくれてありがとう! 紅茶も、ごちそうさまでした!」


「いいから、早く!」


 サミアの声に急かされ、僕は靴を手に窓から屋外に出た。

 手早く靴を履き、玄関口を警戒しながら女子寮を離れる。


「ふぅ、緊張した」

 

 いまさらながらに、部屋に入って雨宿りしなくても、サミアの傘を借りていればよかったのでは、と思わなくもない。動揺して気付けなかったけれど。

 あとはまあ、布団の中で擦れていた布地がなんだったのかがすこし気になるけれど……そうした些細な疑問は置いておこう。

 いまは、サミアに友達ができたことを喜ぶべきだ。

気付き、見上げると、雨はあがっていた。

 こちらまで嬉しくなりそうな、笑顔の天気である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る