第04話 二千年後の世界

 どうやらココは、二千年後の世界らしい。


 子猫になったブラっちが、家の中を散策して得た情報だ。

 カレンダーという日付をつづった紙に、僕たちの時代にも使われていた『ワイドパレンズ暦』が記されていて、それが二千年後を示していたそうだ。

 さらに、カレンダーの横には世界地図が貼ってあり、そこに記されてる地形も地名も見覚えのあるものばかりだったらしい。

 書かれていた文字も、ワイドパレンズで広く使われている共用言語。

 思えば、さっきの人間の女性も同じ言語を使っていたっけ。

 つまりココは、文化の異なる別世界などではない、ということだ。

 

 とは言え。二千年も経っていたら、同じ世界でもほぼ別世界みたいなものだけれど。僕たちのいた時代とは文明レベルが違いすぎるし。

 高級品の窓ガラスに、見たこともない照明器具。文明が発達したことでガラスは安価になり、照明としてのロウソクは衰退したのだろう。質が釣り合わないわけだ。


 ちなみに。

 僕たちの名前は、転生後の名前で統一することにした。余計な混乱を避けるためだ。

 僕は『ナイツ』。

 ブラっちは『タマ』となる。

 元がスラ助なんていうダサい名前だったから僕としては願ったり叶ったりだ。ブラっち……じゃない、タマも次第に慣れていくだろう。


 ただ。タマはなぜか僕のことを『ご主人』と呼ぶのだけれど、その呼び方は断固として変えてくれなかった。理由を問いただしても、どうしてもっス、とはぐらかされてしまう。

 相棒の僕にすら言えない、大事な理由があるみたいだった。

 まあ。タマの声は他人には聴こえないので、別にご主人呼びでもかまわないのだけれど。

 さておき。


〈まずは状況の整理っス〉


 衝撃の再会後。タマは僕の枕元に座り、そう口火くちびを切った。

 もちろん、やり取りは念話で行っていく。

 なぜ念話ができるようになったのか、という疑問はあるが、いまは現状の把握を最優先にすべきだろう。


〈勇者が倒されたあの日。オイラたちは宝物庫に行き、ガルランテの魔方陣に巻き込まれた。後ろで待機してて聴こえなかったんスけど、ご主人の話では、ガルランテは『転生の儀』って言ってたんスよね?〉


〈うん。たぶんガルランテ様は……ああ、いや〉

 

 人間になった以上、もう『様付け』で呼ぶ必要もないか。タマも切り替えているし。


〈ガルランテは、転生することで来世の強者を倒しに行こうとしたんだと思う〉


〈まさに戦闘狂っスね。人気ひとけのない宝物庫で転生しようとしたのは、配下に内緒で姿を消すことへの罪悪感か――なんであれ、気付くとオイラたちまでもが転生していた、と〉


〈もしかしてだけど、僕たちがこんなに近い場所、近い時期に転生したのは、僕がタマを庇って抱き寄せたのが影響してるのかな?〉


〈おそらくそうっスね。物理的に近い距離にいたから、転生後も近くに産み落とされた。道理は通ってるっス。ただその理屈で考えると、離れた台座に眠っていたガルランテはもっと遠い場所に転生してそうっスね……ま、実際どうかはわかんないっスけど〉


〈そうだね……〉


 距離はどうあれ、ガルランテも同じ時代に転生している。

 そのことに若干の不安はあるけれど、いまは人種も名前もちがう。

 そう簡単に見つかることはないはずだ。


 ただし。タマとの再会時に聴こえた鈴の音……ナニカが共鳴したかのようなあの感覚が訪れたら、注意しなくてはいけないだろう。

 おそらく、あの鈴の音は『共鳴合図レゾナンスサイン』。

 同じ魔方陣で転生した者同士が近づくと、胸の奥にあるナニカが反応し、共鳴する仕組みになっているのだ。

 その共鳴合図があったからこそ、僕はタマを『タマ』だと認識することができた。

 それこそ、本能的に。

 複数人で転生した際、合流をスームズに行うためのシステムなのだろうか?

 なんであれ、その共鳴合図に注意して行動すれば、ガルランテとの唐突な邂逅は回避できるはずだ。

 まあ。タマとの再会を見るに、共鳴合図が訪れるタイミングは『目を合わせた瞬間』のようだから、急に目の前に現れられたらどうしようもないけれど。

 閑話休題。


〈……ご主人? どうしたんスか、ボーっとしちゃって。もうおネムの時間っスか?〉


〈ううん、ちょっと考え事してただけ。というか、赤ん坊あつかいするな〉


〈まごうことなき赤ん坊なんスよねえ、いまのご主人は……まあいいっス。ひとまず状況整理はこんな感じっスかね。ここまではOKっスか?〉


〈大丈夫だよ――ああ、でも、ひとつだけ訂正〉


〈ん、なんスか?〉


〈こうなった経緯としては、ガルランテの魔方陣に『巻き込まれた』っていうより、タマが僕を押したから『巻き込まれちゃった』だね。正しくは〉


〈うぐッ〉

 

 僕の指摘に、タマはしょんぼりとうつむいてしまった。


〈それは、本当に申し訳なかったっス。見えないものとかわからないものがあると、どうしてもウズウズしちゃって……怒ってるっスか?〉


〈ううん、むしろ感謝してる〉


 赤ん坊の右手を動かして、ブラっちの毛並みをなでる。


〈もちろん、転生していてビックリはした。したけど、結果的にあの雑用地獄から抜け出すことができたんだ。こんなに嬉しいことはないよ。それに、ガルランテがいなくなったとしても、四天王あたりになんやかんやでコキ使われ続けてたような気もするしね。魔王城で過労死するより、人間に生まれ変わったほうが何倍もマシさ〉


〈……本当に?〉


〈本当に。強がりでも嫌味でもなく、これは心からの本音だよ。だから気にしないで〉


〈そうっスか……うん、そう言ってもらえると救われるっス。これからはオイラも、好奇心を抑える努力をするっスね〉


〈別に無理して直さなくてもいいよ。そういう面倒なところも含めてタマなんだし〉


〈――本当、ありがとうっス〉


〈あはは。やめてよ、お礼なんて。僕たち相棒だろ?〉


〈いや、そのこともそうなんスけど……〉

 

 フミフミ、と足元の布団を前足で踏みながら、タマは気恥ずかしそうに言う。


〈その、いつも配膳の仕事任せちゃったこととか、転生する前にオイラのこと庇ってくれたりとか、色々含めてっス。これまでずっと喋れなかったけど、感謝だけはしてたんスよ。本当、ありがとうっス〉


〈――――〉


〈あ、あと、感謝ついでに言わせてもらうと、ご主人はいつも自分のことを二の次にする癖があるっスから、それだけは直してほしいっス。今回のは転生の魔法だったからよかったものの、アレが呪いや攻撃魔法の類だったらどうするつもりだったんスか? 庇ってくれたのは嬉しかったっス。でも、オイラすごい心配してたんスからね?〉


〈お、おお……タマって、そうか、おぉ……〉


〈? な、なんスか、その反応〉


〈タマって、ツンデレさんだったんだね……可愛すぎてちょっとビックリしちゃったよ。実は女の子でした、みたいなオチじゃないよね?〉


〈なッ……!〉

 

 タマは立派なオス猫だ。オスのシンボルもちゃんとついている。

 念話で聴こえてくるタマの声も、幼い少年のような声だ。

 そういえば、タマのこの声はなにを元にしているんだろう? 僕の念話の声は前世の魔人のものみたいだけど、レッドスライムのタマには声帯すらないはずなんだよな。擬人化した場合のイメージ音声、といった感じだろうか?


〈まあ、男の子でも女の子でも、タマが僕の大事な相棒ってことには変わりないけどね。可愛いことにも変わりないけど〉


〈ッ……ああもう、うるさいうるさい! 茶化すならもう二度とお礼なんて言わないっス! 素直になって損した! この、この!〉


〈あ、やめて。顔をフミフミしないで。まだうまく動けないから、踏まれるがままなの!〉


〈自業自得っスよ! まったく、ご主人は昔っからそうなんスから!〉


〈あははは! に、肉球が絶妙にくすぐったい! この、お返しだ!〉


〈ニャハハ! お腹はズルイっスよ! えいえい!〉

 

 そうして。

 僕たちは年甲斐もなく、子供みたいにジャレ合った。

 いや、子供なんだけどさ。

 笑い疲れて一時休戦しているとき。僕はふと窓の外の夕陽を眺めてみる。

 時代や人種、呼び名が変わっても、この瞳に映る夕焼けの色と僕たちの絆は、どうやら変わらないみたいだった。

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